11 追憶:通歴925年1月25日
《追憶:通歴925年1月25日》
一人生き残った日からの記憶は、思い出そうにも手の施しようがないほどに混乱していた。ただ、怒涛のように時間が流れてゆき、その中で自分は流されることしかできなかったことだけは覚えている。
結果的に、叔父は自分を殺さなかった。両腕と自由を代償に、この世界に留めた。
処刑の日から一週間。傷の痛みと、そこから生じた高熱に魘される日々が続いた。そのころから、自分の看病のためにネヘミヤとトビトが付くようになった。
毎日熱にうなされ、朦朧とする意識の中、夢か現実かよくわからない曖昧な境界線に気付けば立っている。
そして、時折あの日の記憶を思い出しては、涙を流した。
『民よ。この名を忘れること勿れ。わが名はユディト。サムエル王ユディト。厄災を生む愚王なり』
処刑の日にそう宣言して以来、一度もこの喉は音を紡いではいない。激痛に襲われても、涙がこみ上げて来ても、嗚咽すら漏らさない。
自分に刻み付けるために発したあの言葉が、ちゃんとこの身に染みつくまで、一言も発するつもりはなかった。
何度目かの覚醒で、不意にネヘミヤもトビトもいなくなっていることに気付いた。どこか、心細い。
再び眠りに落ちてしまおうと瞼を閉じた時、誰かが部屋に入ってくる音がした。どこか気配を隠そうとしているようなその動作に、瞳を閉じたまま耳を澄ませる。
眠っていると安心したのか、衣擦れの音は少しずつ大きくなる。ベッド脇まで来ると、その音は止まった。
大きくて冷たい掌が、額の上に乗せられる。低い体温が、薄い皮膚を透過して滲んでいく。
「…生きろ」
たった一言。何とか聞き取れるほどの小さな声でそれだけを残し、手の平は離れた。足音は遠ざかり、扉が閉まる。
『生きろ』
たった三音の響きを、脳内で何度も反芻する。
繰り返すうちに、手のひらによって冷やされた額が、再び熱を帯びていった。押し寄せる脱力感に、働きかけた思考は遮られる。
そして、再び訪れた深い眠りの底で、自分の運命を変えた秘密と対面した。
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