世界はいらない

彼女を目にした途端、何故か目尻が熱くなった。

「久々だな、元気か」

彼女らしい陽気な声である。

すっかり歪んでしまった視界で、彼女を見ると、まるで何も変わっていなかった。

まるで彼女の時だけが止まっているようだった。

「ああ」

私はそう返すので精一杯だった。


彼女は、既に一週間近く身体を洗ってないらしい。


私は、持参したタオルを水に濡らし、彼女を拭いてやることにした。

「遥々ここまで、よく来たな」

身体を拭いている時、彼女は独り言の様に呟いた。

返事は出来なかった。

嗚呼。

ここだけでいい。

他には、もう何も要らない。

彼女と居るだけで、こんなにも満たされる。


何処からか虫の音が聴こえてくる。

「いつかはここに、僕も」

震える声で私はそう言った。

「じゃあさ、早送りしようぜ」

彼女は、顔を僕の方へ振り向けて、満面の笑みでそう言った。


身体を拭き終えると、持ってきた花を彼女に渡した。

「また来る」

無愛想だなぁ、と我ながら思う。

でもそう言うしかない。

そしてこう続ける。

「待ち合わせは此処で」


彼女は、大手を振って見送ってくれた。

私は遂に、涙が堪えられなくなってしまった。

こうなって仕舞えば後はヤケだ。

くしゃくしゃになった顔を隠さずに、大手を振り替えしてやった。


自分の砂利を踏む音だけが聞こえる。


次は食べ物を持ってきてやろう。


彼女の大好きな揚げ餅を。


あ。

帰り道、私は彼女に線香をあげていなかったのを思い出した。


そして私は、泣き顔を見せてしまった恥ずかしさで赤くなった顔を叩き、


へと戻ることになった。

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