第15話 彼と僕は

 彼女は死んだ。僕より先に。確信が持てない約束は、するべきではなかったと思った。僕の人生の最後を彩ってくれた彼女がいない。どうしても、僕の風景はモノトーンにしか見えなかった。色を失った。


 彼女の葬儀は、3日後に行われた。空は曇っていた。話によると、葬儀には学年の7割以上の人が訪れたらしい。彼女はたくさんの人から愛されていた。

 僕は葬儀に行かなかった。あえて行かなかった。理由をつけるとしたら、僕はその日に病院に行っていた。

 彼女がこの世から去った後、僕の体の悪魔は少し活発に活動を開始した。いや、もともとそれなりに病気は進んでいた。余命数か月程度には。

 「ちょっと大きくなってしまいましたね。」

 淡々と医者は言う。僕も淡々と答える。

  大きくなっている割には痛みも小さく、まだ学校にも通えていた。もしかしたら、彼女の存在が僕の悪魔を翻弄してくれていたのかもしれない。あの魅力的な笑顔に。彼女を失った僕には生きる意志があるのだろうか。

 

 それから、僕は学校を休むことが増えた。行く理由を失った。君のいない学校は、君のいない世界はつまらない。君は今どこに、、そんなことを思いながら僕は窓の外の空をよく見ていた。


 12月4日僕は病院にいた。病院での治療が必要になった。命は刻々と確実に減っている。もう、学校には戻ることはできないと悟った。

 ガラッと扉が開く。足音が僕の前に来る。

「大丈夫か?まさ。心配で来ちゃった、てへ!」

突然の来訪客はゆうだった。手にはりんごを持っている。

「うん、ちょっと肺炎にかかって。前電話で言った通りに。」

僕は、笑って誤魔化した。

しかし、彼はいつものように笑わなかった。その代わりに悲しい目をした。

「まさ、葬式来なかったよな。」

「ごめん、ちょっと行く気にになれなくて。」

「じゃあ、まだお別れはしていないのか。」

「うん。」

少しずつ声が低くなる。こんな会話は初めてだ。

今までずっと疑問に思っていたことがある。彼女は、肺炎で亡くなった。だけど本当にそうなのか。

 というのも肺炎は激しい高熱や咳が出たりする症状であるらしい。彼女とは死ぬ4日前に会っていた。彼女に会った時はそんな様子はなかった。もしかしたら本当は、、、、

「ゆう、美穂は、、彼女は何を隠していたの?」

彼の目をじっと見る。彼も僕を見る。そして、彼は息を吐き答えた。

「彼女は白血病だった。彼女は白血病に伴う肺炎で亡くなった。」

驚きを隠せなかった。そのまま彼は僕の目をそらさない。

「彼女は、約1年前に急性脊髄白血病にかかった。懸命な治療もむなしく免疫力の低下にともなう肺炎にかかってしまった。」

1年。1年。じゃあ彼女はずっとそれを、、、

「待って、でも彼女は学校に来ていたし。」

「病院での治療は多くは無かったなぁ。」

「それじゃあ、僕と出会った時はもう、もう、病気になっていたのか!」

胸が熱くなる。僕は彼女の病気に気づけなかったのか。だとしても、

「ゆう、、、、なんで僕に言わなかったんだよ、どうして、、。」

「美穂が言うなって言ったんだ。、、お願いだから、まさとは普通に過ごさせてほしいってな。」

がっと彼の服をつかむ。彼は歯を食いしばった。

「それでも、それでも、僕は、ぼ、僕は、言って欲しかった。そしたら、僕は彼女を好きになんか、、、ならなかったのに。なんで、、言えよぉ。」

つかんでいた手がはじかれる。

「ちっ、おまえだって、おまえだって、、、、病気のこと黙っていたじゃねぇか。うるせー、おまえもそうじゃねぇーか。俺たちに1度もいったことねーだろ。おまえも、美穂も勝手すぎるんだよ。残された方の気持ちをしれぇえええ!」

頬に痛みを感じる。パチッという音だけが無常に響く。お互いに息を落ち着かせ冷静になる。ふと目が合う。彼はそのまま、扉のほうに向かう。

「僕は、手術は受けない。彼女に会いに行く。」

最後になるかもしれない言葉を彼にかける。彼は返事をしなかった。彼は僕の病気を知っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る