缶詰め少女と昔々の勇者様

探求快露店。

缶詰めの中

 俺は今、素っ裸の女と見詰め合っている。

 パチリと音を立てる焚き火を光源に周囲は夜の闇に包まれた森の中。

 どういう訳か缶詰めに収まっていた手乗りサイズの女と……。

 誘拐犯でも見るような脅えた目を向けられるが、いやいや俺はただ普通に町で買い求めた魚缶を開けただけ。

 そう、白身魚の煮付けを食べようと缶詰めの蓋を開けただけだ。

 ――よくよく見れば缶の中は小綺麗で、タレはおろか魚の臭いすらしない。

 食い意地の張った妖精が間違って混入した結果、という線は薄そうか……。

「おい」

「ひっ!」

「……落ち着いて、よく聞いてくれ。いいか。俺は君に危害を加えるつもりはない。手荒なまねをするつもりもさらさらない。その上で、話を聞かせてくれないか?」

 刺激しないよう出来る限りゆっくりと言葉を紡ぐ。

 缶詰めの端にこれ以上ないくらい体を押し付けて縮こまっている彼女は少しの間を置いてから小さく頷いた。

 よし。

「俺の名前はノア。君は?」

「……ユキ。カワイ・ユキ」

 変わった名だ。

「スメオオの生まれか?」

 首を傾げた彼女は分かっていない様子で、どうやら違ったらしい。

 スメオオは東の果てにある島国なのだが近場の港を使っても船で一週間は掛かる故に大陸とは異なる独自の文化が根付いている。

 まさかとは思ったものの、まあ、そこからわざわざ連れ去られて来たのだとしたら缶詰めの中身として安く売られている筈もないか。

「どうして缶詰めの中に?」

「缶詰め?」

 俺を警戒しつつも辺りに視線を配った彼女の声に戸惑いが滲む。

「……分からない。だって、私……胸を刺されて……」

 置かれている状況も把握できていないようだ。

 顔色が悪くなる。

 胸元に指を滑らせた彼女の肌にふと、見覚えのあるものが見えた気がして俺は眉をひそめた。

「すまない、少し立ってもらえるか」

「え? あ、はい」

 指を差し出せばそれに掴まった彼女が素直に立ち上がる。

 打撲痕も切り傷、擦り傷の痕一つない綺麗な肌だ。

 彼女の言う刺し傷の痕などもなく、問題の胸元にあるのは十字に絡む黒鷲の刺青……。

「この刺青は?」

「刺青?」

 何度目になるか。

 首を傾げた彼女が俺の視線を辿って自身の胸元を確認する。

 程よく膨らんだ乳房が邪魔をして――胸元と言っても首より腹側に近く、丁度心臓の位置に当たる形だ――見えづらそうに色々と角度を変えていたけれど、その口から最終的に吐き出された言葉は「何これ……」だった。

「心当たりは?」

 念のために尋ねたが彼女の首は予想通りに横に振られた。

 ――十字に黒鷲の紋章は俺が掲げているそれである。

 誰が、何を目的に、彼女の胸元に刻んだ?

「君が今、分かっていることを出来る限り詳しく聞かせて欲しい」

 指に掴まったままでいる彼女の手に僅かながら力がこもる。

 躊躇うように口を開閉させてから、ようように吐き出された言葉は俄かには信じ難い内容で。

 疑っている、訳ではないのだが。

「私、胸を刺されて死んだんです……強盗に、襲われて……ここは、死後の世界……という認識で良いのでしょうか?」

「いや。……少なくとも俺に死んだ記憶はない」

 よく聞く幽霊話のように彼女の体は透けていないし、血の気が引いていて多少冷たくはあるものの触れている手にも十分な熱が宿っている。

 アンデッド化しているなら相応に体温が感じられない筈であるから、生きていると考えてまず問題ないだろう。

 何よりここが死後の世界であっては困る。

「だけど私、本当に死んだんです。胸に刺されたナイフの感覚も覚えてる」

「……君の身に何が起こったのか俺には分からない。ただ、帰るべき場所があるのならそこに送り届けよう」

 大手を振って動き回れる身ではないが、時間だけならたっぷりとある。

 あてのない旅路に、次の目的地を決めあぐねていたところでもあるから丁度いいと言えば丁度いい。

「どうして」

 泣き出しそうに瞳を揺らして俺を信じるべきか迷う女に笑い掛ける。

「そういう性分なんだ。不安に思うところも多いだろうが、ひとまず近くの村にくらいは送らせてもらえないか?」

 森には何かと危険も多い。

 ここで放り出しては彼女は途方に暮れることになるだろう。

 そうと分かっているのにどうして見捨てることが出来ようか。

 ――傷一つない綺麗な肌にマメのない柔らかな手。

 荒事とは無縁に生きてきた女性であることは一目瞭然であるのだから。

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缶詰め少女と昔々の勇者様 探求快露店。 @yrhy

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