手押し車の老婆
初めて、白髪のお婆さんに会ったのは、中学2年の時だった。
その後、中学から高校にかけては、それが影響したのか分からないが、
うなされる夢を良く見た。
短編のホラー映画ができるのではないかと真剣に考える程だった。
でも、自分の日常に、白髪の老婆が出てくることはなかった。
その後、自分は実家の重苦しい空気が嫌で、大学進学を口実に、
家を出ることができた。進学先は、京都の大学だ。
京都の生活も慣れ始めた2年目の春先のことだった。
友人から、夜中にカラオケに行こうと呼び出された。
バイクで迎えに来いと。
銀閣寺から続く哲学の道沿いを山手に少し入った場所に、
友達のアパートはある。
哲学の道は、琵琶湖の疎水沿いにあり、5月の下旬から6月の上旬にかけては、
蛍が出ることで有名だ。いつ来ても良いところだと思う。
それが夜中であっても。
友達のアパートは、築数年のお洒落なアパートだ。
アパートの前に愛車を停めて、
オートロック式の玄関の前に座って友人を待った。
友人のアパートの前の道は、細い小道で、
S字カーブの中間のような場所にあり、
左右両方に緩やかな曲がり角がある。
何もすることがなく、ボーっと携帯を見ていた。時間は、午前1時頃。
こんな生活は、大学生だからできることだとしみじみ思っていたいた時だ。
生暖かい風が、すーっと抜けた。
春を感じるというより、まとわりつくような生ぬるい風だった。
その風が吹いてきた方向を見た時だ。
右側のカーブから、手押し車をひいたお婆さんらしきシルエットが、
ゆっくりと、こちらに向かって歩いてきた。
びっこをひいている。
片側のネジが取れているのか手押し車もどこかぎこちない。
腰を直角に曲げて、真下を向きながら、ぎこちなく進むそれは、
独特の雰囲気を醸し出している。
一瞬で、昨日の出来事のように、中学2年の時に出会った、
お婆さんのことを思い出した。
ただ、顔が見えない以上、そうとは限らない。
ただの徘徊者かもしれない。
と、色々考えている内に、どんどんと近づいてくる。
暗闇から近づいてきた曖昧なシルエットは、徐々にその姿をはっきりとさせてきた。
やはり、白髪だった。
そして、手押し車だと思っていたそれは乳母車だった。
何も乗っていない乳母車。
深夜に乳母車とびっこをひきながら、歩く老婆の姿は、異様以外に形容し難い。
自分は、その得体の知れないそれから、目を逸らすことができなかった。
そして、私の前にさしかかった時だ。
ばっ!
直角に折れた腰の姿勢のまま、顔だけ私に向けて来たのだ。
その顔は、数年前に実家の田舎で会った老婆だった。
白髪で顔の左半分だけ隠れ、右目は、かっピラいていた。
決して穏やかな顔ではない。
どのくらいの時間が経ったのか分からないが、
しばらくすると何事もなかったかのように、
左の緩やかな曲がり角に消えていった。
その瞬間だ。
右側の曲がり角から、乳母車をひいた同じ老婆が姿を現した。
左の曲がり角に消えていった老婆が、反対方向の曲がり角から出て来たのだ。
あり得ない。
その瞬間、この世の人ではないと感じた。
これが2回目に会った時の話だ。
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