偉大な『賢者』が死にました。

如何ニモ

偉大な『賢者』が死にました。

 色とりどりの魔法に満たされた、3000年の時を経た大きな国。そこには永久の魔女という、とても長生きな魔女がいました。

 永久の魔女は国が出来る前から生きており、強大な魔力と知恵を持っています。その力は国の発展に大きく寄与し、あらゆる発明や便利な魔法を国のために作ってきました。

 国の礎を作り、支え続けた魔女に人々はこう呼び讃えました。


『創世の大賢者』と。


 しかし、魔女見習いであるトリエッタ・アスノは、その呼び名にとても不満でした。ふんっと鼻を鳴らして、自慢の赤い髪をたなびかせます。

 なぜなら、自分の祖母である偉大な魔女、マルガレット・アスノの方が『大賢者』の名にふさわしいという自負があったからです。

 マルガレットはこの国の魔法学校の校長先生で、既存の魔法を利用して新しい魔法を作ることに長けていました。

 彼女によって作られた魔法はたくさんあり、中でも冷凍魔法を利用した食べ物を長持ちさせる冷蔵庫の発明は世界中の食糧事情を大きく改善させました。

 人々はマルガレットのことを『賢者』と呼びますが、決して『大賢者』と呼ぶことはありません。なぜなら、永久の魔女を超えているとは思ってないからです。

 マルガレットが魔法を1つ作れば、永久の魔女は5つ魔法を作ります。マルガレットが1つの大きな偉業を達成したときには、永久の魔女は3つの偉業を達成していたのです。

 加えて、永久の魔女はずっと昔から生きており、讃えても讃えきれないほどの功績を持っているのです。彼女を超えることはまず不可能でしょう。

 それが、トリエッタには耐え難い屈辱でした。なぜ、祖母は『大賢者』を名乗れないのだろう。なぜ、あんなにも偉大な魔女である祖母が永久の魔女を超えることが出来ないのだろう。

 しかし、その悩みはマルガレットも同じように抱いていたものなのです。そう、自分が死に瀕するまで、ずっと強く、トリエッタの歳の頃から願っていたことなのですから。


 マルガレットは床に伏していました。どうやら、寿命がきたようです。

 彼女は人間と比べたらとても長生きでしたが、せいぜい300年しか生きられませんでした。

「どうして、おばあちゃんを治せないの!」

 医学にも長けた永久の魔女は全力を尽くしましたが、マルガレットを治すことはかないませんでした。

「私の力でも無理なことはあるのよ」

 永久の魔女がそうつぶやくと、トリエッタは大きな声で罵倒しました。

「『大賢者』のくせに!」

 祖母を差し置いて『大賢者』を名乗ってるくせに。トリエッタは悔しい気持ちを混ぜながら叫ぶのです。

 しかし、そこにベッドで寝ていた祖母の優しい声が響きました。

「トリエッタ、魔女には出来ることと出来ないことがあるのよ……残念だけど、仕方のないことだわ」

 諦めの言葉を聞いても、トリエッタは全く納得できませんでした。ぐっと拳を握って、あふれる涙が頬を濡らします。

「悪いんだけど、永久の魔女と二人にしてくれないかしら?」


 永久の魔女と二人きりになったマルガレットは、昔の自分を孫のトリエッタに重ねます。それは、永久の魔女も同じでした。

「すっかり、真っ白になったわね、あなたの赤い髪。今のトリエッタのように、宮殿に咲くバラのような燃える赤色だったのに」

「あなたと違って、私は歳を経るのよ、永久の魔女。残念ながら、私はここまでのようだけど」

 そうつぶやいたマルガレットは昔の自分を思い出します。そう、トリエッタと同じように、自分は永久の魔女を超えようと情熱を燃やしていたのだと。

「私の家系は、私の祖先は。あなたを超えて、『大賢者』になろうと頑張ってきた。けど、私達が頑張れば、あなたはさらに先を行くのよ。どう頑張ったって、あなたに追いつけやしない。どうして、私達の両手ではつかめず、時間だけがこぼれてしまうのでしょうね?」

 最後まで泣くものかと目をこらえていたマルガレットでしたが、悔しさのあまり、涙が途絶えることはありませんでした。

「私は『大賢者』と呼ばれたかった。あなたを超えたかった。けど、できなかったわ……ああ、なんて口惜しい」

 そう口を震わせて嘆くマルガレット。けれど、永久の魔女はにこりと微笑んでいました。

「マルガレット。あなたは自分を卑下することはないわ。あなたは十分にこの国に、この世界に貢献してきたのよ。私にとって、あなたは『大賢者』だったわ」

「慰めはよして頂戴。それでも、私は」

「あなたは私には出来ないことをやってきたのよ。魔法を作ることだってそう。いや、魔法を人々に分かりやすいように教えてきたじゃない。私は自分のことで精一杯で、人に何かを分かりやすく教えることはできなかったわ」

「それくらいしか、私があなたに敵うことはなかったんだもの……私の一族はそうやって、あなたに立ち向かうしかできなかったんだわ。次の世代があなたを追い越すために、知識を伝えて重ねることしかできなかったの」

「それは、あなたの一族にしかできないことだわ。そうやって、今のあなたの子供達だって頑張っている」

 目をつぶると、マルガレッタの頭のなかには自分の母と、そして子供の顔が思い浮かびます。

「そうね、私の代ではあなたを超えることはできなかった。けれど、次の代がやってくれるわ。ねえ、私の可愛い孫、トリエッタをどう思う?」

「あなたの小さい頃に似て、少し生意気だけど利発そうな子だわ」

「ふふ、それがアスノ家の魔女の特徴よ。絶対に、絶対にあなたを超えて『大賢者』を名乗る子が現れるんだから……」

 少し眠気が強くなってきたのか、マルガレットはウトウトと船を漕ぎ始めました。

「私はそろそろ死んでしまうのね。さようなら、永久の魔女。私は、『大賢者』になりたかった」


「私は絶対にあなたを許さない!」

 その言葉を聞くのは何度目になるのだろう。永久の魔女は自分の人生を振り返ります。そう、同じくらいの歳のマルガレットも同じように怒っていたんだっけ。

「私は絶対に、絶対にあなたを超えてみせるんだから!」

 永久の魔女は3000年前のことを思い出します。

 元々、旅の魔女であった彼女がこの国に居着いた理由は、アスノ家の祖先の一言から始まったのです。

「絶対に私があなたを超えて、『大賢者』を名乗ってみせる!」

 彼女は永久の魔女とは違って、短い寿命のちっぽけな人間でしたが、人一倍負けず嫌いで強い意志がありました。そして、永久の魔女から魔法を学び、自分が永久の魔女を超えるんだと心に誓ったのです。

「家名にかけても、あなたを超えてみせるんだから!」

 例え、寿命で死んだとしても、アスノ家の魔女たちは次の代へと、確実に知識を重ね、徐々に永久の魔女の尻尾をつかもうとしています。

 永久の魔女はその強い意志と、強い探究心を持ったアスノ家の魔女たちのことが大好きでした。

「私は『大賢者』になってやるんだから!」

 その言葉を聞くことが、永久の魔女の幸せでした。そして、3000年を超える旅をきらびやかに輝かせる星空そのものでした。


 偉大な『賢者』が死にました。

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偉大な『賢者』が死にました。 如何ニモ @eureikar

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