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 サムエル王の母であるアシェル王正妃は、ニーベルクという武家の娘だった。

 ニーベルク家自体は元々上流の家柄というわけではない。それまで目立った功績もなかったため、その存在自体あまり知られていなかった。

 従来の慣習に従えば、そのような家柄の娘が正妃になることはありえない。しかし、そんなニーベルク家に転機が訪れたのは、サムエル王の祖父の時代のことだ。

 当時、隣国との国境線沿いで長きにわたって紛争状態が続いていた。

 その争いを神国側の勝利という形で収めたのが、正妃の父ロキ・ニーベルクだったのだ。

 華々しい戦果に、時の王はロキをいたく気に入り、一族を次々と重役に取り立てた。

 それは、武家の政治参加を禁止するという暗黙の掟がある中での異例の待遇であった。そして王は、ロキの娘をまだ王太子であったアシェルの妃にしたのだ。

 しかし、アシェルは妃となった娘を愛せなかった。彼には既に複数の妃がおり、中には深い愛情を寄せている娘もいたのだ。

 だが、父王の意向と勢力を増すニーベルクの重鎮たちに押し流されるがまま、その娘を正妃に据えた。

 父王の崩御の後アシェル王は即位、その数年後には正妃との間に男児が生まれた。継承権第一位となる王子の誕生に一族は歓喜に沸いたのは想像に難くない。  そしてその喜びの陰で、どす黒い欲望の種はまかれ、その根は国中に広まりつつあった。

 そして、通歴917年。弱冠二十三歳でアシェル王は謎の死を遂げた。

 続いて即位したのはアシェル王の第一子、のちに愚王と称されることとなるサムエル王だった。

 当たり前のことであるが、物心つく前の二歳の子どもに王としての責務を果たせるはずがない。

 王の代わりに実権を握ったのは、王太后となったアシェル王正妃の生家ニーベルクだった。外祖父として、王権のすべてを代理に手にしたロキの野望は禍々しい血肉の華を咲かせていく。

 少しでも気に入らない者は即座に処刑し、欲望を満たすために国庫の金を湯水のように浪費する。国民たちが飢え、明日をも知れぬ中を必死に生きていたにもかかわらず、一族の圧政は加速するばかり。

 見かねた神殿がとうとう口を開けば、高名な神官が一人ずつ姿を消していった。それは、神をも恐れぬ非道。

 所詮、政治への参加を武家よりも厳しく禁止されている神官たちにできること

などたかがしれていたのだ。

 増税に増税が重ねられ、国民の生活は追い詰められた。反乱を起こす気力もわかないほどに、民は疲弊していた。国中の富が王家に吸い取られ、その繁栄に反比例するように国は衰退していった。

 典型的な外戚による政治介入。

 しかし、歴史上何度も繰り返される同様の悪政は、必ず一様の終焉を迎えている。

 後に英雄と称される人物による、反乱軍の形成。悪政を終わらせるために立ち上がったのは、現国王の父、先王ゼファニアだった。

 アシェル王の異母弟であるゼファニアはその存在を疎ましく思ったニーベルク家によって父王の崩御以降、辺境の地に軟禁されていたのだ。

 しかし、勇猛果敢で狭義心の強いゼファニアがその状況を黙って見ていられるわけがなかった。自身の監視をしていたニーベルクの分家を懐柔し、反旗を翻したのだ。

 それは、ロキ・ニーベルクが病に倒れ世を去って間もなくのことであった。ロキの権力は、そのまま息子に引き継がれていたが、その年の暮れに発生した“枯涸(こがれ)の大飢饉”への対処でゼファニアの動きに気付くのが遅れたのだ。

 一瞬の隙を突いて、ゼファニアは行軍を開始した。そして、勢力の衰え始めていたニーベルク家が追い詰められるまで、そう長くはかからなかった。

 しかし、そこでニーベルクは誰も予想だにしない行動を起こした。追い詰められたニーベルク一族は幼い王を連れて隣国への亡命を図ったのだ。

 だが、ゼファニアだけはそれすらも見通していた。隣国の抱くニーベルクへの遺恨を利用し、協力関係を結ぶことで大包囲網を築いた。

 逃げ場を失ったニーベルク家は、降伏することなくそろって海に身を投げ、滅亡することを選んだ。

 多くの死者を出してはいたが、ゼファニアの計画は完璧に見えた。だが、ニーベルク家は最期に一矢報いたのだ。

 ニーベルク家は王家に伝わる至宝、正統な王の証である神剣を道連れにした。

 政争の最中、ニーベルク家によって持ち出された神剣は、その渦中で消失した。神剣は海の底に沈み、未だ発見には至っていない。

 慣習に従えば、神剣がなければ正統の王とは認められない。しかし、民はゼファニアを新たな王として迎え入れた。

 通歴924年11月、ゼファニア王即位。サムエル王の名のもとに行われた悪政は、英雄王の誕生で幕を閉じた。

 後年、サムエル王は“愚王”のそしりを受けることとなる。

 彼の幼さを思えば仕方なかったことのようにも思えるが、神剣の消失は決してあってはならない。王であれば、命を投げうってでも守らなくてはいけない神剣を失ってしまったことはそれほどまでに大きな罪であった。

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