第3話 足元にお気を付けください

 新宿駅のホームは、いつも通りどの場所もかなりの人が並んでいる。

 どの列に並んでも、今日も座れないだろう。

 疲れていると、そんな当たり前になっていることでもちょっと辛い。


 ため息をついたあと、私はスマホを取り出して電車の乗り継ぎを確認した。

 電車が遅延したせいで、いつもと違う時間帯になってしまったからだ。

 会社には、すでに遅れると連絡を入れてある。

 検索結果を見て、時間を確認する。

 あと2分で電車が到着することになっていた。


 駅のアナウンスが、電車が来ることを教えてくれた。

 だが、妙な間があった後、こう続けた。


『電車に乗り込まれる際、足元にお気を付けください』


 まぁ聞いたことがあるような内容だったのだが、妙に引っかかる。

 なんだろう。

 ほんの数秒、電車がホームに滑り込んできている間、私は思考する。


 そうだ。

 この手のアナウンスは、確か『電車とホームの間が空いている場所が』とか、そんな内容だったはずだ。

 それに、新宿でそのアナウンスは聞いたことが無い気がする。


 電車が止まり、扉が開き、列が進む。


 私は急にドキドキし始めた心臓の鼓動に不安を覚えながら、歩を進める。


 足元を、見ていた。


 ゴクリ。


 のどが鳴る。


 そして、電車とホームの間に視線が行った時…。


 人の手の指だった。


 隙間から、指がのぞいていた。


 私は思わず立ち止まると、後ろの男が軽く背中にぶつかり、『なんだよ』というような事を言ってから横を通り過ぎて行った。

 その後ろに並んでいた人たちもみな、その男の後に続いて電車に乗り込んでいく。

 私は…乗れなかった。


 扉が閉まるから飛び込み乗車はやめてくださいというアナウンスの後、扉が閉まる。

 指はスッとホームの向こう側に消えた。

 そして、電車がゆっくりと動き出した。


 私は駅構内にあるカフェに向かい、珈琲を注文し、席に着いた。

 気持ちを落ち着けよう。

 疲れているのだ。

 自分に言い聞かせ、珈琲をすする。


 5分後。


 人身事故が起きたアナウンスが流れた。

 路線は…私が乗ろうとしていた、あの路線だった。


 私は会社に電話を入れ、体調不良で休むと伝えた。

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