傘と白髪の老婆

社会人2年目の初夏のことだ。

午前0時を回る頃か、小腹が空いてコンビニに出ることにした。

外は、しとしとと小雨が降っていた。

雨の中外出するのは億劫だったが、空腹が勝った。傘をさして、外に出た。


私の住むアパートは、大通りから少し中に入った場所にある。そこから、大通りに面したコンビニまで、車が二台すれ違うことが出来るかどうかの一本道だ。電灯は等間隔で少ない。安心できるほどの明るさはない。

その路地を傘をさして歩く。


すると、遠くに華奢な誰かが立っている。

嫌な予感がした。しかし、アパートを出てしばらく歩いた。引き返すのも違う。あの嫌な人を通り過ぎて角を曲がれば、大通りはすぐだ。


人影から目を逸らすことなく、ゆっくりと歩いた。徐々にそれが何か認識できた。


それは、腰が曲がった老婆だった。何やら、塀に向かって、両手を合わせて拝んでいる。

両手で拝んでいることから、雨にも関わらず傘をさしていないことが分かった。

老婆の後ろにある電灯が、老婆を薄っすら照らしている。


更に近づくと。老婆が何に拝んでいるかが見えた。京都の街中には、至る所に小さな祠(ほこら)がある。

曲がり角、土地と土地の境界、土地の一角に

堂々と存在するものもある。

老婆が拝んでいたのは土地の狭間にある、

石が積まれた石段にのっている小さい祠だ。雨の中。傘もささずに。

そして目を凝らすと、老婆が拝んでいる右腕から、何かが垂れ下がっているのが見えた。着物の振袖のように見えた。


私は、足取り重くも、少しづつその老婆に向かって歩いた。数メートルの距離まで来て、ハッキリと分かった。


白髪の老婆だ。


そして、右腕から垂れ下がったものは振袖ではなかった。傘が7本腕にかかっていたのだ。雨にも関わらず、全身が濡れているにも関わらず、7本ある傘を1本もさすことなく、腕に吊るしていた。異様だ。


私は、その異様な佇まいに寒気がした。

ゆっくりと、後ろを通り、老婆を過ぎようと覚悟を決めた。

そして歩き出し、老婆との距離が1~2メートルになった時だ。


ぬるり。


と腰を曲げたまま、顔だけを私の方にゆっくりと向けて来た。その顔は、今ままでと同じく、顔の左側は白髪で覆われており、

右目は、目一杯にかっピラいている。

濡れた白髪は、乱れているといより、雨に濡れて、じっとりと重たく垂れ下がり、髪先から雨が滴っている。


老婆の視線に射抜かれた後、

ふと我に返り、傘を捨てて走っていた。


今ままで感じたことのない、恐怖を覚えた。

老婆に対してというより、このまま見られ続けられていたら、私自身が暗い闇に吸い込まれて消えてしまうのではないかと感じたのだ。傘を投げ捨て必死に走った。


気付いたら、大通りに出ていた。

コンビニで気持ちを落ち着かせた。

買い物をして、出るときには雨は上がっていた。


祠の前に、白髪の老婆はいなかった。

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白髪の老婆 サンタ @siraf

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