10-2

 王城の廊下を、ネヘミヤは一人で歩いていた。

 その足取りは緊急事態であるにもかかわらず、不思議なほどにゆったりとしている。

「あなたの望みを教えて…?」

 譫言のようにそう呟くネヘミヤの頬は、わずかに濡れていた。

 空虚な瞳でどこか遠くを見つめながら、ネヘミヤは思い出す。止まっていたはずの時間が動き出した十五年前のあの日を。


 ”血の聖者”ネヘミヤ。他者の血を糧に永遠に等しい命を得る悪魔のような存在。その力は歴史上もっとも忌み嫌われ、神殿の中においてもネヘミヤは孤立していた。

 神はなぜ、そのような力をネヘミヤに与えたのだろう。誰の役にも立たない、己のためだけの力。誰もがそう思った。ネヘミヤ自身も、思っていた。

 自分が生きている意味を、このような力をもって生まれてしまった意味を、いつも考える。しかし、どれだけ考えてもその答えは出てこない。

 なぜならその答えは、ネヘミヤ以外の人間にしか与えることができないものだったから。

 聖者の力は、それを受け取る存在がいてこそ初めて意味を成す。

 誰の役にも立たないと思われているネヘミヤの力もまた、誰かのために使われることでしかその意味を知ることができないのだ。

 いつだっただろう、時の王は彼女にその答えを与えた。

 ネヘミヤは穢れを背負うべくして生まれてきたのだと、そう言って新たな役目を与えた。

 そうしてネヘミヤは処刑人になった。

 処刑をするたび、彼女の生命は力を増していく。誰の手も穢れることなく、彼女一人が永遠に近い時の中、淡々と人々を断罪していく。

 感情を凍らせるしかなかった。ネヘミヤさえ受け入れれば、誰もこの穢れを負う必要がないのだ。みずからに与えられた役目を、生きる意味を、ネヘミヤは無感情にただ遂行していった。

 しかし、そんな彼女の日々を変える存在はある日突然現れた。

 弱冠八歳で処刑台に上ることとなった幼き王ユディト。ユディトの持つある秘密が、ネヘミヤの止まっていた時を再び動かしたのだ。


 あの処刑の日以来、ネヘミヤは十五年分歳を重ねていた。誰にも等しく与えられる時間の重みが、今のネヘミヤにも確かに刻まれていた。

 ネヘミヤにとってユディトは救世主だった。

 ユディトに出会ったとき、ネヘミヤは初めて自分の力の本当の意味を知ったような気がした。自分は、この人に救われるためにこの力を持って生まれたのだと、そう心のどこかで確信した。

 だからネヘミヤは処刑人を辞め、地下に潜った。

 自分を救ってくれた子どもの、その命のすべてを見届けるために。その命が、よりよい最期を迎えることができるよう力添えをするために。

 ネヘミヤの今の役目は、ユディトのすべてを見届けることだ。

 だから、心の奥の迷いを振り捨てて、ネヘミヤはただ目的のためだけに歩き続ける。

「あなたの望みを教えて…」

 どんな結末に至っても、自分の運命は最期まで彼と共にある。そう、自分に言い聞かせて。

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