深夜二時の公園
五条ダン
深夜二時の公園
ボクがまだ、ブラック企業に非正規雇用で勤めていた頃の話だった。終電を降りて、バスもないので駅から三十分ほど山道をのぼり、くたくたになりながらも自宅を目指す。
誤解を与えてしまってはいけないので先に述べておくと、家が山奥にあるだとかそういうのではない。ボクは兵庫県神戸市の人間なので、山方面に家がある場合はとかく上り坂を歩かないといけない。これは神戸市民の宿命のようなものだった。
さておき、あともう少しで家に着くぞ。はやく帰ってビールでも一杯飲もうやって思っていた頃合い、そう、ボクは小さな公園を通り抜けようとした。
その公園を経由すると、少しだけ道をショートカットできるのだ。
雑草がぼうぼうに生えた寂れた公園であったが、自動販売機が設置されているので近隣住民からはそこそこ重宝されていた。(残念なことに、その自販機にビールはない)
暗くてよく見えないが、おそらくカラスノエンドウやらクズやらシロツメクサやらの雑草を踏みしめながら、そそくさと公園を抜けようとする。
ところが驚いたことに、目の前をふと見ると、人が立っているのである。それも、小さな女の子。小学一年生くらいの人影が、こちらを向いて立っている。
おいおい、今は深夜二時過ぎだぞ!?
暗がりにもかかわらずそれが少女だと分かったのは、肩まで伸びた髪、そしてスカートのシルエットが見えたからである。
少女はずんずんとこちらに歩いてきて、やがてボクの一歩手前でぴたりと立ち止まった。
少女は見上げる。目が合うと、ボクは金縛りにあったかのように動けなくなった。
そのとき直感的に、目の前にいるのが死神だと理解した。幼き姿をした死神は、きっと自分を迎えに来たのだ。
思えばここのところ働き過ぎた。頭痛がガンガンするし、心なしか不整脈がひどくなっている気がする。ストレスで体重も四十四キロまで落ちた。(BMI値は十五で、低体重の危険水準らしい)
今この場で死んだとしても、きっと世間では過労死として扱われるだろう。くっ、こんなことなら会社なんてとっとと辞めて、もっと好きなことをして生きておけば良かった。
金縛りにあったまま後悔を並べ立てていると、やがて少女の小さな口が開いた。
「おにい、ちゃん?」
静かな公園に、凜と響き渡る声だった。
ボクは観念する。こんな可愛らしい死神に導かれるのなら、天国へ行こうと地獄へ行こうと本望ではないか。
人間、死ぬときは死ぬ。明日があると思い込んでいるがそんなのは幻想で、最後は唐突に訪れる。
腰をかがめ、死神の少女と目線を合わせる。ボクは、にっこりと微笑みかける。
「そうだよ。ボクがおにいちゃんだ」
少女は目を見開き、まるでムチを打たれたかのように後ろへ飛び退く。くるりと背中を向けて、あっと言う間もなく公園から走り去ってしまった。
ボクはぽかーんとしてその場に立ち尽くしていた。どうやら、死神にも愛想を尽かされてしまったようだ。
その日の怪奇現象、不思議な少女の謎が明かされたのは、それから三年が経った日のことだった。
三年の間にボクは会社を辞め、フリーランスとして細々と生計を立てていた。公園の少女のことはすっかり忘れていたが、あの日の出来事があって、少しは生きることに欲が出てきた気がする。
ところで、ボクは運悪くクジ引きで自治会の会長に選ばれてしまったのだけれど、過去の引き継ぎ資料を漁っていて、そこで思いがけない書類を見つけてしまった。
引き継ぎ資料には、当時の自治会防犯委員さんの判子と、三年前の日付が書かれてあった。紙の下のほうにボールペンで「回覧見送り」と記されている。
それは、おおよそこんな内容だった。
◇ ◆
某月某日 不審者情報 声かけ事案
小学生が夜間に××公園自販機で飲み物を買おうとしたところ、スーツの男性から「ボクがおにいちゃんだよ」と声をかけられる。
そのまま逃げたため被害はなし。
公園の街灯交換について、市の公園課に依頼する。
(自治会 担当:防犯委員)
◇ ◆
資料を読みふけっていると、副会長のおばあさんが覗き込んできた。
「ほえー。このあたりも物騒なことがあるもんやねぇ」
「ははは、そうですね」
ボクは乾いた笑いを返す。
本当に申し訳ない。三年前に少女が遭遇した怪異、犯人はボクだったのだ。
(了)
深夜二時の公園 五条ダン @tokimaki
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