第4話 いつも見かけるひと

 それは、俺が高校に行き初めて3か月ほど経ったころだ。

 電車通学は高校になって初めてだったが、今までとは違う朝は、たとえ満員電車だったとしても真新しい経験として楽しめた。

 とはいえ、そろそろ満員電車が苦痛になり始める頃でもあった。


 その日は寝坊をしてしまった。

 いつもより1時間も遅れて学校に向かうことになった。

 完全に遅刻で、2時間目からしか授業は受けられないだろう。

 それに、先生にも怒られるはずだ。まぁしょうがないよな。

 ただ代わりと言っては何だが、少し車内は空いていた。

 いつもの苦痛は無く、いつもこの時間に乗れたらな、なんて思ってしまう。

 しばらくスマホをいじっていたが、そこで気づいてしまったことがある。


 いつも電車で見かける後姿が目についたのだ。


 高校生と思しき女性の後ろ姿。

 どこの高校かは分からない。

 だが、いつもの時間からこんなに遅れたというのに、なぜか今日も俺の視界にその後姿があったのだ。

 そう言えば……

 俺はこの3か月を思い返す。

 彼女は……どんな顔をしているのだろうか。

 どれだけ思い返してみても、その顔を見た記憶がない。

 思い出せるのは、その後姿だけだ。


 ゾクリ……


 全身に得体の知れない何かが這い上がる。

 全身を蟲が這うような、嫌悪感。

 スマホを見ながら、その視界の端で女性との後姿を見る。

 見たくないと思っているはずなのに、目が離せなかった。

 見るのも怖い。けれど、目を離すのがもっと怖かった。


 ギギギ……


 そんな音が聞こえてきそうだった。


 少しだけ、ほんの少しだけ、女生徒の首が左に回った気がする。


 ガタンッ


 電車が線路の切り替え場所を過ぎたからか、大きく揺れた。


 一瞬、視界から女生徒の後ろ姿が外れた。




 ハッとして、視線を戻した。



 横顔が見えそうになっていた。

 でも長髪がその横顔を隠していた。

 見えていなかった。

 なのに……


 視線を感じた。



 ゴクリ


 のどがやけに乾く。

 無い唾を飲み込み、喉が痛む。

 心臓がうるさい。

 自分の呼吸がうるさい。


 それからどれだけ経ったか、分からない。

 気が付けば、降車駅に着いていた。

 俺は少しでも早くその場から立ち去りたかった。

 開くドアは分かっている。

 俺は駅に到着する直前に、開く側のドアの前まで移動した。


 早く!

 早く早く!

 早く開いてくれ!!!


 俺はドアの外を見て、とにかく祈っていた。

 そして、ガラス越しに、自分の背後が映っていることに、気が付いてしまった。




 後姿の女生徒が、顔をこちらに向けて、笑っていた。

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