第6話

心霊病棟編


 五話 手術室


 時刻は午前四時五十分。女性陣にとっては、しっかりと眠れただろう。だが、光輝の睡眠時間は短かった。何せ三人の仮眠中に、三階の安全確認へ行っていたのだから。それでも深い眠りに入れていたのは、紗夜が寄り掛かっていた事にある。彼女から伝わる柔らかな感触と、適度な温もりによってだ。

 彼は目覚めてすぐに、自分の肩に頭を乗せている彼女の存在に気付いた。何せ灯理と優奈が、ずいぶんと生暖かい眼差しで見学していたのだから。光輝は視線から逃れるようにして、紗夜を揺すり起こしたのである。


「あ、おはようございます」


 眠たげに頭を左右に動かしながら、彼女も起きたので灯理がその頬をつついた。


「いつから天路くんと、恋人ごっこを始めたのか教えてね」


 何とも素晴らしい誤解で、勘違いであると光輝は言ってあげたかった。だが、それを言葉にしたら紗夜の心を傷付けるように思えて沈黙。しかし、その必要はなかったが。


「天路さん、かなり疲れていましたから。何かできないかと考えた結果ですけど?」


「そっか。なら、わたしも天路くんに寄り掛かるべき?」


「はい」


事情を知らない人間からすれば、あまり似ていない姉妹の会話に聞こえたかもしれない。その二人のやり取りを見ていた当の本人は、ホッとしたような感じの表情。見事に緩みきった空気を、優奈は払拭しに行動を起こす。


「そろそろ行かない?いつまでも、ここで過ごしていても意味がないからね」


「「はい」」


タイミングバッチリのハーモニー披露。それには無反応で、光輝へと向き直った。その視線は左手首の腕時計にである。彼は最初の数秒だけ、何を見ているのか分からなかったが自分の左手首だと気付く。


「三人が寝ている間に、三階へ行ってみました。その時に見付けた物の一つです」


 実際には四階の階段脇から発見したのだが。それをすると、説明が面倒くさくなりそうだと予想した。灯理は何で起こしてくれなかったのかと、不満を垂れ流し始める。優奈は胡散臭そうな視線。そして紗夜は、無言でニコニコと微笑んでいるだけ。

 ある意味、ほのぼのした空気になり掛けていた。優奈はそれに気付かないが。ふと、四人は病室が明るくなり始めている事に気付く。どうやら陽が昇り始めたみたいだ。


「朝になれば、今まで以上に動きやすくなるけど。問題は看護師と院長だな。向こうにも明るさで、俺たちが認識しやすくなる」


 もしかしたら、夜に行動するよりも危険かもしれない。しかし、二日目に入っているのだ。今のペースでは脱出はできずに、心霊病棟の新たな住人に仲間入りとなる可能性も。その思考に至ったらしい紗夜は、三人を急かすようにして声を掛けた。


「早い段階で、内線を使って平塚院長に無事だと伝えましょう。家族も心配しているのは間違いないですから」


「そうだな」


「そうね」


「急ぎましょう」


 彼女の言葉に光輝たちも同意。解錠してベッドの足だった金属を持った彼が先頭。三階へ降りた時には、陽射しが少しずつでも照らしていく。


「三階で施錠された病室が、一ヶ所だけあった。けど、俺だけだと危ないから、全員揃ってからにしようと思っていてた場所へ」


 廊下を歩くのは四人だけ。すぐに目的の病室へ到着した後に、三人に振り返る。


「解錠に賛成する人は?」


 無言で三人が頷いたのを確認して、一本ずつ鍵を試していく。十五本目で解錠ができた。ゆっくりと開けてみると、警備員の制服らしい服がイスに掛けられている。近付いてみると、ネームプレートがあった。そこには、小林と書いてあった。つまり、これは死亡した小林大地本人の物だろう。

 優奈も確認してから振り返る。その表情には悲しみが浮かんでいた。彼女の年齢では、小林と出会う機会はなかったはずだが。


「小林さんの物で間違いない」


「松井先生」


 ただ沈黙した状態のままになってしまった優奈に、彼は声を掛ける。俯いた状態で短い返答があった。


「何かあったの?」


「小林さんとの接点を話してくれませんか?」


 医学部を順調に卒業しても、二十四歳だ。前回の生還者が四年前なら、彼女は学生でしかない。それなのに接点があるというからには、何か過去にあったと分かるのは当然だ。


「小林さんは警備員の前に、警察官だったの。六年前に起きた人質立てこもり事件は知っている?」


「知りません」


 光輝たちは顔を見合わせて、アイコンタクトで知っているかと確かめる。全員が一斉に首を横に振って、彼が代表して答えた。優奈は三人を見ていたから、別に返事がなくてもよかっただ、律儀と言えるのか反応はある。


「なら知らないままでいた方が、いいかもしれないわね」


 話して欲しいとは思うが、本人が語ろうとはしない。無理に聞き出した場合、傷付ける可能性がある。そう考えて若い彼らなりに気を遣った。彼女は感傷的な眼差しで、制服をそっと抱えて黙ってしまう。


「その小林さんって人は、先生の恋人だったりすると思う?」


 気持ちを切り替えて、室内を調べようとした彼の耳元で灯理が囁いた。それは当人に聞こえないようにと意識した結果だろう。光輝は耳元での囁きによって、少しだけ距離を取った。


「いきなり耳元で話さないでくれ。驚くから」


 注意されて灯理は、申し訳なそうに頭を下げる。顔を上げたタイミングで、彼は手招き。それに従って、トコトコと着いていった。廊下に出た二人は、ドアを閉めて声を抑えて会話を開始。


「仮に松井先生の恋人だとしても、俺たちには何もできないぞ。三日以内なら救えても、死亡から四年が経っているんだ。話してくれるまでは、聞かずにいよう」


「でも、もしかしたら何か聞いているかもしれないよ?もし嫌な記憶でも、あまり刺激しないようにすれば」


何か考えがあるのかと思ったが、灯理の両目には好奇心だけが宿っている。興味本意で気になったのだろう。それでも現状は避けるべきと、彼の判断は変わらない。


「仮に恋人だったとしても、その人が死んだ場所で聞くような内容か?」


むしろ積極的に避けるべきなのに、この少女は好奇心を優先している。何と言って諦めさせようかと、光輝は真剣に頭を悩まし始めてしまう。そこへ紗夜が出てきた。今にも頭を抱えそうな雰囲気が漂い始めた彼に、会話の内容を正確に予想したようだ。


「妃崎さん、今は優奈先生の恋人に関する考えをしている時じゃないと思います。天路さん、クローゼットを動かせませんか?」


二人が話している間に、何かを見付けた様子。手を引かれる形で、室内へと戻った。優奈がクローゼット裏に手を伸ばしては、引っ込める動作を繰り返している。近くまで行ってから、裏を覗いてみたところ、何かが落ちているのは確かなようだ。身体を捩じ込めそうな右端から、クローゼットを前に出そうとした。

それでも少ししか動かず、あまりスペースが確保されていない。仕方なく左横へ押してみると、意外にもどんどん移動していった。空間ができた事で、彼は落ちていた物を拾い上げる。それは、浴場と書かれたタグ付きの鍵。


「松井先生、浴場って何階にあるんですか?」


知っている可能性がある事に期待して、問い掛けると意外にもハッキリした場所まで答えてくれた。


「旧病棟なら二階ね。それに病室がない代わりに検査室とか、手術室なんかも」


「病室はないんですか?」


「前に旧病棟内の見取り図を見た経験あるけど、そうだったはず」


自分の頭に手を当てて、思い出そうとしている様子。しかし端から見れば、頭痛に耐えているようにも。まぁ、極端な見方をしなければ、ベタな間違いをする人間はいないはずのだ。だが、このメンバーで例外に当てはまる灯理だけは本気で心配そうに気遣う。


「ベッドに横になりますか?風邪でも引きました?そう言えば、冷える時がありましたね」


「大丈夫。ありがとう」


本当に大丈夫かと詰め寄られて、両手で必死に平気アピールの優奈。しかし、光輝と紗夜の二人は彼女の言葉が事実なら、もうちょっと思い出してもらいたいと願っていた。何階に何があったかさえ分かれば、行動力は格段に向上しそうな予感がしている。

光輝としては、隠し部屋的な場所がないかと真剣に思考していた。もしもあるなら、そこには役立つ物があるはず。隠すという事は、知られたくない何かが存在する。紗夜としては、騒がしくなり始めた二人を放置して思考に意識が沈んでいる彼の方が、つい気になってしまった。


「天路さん?」


長くなりそうだと、判断してとりあえず声掛け。それで彼はハッとしたような表情に変わった。


「松井先生、まだ内線が残っていそうな場所に心当たりってないですか?」


このまま声が大きくなれば、看護師たちが気付きかねないというタイミング。それを意図せず中断させた。突然の質問に、一瞬だけフリーズしたものの返答はすぐ。


「一階の総合受け付けと、地下の書類倉庫に一台ずつがあったと思うけど」


「平塚院長に現状を知らせましょう。それと鍵束がどれに対応するかを教えてもらえれば」


施錠された場所で解錠するまでに、全部の鍵を試してみる時間が省略ができる。それだけ、探索へ移れる時間も確保が可能となる。つまり生還率が上昇。そこからの行動は本当に素早かった。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


危険を覚悟の上で、四人はそれぞれに別行動に。まずは灯理から。必要分の食事を済ませて、彼女は浴場へと向かっている。別れる前に優奈から聞いた通りに、二階へ降りて直行した。脱衣所には鍵はなく、浴場そのものが施錠されている。鍵穴に差し込んで、ゆっくりと回す。カチャっと音を立てながらも、無事に開いてくれた。

行動を開始する直前に、鍵の状態を確かめた結果は最悪とも言えた。理由は不明だが、何と錆びが全体に広がっていて力加減を間違えたら折れてしまった危険性も。浴槽にはいつ張ったのかさえ考えたくない水。かなり湿度が高いのかジメジメとし過ぎている。


「使える物ないかなぁ。もういっその事、割り箸でもあればいいかな。それも十本くらい。そうすれば、輪ゴム鉄砲とか作れるし」


彼女本人は作れる知識はない。小学校低学年時に、何度か教わったのが見事に忘れている。出番があるかと言われたら、イタズラにしか使い道が思い浮かばなかったせいもあるだろう。


「浴槽の水、手を入れずに抜けないかな」


しばらく考えた後に、成功するかはともかく名案が浮かび上がった。光輝からハンガーが役立つかもしれないと言われて、返却されている。フックの部分を栓を繋ぐ金属製の鎖に引っ掛けて、外れないように持ち上げた。


「やった。成功」


水が全て流れた後、懐中電灯で照らす。その懐中電灯は克也の生き霊が、所持していた物である。何も見付からず気持ち半分的に残念だなぁと呟く。


「まだ脱衣所を調べてなかった。行ってみよう」


湿度のせいでタイルが、若干ではあるが濡れている。足を滑らせないように、まともな場所だけを歩く。


「見付けれますように」


意味もなく手を合わせてから、服を入れるボックスを調べていった。途中で備品と思われるドライヤーと、シンプルな髪留め二本を回収。


「ドライヤーかぁ。昨日からお風呂に入れていないから臭うよね」


自覚していないだけで、襟や袖に鼻を近付けて確認。気付けないだけ。もうこれ以上は見付かりそうにないと、そう判断をして灯理は脱衣所も後にする。そして、次に向かうのは手術室。女の子一人で薄暗いのを意識せずに、歩いていく彼女はこの時だけは非日常を受け入れきっていた。

最初に目に入ったのは、床に散らばったガーゼやタオルの山。どれもが、赤黒く染まっているのは手術中に止血するために使われたからだろう。中央には手術ベッドがあり、青いビニールシートが。


「あの形って、人間・・・・・・なのかな」


無造作に置かれているようにも見えるが、それを気にしてしまうとダメだと一瞬で理性が訴える。それに逆らう事はせず、床にだけ目線を落とす。合流場所へ向かうために持てる物だけを拾う。消毒用アルコールと、剥き出しの状態になっているメス。


「早く出よう。何か嫌な感じだけが、室内に充満している気がする」


急ぎ足で立ち去っていく灯理。彼女は最後まで気付かなかった。ベッドに背中を向けた時点、上に乗っている何かが上半身だけを起こしている事に。もしも、ベッドに近付いていたら、どうなっていたか。そうならなかったのは、彼女の生存本能が強烈に働いたからもしれない。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


地下二階の死体安置所にいるのは、白衣姿の女性。つまり優奈である。彼女は安置ケースを全て開けていく。もしかしたら、使える物があるかもと。残念ながら空っぽだった。だが、見方を変えると実際に死体がなくてよかっただろう。彼女も研修医の時に、担当患者が死亡するのを何度か経験している。

生者四人の中で、死を目の当たりにしているのは優奈くらいだろう。もちろん、絶対にそうとは言えない。学生組の誰か一人くらいは身内や友人などを失っている可能性もあるのだ。だが、それでも回数は一回くらいか。


「この心霊病棟が閉鎖されてから、十年近くになるのに遺体が残っていたら驚きものね」


常識的に考えれば、無くて当然なのだ。だが、閉鎖された後に病棟内で死亡した人間の遺体は、どこに保管されているのか。本当に全く予想ができない。彼女は安置ケースを元に戻して、上の書類倉庫に行こうとする。しかし、倉庫には紗夜が行っていた。


「紗夜ちゃんを手伝おうかな。それとも、小林さんがいたかもしれない病室へ向かうか。どっちにしよう」


声に出して考えなくても、彼女自身は既に答えを決めていた。結果として優奈が向かったのは、三階のあの病室。護身用のハサミをポケットに忍ばせて。改めて何かないかと調べる彼女は、クローゼットを開けていない事に気付く。開けたら看護師か院長が、隠れていました。そんな事態がありませんようにと願って。

中にはハンガー数本と、小林大地の私物と思われる万年筆があった。これだけかと、落胆し掛けるも違和感が発生する。


「万年筆って、こんな感じだった?いえ、何か違う」


万年筆のキャップを開けると、インクの代わりに別の物があった。慎重に取り出すと、それはマイクロSDカード。結局何なのかというと、所謂ペン型カメラである。本来の役目である筆記の他に、撮影もできる物。旧病棟にまだ使えるパソコンがあるかは、分からない。そもそも残っているかさえもだ。

これだけかと思おうとした時、朝陽が本格的に差し込んでくる。それで初めて、クローゼットにも仕掛けがあると気付いた。内部の板で明らかに、後から加えたと思われるのが。


「中に少しの空洞、剥がせないかな」


普通に触った限りでは分からないが、叩いてみると音が違うのだ。だが、どんなに探そうにもバールなどはない。そもそもあったなら、誰かが武器として持ってくる。そこで、無理だと理解しつつ、ハサミを突き立ててみた。


「壊せる!」


少しだけ穴が開いたのを見て、彼女は十回を数える程度にハサミで壊していく。十八回目で完全に、板が壊れて中を確かめる事ができた。家庭用ビデオカメラ一台、充電器も仕舞われている。電源が入るだけかを試して、十パーセントだけ残されていた。


「合流してから再生ね」


大切そうに白衣のポケットへ。最後に大地の制服の上着を抱えて、地下一階の書類倉庫に向かう。そこが今回の合流場所だからだ。施錠もできるから、安全だろうと話し合いの結果である。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


書類倉庫には、病棟閉鎖までに持ち出せなかった膨大な資料などが段ボール箱の中で眠っている。倉庫内に設置されていた二つの机とイスに座って、あるかも分からない見取り図を探す紗夜の姿があった。到着と同時に安全確認を済ませてから、施錠を行い手当たり次第に箱を下ろして調べていたのだ。

この時点で調べた段ボール箱は、十を数えている。箱に詰め直す時間的な余裕はない。その判断によって、彼女から見た必要そうな情報が記載された書類と、違う書類に大別して紙の山を築きつつあった。現状に関して言えば、不要な書類の方が多いのだが。棚から下ろす作業で、早くも肩凝り気味に。


「誰か早く来てください。そして、手伝ってください」


十二箱目を開けてから、中身が誰かの趣味で集められたらしき大量のフィギュアを発見。思わず脱力しそうになった彼女だが、背後に誰かの気配を感じて振り返った。そこには光輝が何度か遭遇した黒い人影。


「え!?」


影は歩いて、七番と書かれた棚の前で止まって紗夜が近く付くのを待機。その行動に呆気に取られてしまった。それでも、悪い感覚などはせず伝えたい事か教えたい何かがあると察する。七番の棚まで歩いていく。影は完全に人の形で、それは恐怖を刺激するはずなのだが。

左端よりに動いて、彼女の腰ほどに置かれた箱を指差しれいる。なぜ、そんな行動を示したのかは分からない。けれども、信用していいかもしれない。彼女がその段ボール箱を抱えて、机のところへ移動。


「これって、パンフレット?見取り図もある」


かなり汚れていて、一部は黄ばんでしまっている。それでも、ちゃんと見れるから問題ない。


「これって?」


返事がないのを承知で振り返ったが、影は既に消えてしまっている。もう一度、パンフレットに視線を落としてハッとした。


「院長室と調剤室だけ、赤いマークがされてる。何だろう?」


首を傾げた頃、倉庫のドアがノックされる。それも事前に決めた回数と間隔で。つまり誰か到着したのだ。


「妃崎さんですか?それとも優奈先生?」


「あたし、開けて」


優奈で正解だった。入ってきて、早々にビデオカメラとマイクロSDカードを取り出す。入室を確認して、再び施錠を実施。二人は互いの成果を報告する。


「何か見付かった?」


「はい。見取り図が書いてあるパンフレットです。先生は?」


「小林さんがいたかもしれない病室で、ビデオカメラとマイクロSD。充電器あるから、コンセントに差して、後の二人が揃ったら再生ね」


優奈は白衣のポケットから、スポーツドリンクを取り出して紗夜へと渡す。


「飲んでおいた方がいい。陽射しで明るくなったから、看護師たちにも見付かりやすくなる。そうなったら、ゆっくり水分補給も難しくなるかもしれないから」


紗夜は受け取って一口飲んでから、内線用の電話機を探そうとする。内線を後回しにしていた事に、今更ながらに気付いたのだろう。慌て気味に動き出した彼女の様子から、何をしているのか理解し様子。優奈も内線が使える電話機探しを開始した。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


灯理たちと別れる前に、時刻合わせを済ませた腕時計を確認。光輝が今いるのは、一度六階へ戻った。内線の電話機を回収する事ができないか、そう考えての行動。だいぶ明るくなっていて、見付かる可能性は高い。それを考慮して、慎重に動いたのだが。


「どうなっているんだよ。これだけ近付いても気付かないなんてな。もしかして、明るくなると見えにくくなるのか?」


看護師の視界にバッチリと入ってしまっていたが、まるで見えていないかのように佇んでいる。それに驚きを隠せないが、本格的に動けるのは今だと直感した。早足で内線を使った病室へと向かう。運よく壊されていない。電源コードをコンセントから外し、五階の薬品庫へと走る。

前回はまだ夜の段階で懐中電灯だけが頼りだった。しかし現状は違っているのだ。もう一度、薬品庫を探す事で見落としがないかの確認。ガラス戸を開けては、閉めるを繰り返す事十三回目。


「カフェインと注射器か。新しいのか?持っていこう」


落とさないように持って、それぞれを足元に落ちていた木箱へと保管。そうして、出ようとした時に遭遇してしまったのだ。最悪の存在、院長に。薬品庫へフラフラと入ってきた院長と、まさに出ようとしていた光輝。行動が早かったのは院長だった。


「フタリメ・・・・・・イケ・・・・・・ツカ・・・マエル」


壊死したような両手を掲げて、捕まえようと伸ばしてきたのだ。


「何でくるんだよ」


歯軋りしたくなるが、それで思考を止めては本当に捕まって殺される。左足を軸として、院長の頭に蹴りをお見舞いしたが、痛覚はないらしい。


「ってぇ」


右足を掴む力は驚くほどに強い。やむなく電話機を振りかぶって、全力でそれをぶつける。これは確実に効果があり掴む力が弱くなった。その瞬間を見逃さずに、体当たりを加えて院長を床に転げさせる。その後はひたすらに、地下一階へと走っていった。


□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


二階の手術室。灯理が離れてから、十五分ほどでベッドに横たわっていたモノが起き上がった。ビニールシートが落下して、隠されていた姿が明らかに。それは、全身の皮膚を剥ぎ取られて、筋肉の筋までがハッキリ視認できてしまえる状態の男性の死体。

ゆっくり、それでも確実に手術室を出た死体は、生者を求めて院内を歩き出す。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心霊シリーズ 桜井 貴司 @erekijar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ