第8話好きな女子と一緒に寝る前には必ず体を洗っておけ

「温かいです」


 寿久と一緒の布団に潜った美少女スマホは待ち焦がれたシチュエーションだ、とでも言うように声を弾ませた。

 かたや寿久は照れを隠したぎこちない仏頂面で、美少女スマホに背中を向けている。


「なんで背中を向けて寝るんですか?」

「ん? この方が温かいからだ」

「それじゃ背後が無防備ですよっ、えい」


 美少女スマホは横這いの寿久にすり寄って、その背中に服ごとつかまり密着する。


「なっ、あんまりベタベタするなよ」

「こうすれば、もっと温かくなりますね」

「お前は温かくても、冷たい端末につかまられた俺は温かくないんだよ」

「何を言われても離れませーん」

「たくっ」


 寿久も力ずくで引き離そうとはせず、軽く毒づくだけだった。

 そのまま無言で数分、お互いの存在を肌で感じる時間を過ごす。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

 不意に沈黙を破った美少女スマホが、優しい声で返事も待たず寿久に質問する。


「私のこと、これからも大切にしてくれますか?」

「何故、そんなことを聞く?」


 寿久に反問され美少女スマホは、一瞬答えあぐね口を閉じかける。

 しかし閉じかけた口は、再び開いて雄弁に喋り出す。


「こうして人の姿で好きな人の傍にいられるなんて願ったり叶ったりですね。もうすぐ出会って三年です、私と初めて会った時のこと覚えてますか?」

「唐突になんだよ。あーと、お前との出会いってことは俺が初めて携帯を持った時だから、中学二年の冬か」

「そうです。これから共に生活してくんだからな大切にするぞ、って言ってくれましたよね。あの時はすごく嬉しかったです」


 柔らかく美少女スマホは顔を綻ばす。カーテンと窓縁の隙間から射し込んでいた細い月明かりが突如陰って、部屋が真っ暗になる。

 寿久は暑苦しそうに布団の端に移動して、密着する美少女スマホから距離をとった。


「いい加減、離れてくれ」

「なんでですか……えっ」


 美少女スマホが驚いた声を絞り出す、距離をとった寿久に途端に体を反転させて真っ直ぐに見つめられたからだ。

 寿久はさも真剣な顔で、大きな瞳を驚きで見開いた美少女スマホの片頬にそっと手のひらを添える。

 

「こうして正面から顔を見ると、やっぱり可愛いな」

「えっ、あっ、えっ」

「学校から帰ってきて部屋の中で正座しているのを見た時は肝を潰しかけたけど、一目で可愛いなって思ったんだ。でもほんとに、あれは心臓に悪かったよ」


 寿久は苦笑を口元に浮かばせ触れている手を引き戻して、もう寝るぞと背中を向けた。

 美少女スマホもはい、と同様に背中を向ける。

 寿久と美少女スマホは背中合わせのまま、しばらく目を閉じていた。

 ほどなくすると寿久が濁りのない寝息を立て始めた。

 

「寝ましたねクラキトシヒサ、さん。はぁ、私スマホとして故障しました。自分の意思で起きていられるんだもん、スリープ状態になりません」


 小さな声で切なそうに独りごちた美少女スマホの背中に、無意識に寝返った寿久の手が薄く当たった。


「ごめんなさい」


 美少女スマホは今にも溢れ出そうな涙を堪えながら呟き寝顔の寿久と向き合うと、寿久の先程背中に当たった手の人差し指を自分の画面に走らせて操作した。

 それからアップデート画面が現れ、寿久の人差し指をアップデートのコマンドに押し当てる。

 アップデートがスタートし、パーセント表示の数字がたちまち増えていった。


「これからも私を大切にしてくださいね、トシヒサさん」


 美少女スマホは両の目端から一滴の涙を溢した。陰っていた月明かりが部屋にまた射し込み出すと、美少女スマホの頬をゆっくり伝っている雫を煌々と照らした。


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る