カネモト 卅と一夜の短篇16回

白川津 中々

第1話

 大阪に突如として巨大な蛍が出現した。

 どこからやって来たか分からぬが、ともかくデカイ。全長は5mを超えており非常にグロテスクである。

 大阪人はみな口を揃えて「あかん」とか「えらいことや」とか騒めいていたが、最終的に全員が「おもろいやんけ」と好意的に物事を捉えたので放置された。彼らの楽天的かつ薄情な精神が、恐怖や不安を排斥したのだ。

 大阪人が危機に迫った際に容易く遠慮なく容赦無く相手を排除するのは、その楽天的な心理が逆転して働くからに他ならない。事に挑めば、「やんのかワレ。ブチ殺したる」である。これこそ、彼らの軽薄たる性根の象徴ともいえる。もしこの蛍がゴジラのように暴れるのであれば、大阪人は総力を結して迎撃態勢を取ったに違いなかった。


 しかし幸運な事に蛍は大人しく、被害などは安い屋台が日に何件か潰れるくらいにとどまった。とどまったのだが、その潰れた屋台の店主が役所に「どないしてくれんねん!」と恫喝するので府は損害を負担するのだった。これがまた厄介なもので、窓口の人間が渋い顔をして出したくもない金額を提示すると、口汚く「そんなもんじゃ足らへんがな」とゴネるのである。ヤクザ紛いのイチャモンに負け府は仕方なく必要以上の金を吐き出すはめとなり、蛍の被害にあった経営者達は焼け太り。そうして「あいつらカモやで」と吹聴するものだから二匹目のドジョウを狙う輩が後を絶たず、府の財政を圧迫するのであった。これはまずいと府は駆除を検討するも、元芸人の府議会議員から「えぇ観光資源になるやんけ!」との声が大阪本庁に響き渡り府会も意見が一致。そのまま野放しにするよう決定した。その日に巨大蛍は公式に「カネモト」と名付けられた。




「お! カネモト仕事しとるな!」


 数日が経った。仕事帰りに一杯ひっかけている大阪人達はカネモトの光を見るとそんな風に歓喜し串カツにソースをつけた。串カツでなければお好み焼きに、お好み焼きでなければたこ焼きにソースをつけた。酔った大阪人達は決まってカネモトにソースを与えようとするのだがカネモトはそれを拒み、餌の必要を感じるとブーンと道頓堀まで飛んで流れている汚水をガブガブと飲んだ。大阪人達はそれを見て「よっしゃワイも負けてられへん!」と無理に酒を飲み二日酔いで会社を休む者が急増したがどの企業も特に業務に差し支えはなかった。


 大阪はカネモトのおかげでずいぶんと盛り上がっていた。一目巨大な怪虫を見ようと東西から人が押し寄せ、観光客の数が飛躍的に増大し大阪の杜撰な府経営の希望の光となっていた。しかし悲しいかな蛍の命は儚い。それはいくら巨大なカネモトといえども例外ではなかった。


 ある夏の終わりの夜。カネモトはその巨体を道頓堀に浮かべ哀れな最後を遂げた。大阪人達はこれを悼み、それぞれの言葉で悲しみを表現したのであったが、二言目には「しゃあない」という一言で締められ三日目にはカネモトの事など完全に忘れてしまったのであった。大阪人の情というのは蛍の光の如く弱く、心許ないのである。人類はそれを忘れてはならない。

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