第9話 大人っぽい

 どんよりとした天気が多くなり、朝起きると感じる雨のにおいがなんだか少し癖になる。今日も僕たちの日常はいつも通りである。学校のことで何かあったかと言われれば、席替えがあったくらいである。最も、僕の席は変わっていない。僕のこの窓端最後列に気に入られているようだ。また、僕の隣の席も変わっていない。相変わらず、そこにはまぶしい笑顔の彼女がいる。

しかし、僕の右斜め前の彼は一番前の席になっていた。日頃の行いのせいだろう。

 

彼がいないと、僕たちの会話は妙に味を変える。昨日も、

 「あのさ、まさの事をさ、君って呼ぶことにしてもいい?」

 「どうしたの、急に?僕に愛想つかしたの?」

 「いやいやいや、そうじゃなくて少し、、、、は、あ、飽きたの。そう、飽きた  の。別にいいでしょう?」

飽きる、そんなにまさって呼ぶのがしんどいにだろうか。口内炎か?いや、君のほうが染みる気がする。

 「まぁ、いいよ。」

なんだか、距離を取られたみたいで少し寂しい気もするが、彼女のしたいようにさせてあげることにする。

 彼女は、僕に質問してくることが多くなった。

 人生とは、好きなものは、苦手なことは、いいままで楽しかったことは、なんだかおかしな気分だ。

 「一目ぼれってどうおもう?」

 「うーん、誰かの誰かに対する第一印象が理想的だったってことでしょ?確かにそういうことはあると思うけど、僕はあまり好きではないかな。」

 彼女は、突然聞いてきて、僕が答えるのを興味津々な様子で顔を覗いてくる。

「どうして?」

「いや、好意を持ってもらうのはうれしいけど、なんだか外見だけで判断されたみたいでちょっとその好意を疑ってしまうかな。」

思ったよりも低い声がでた。きっと僕は、本物がほしいんだと思う。自分の生きた証になるような、自分の人生の続きをその人に託せるような人が。

「ふふふふ、君はそういう人だよね。なんだか人生を悟っているみたい。」

「おっさん臭いってこと?ごめん、僕は、人を好きになった経験に乏しくて。」

「いいや、大人っぽいってこと。私もそういうふうに思ってた。」

 初めて会ったときの印象にあるまぶしい笑顔と隙間の黒い影。ただ光が強くて、まぶしすぎるからと思っていたけれどそうでもなかったらしい。彼女にも、影のようなものがきっとある、そう思えるくらい彼女の表情と、言葉はあまりに美しくて苦しそうだった。

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