第9話音がないよりか音があった方がいいだろ
寿久はデジタル目覚まし時計のアラームで、朝の目覚めを強いられた。
アラームを五分おきのスヌーズで止める。
「あがぁ、おはよ須真保」
むくりと上体を起こした寿久は、眠い目を擦りながら美少女スマホの名前を呼ぶ。
返事は返ってこず、しんと部屋には音がない。
「あれ、須真保? どうしたまたエラーでも発生したのか……」
寝起き一発目の軽口と共に掛け布団を捲って美少女スマホに話しかけた寿久の目に、捲った掛け布団の下で無造作に放置されているスマホが留まった。
寿久は目にしたくない光景に、息を詰まらせ自然と顎が力んだ。
「俺のスマホじゃねぇかよ、なんでこんなとこに……なんであいつの寝てたとこにあるんだよっ!」
声が怒りに震え、語調にも刺が生える。
心火を燃やし、行き場のない苛立ち任せにスマホをひっつかんだ寿久は、床に叩きつけようとスマホをつかんだ腕を振り上げる。
だが叩きつけようと振り上げた腕を、平静を取り戻した寿久はゆるゆると力なく下ろして、太く一息顔を俯け吐き出した。
「スマホが美少女になっているのは異常なことで、これが普通なんだよな」
ひどい哀愁の念を籠らせた沈痛な声で寿久は、昨日の絶え間なく美少女スマホの声が響いていたはずの無音の部屋で独り呟いた。
手に持ったスマホの画面を点け、物憂いな眼差しで見据える。
液晶一杯にアップデートの画面がでかでかと表示されていて、アップデート完了の寿久にとって無意義な文字が寿久の活力の欠落した暗い瞳に映る。
「いつの間にアップデートしたんだよ、このスマホ。自由意思でもあるのかよ」
無理に皮肉めいた突っ込みを入れる寿久の目が、アップデートの画面にあるパーセント表示をふと捉える。
「90パーセントで止まってる」
しかし画面にはすでにアップデート完了の文字が出ている。
寿久の眉根が不可解さで寄せられる。
「マジで故障したのか、これ?」
「クラキトシヒサさん、おっはようございまーす」
「おっわ、とっと」
スマホのスピーカーから一番最近に聞いた覚えのある女子の声が聞いたことない元気さで突如飛び出して、つい驚いた寿久は手からスマホを落としかける。
手の中で躍り舞うスマホをなんとかつかむと、意味がわからんといった表情で寿久は口元を引きつらせた。
「須真保か?」
「はい、そうですよ」
誰かわかりきっていて誰何した寿久に、女子の声の主は調子を普段通りにして答える。
「どうなってんだ、これは? なんで喋ってるんだ?」
「アップデートの時に端末内の一部にだけ、私の意志が何故か残ったんですよ。気がつ いたのもほんとにさっきで、私まだ起動したばっかりなんです」
「だからアップデートのパーセント表示が90パーセントで止まってるのか。そうかそうかって、納得できねぇよ」
「いつものトシヒサさんに戻ってます。朝から突っ込みが冴えてますね」
揚々とした声で須真保は、寿久を微妙に誉める。
嬉しいかどうかは当人の心立て次第の誉め言葉に、寿久は気が狂ったように腹を抱えてクスクス笑い出した。
「クックッ、ハッハッ」
「ど、どうしたんですか?」
きりなく込み上げてくる笑いに、ますますおかしみを感じて輪をかけてニヤニヤとした寿久は、そんな寿久の様子に呆気にとられた須真保でも聞き取れるぐらいの声で口にした。
「こんな偶然がクッ、こんな奇跡がクッ、こんなこんなクッ、すげー嬉しいことがあっていいのかよ」
「トシヒサさん……ふふっ、笑わさないでくださいふっふっ」
寿久の豪快に笑う姿を前にして、須真保も釣られて愉快に笑い声を出し始める。
無音の部屋に帰ってきた気味の良い騒がしさが寿久と須真保に温かな充実を与え、一人の男子高校生と一つの女子スマホの間に日常を確立させる。
五分ごとに鳴るアラームが再び鳴り出し、朝の騒がしさに加勢していた。
寿久くんのスマートフォンは面倒だが超絶可愛い 青キング(Aoking) @112428
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