7-1-1 追憶:通歴915年12月22日

《追憶:通歴915年12月22日》

 華やかなことが何よりも好きで、いつも着飾っていた母。遠い記憶の中に沈みこんで朧気な父の姿は、いつも母の影におびえていた。

 二歳の時、父が死んだ。

 二十代半ばで、何一つ健康に問題のなかったはずの彼は、突然死んだ。死因は結局分からなかった。

 それからだ、あの一族の横暴が一層残虐さを増したのは。

 生まれてまだ二年の新たな王。

 一族のもつ強大な軍事力を背景に、外戚たちが権威を振りかざす。気に入らないものは王権という絶対の刃で切り捨て、そうして積みあがった死体は山となった。

 幼い自分には何もわからない。ただ一族の傀儡として、悪意を覆いつくす正当の仮面として、生かされているだけ。

 ちょうど父が死に、新王の即位の儀が行われたころ、ゼファニアを監視していたラファル家から使者が送られてきた。

『シーラ・ラファルの娘が、ゼファニアとの子を懐妊した』

 その知らせに母は怒りを隠さなかった。

 そうなることを予想していたのだろう、シーラはどうか娘の命だけでも助けてほしいと、懇願しに来たのだ。

 そんな母をなだめたのは祖父だった。

 これは良い機会。ゼファニアへの人質として、娘と腹の子を王城に軟禁することに決めたのだ。そうしてエリヤはこの世に無事生まれ落ちた。

 エリヤは、王族であることを隠され、臣下の子として育てられた。幼い頃より王の遊び相手として育てられたエリヤは、自分の命がロキの考え一つで消えてしまうなど知る由もなかった。自分が仕えている王が実は従兄であり、それ以上に宿敵であることも知らぬまま共に育った。

 エリヤは素直でいい子だった。自分もそんなエリヤが好きだった。

 子どもたちの純粋な思いの裏側で、無自覚の悪が積み重ねられていく。大人たちは誰も、それを教えない。

 しかし、どんな悪にもいずれは裁かれる日が来るのだ。


 そしてその日は、前触れもなく突然やってきた。

 事の始まりはおそらく、一族の長として指揮を執ってきた祖父が熱病にかかって死んだことだったのだろう。

 祖父には三人の息子がいたらしいが、上の二人は祖父よりも先に他界していた。 残った一人が跡を継いだものの、祖父ほどの才覚はなかったらしい。夏の日照りによって“枯涸こがれの大飢饉”とよばれる食糧難が発生し、それへの対処で完全に身動きが取れなくなっていた。

 これを機会と言わんばかりに、叔父がとうとうラファル家を引き連れて動き出したのだ。




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