「おーい」
鈴木タロウ
「おーい」
男やもめの長いOさんは、とある地方の参道で土産物屋をやっている。
今から五年ほど前の話である。
土産物屋と言っても、Oさんの店では、近所の住民向けの食料品や日用品も色々と取り扱っていた。
二階建ての建屋を二つ並べた広い店である。
一方は、キーホルダーやらお守りやらがところ狭しと並べられた土産物のエリア、もう片方が、米や酒などが置かれた食料雑貨のエリア。
その二つが大きなガラス戸で仕切られている。
しかし、なんだかんだと結局、あらゆるものが雑然と置かれている始末で、どちらとも見分けがつかない有様だった。
建物は今どき珍しい木造である。
Oさんは二階部分にひとりで住んでいた。
奥さんを早くに亡くし、その後は長い間、年老いた両親と三人で店を切り盛りしながら暮らしてきたが、その両親も八年前に亡くなってしまった。
そのときに店を閉めてしまおうかとも思ったのだが、昔なじみの近所の常連さんが数名、定期的に利用してくれていたのもあり、細々とやってきたのである。
そのため、Oさんの店は、参道の土産屋というよりも、近所の食品店というほうが正しい。事実、店のあちこちに置かれている土産物にはたいてい、ぶ厚い埃が積もっている。
元々、店の前の参道から続く神社はこじんまりとした無名のところで、お参り客も少なかった。祭事も8月のお盆のときぐらいで、集まってくるのは近所に住む老人連中ばかり。
その近所の住民も年々、少なくなり、とうとう肝心の神社までもが、後継者不足で神主不在となってしまった。
今では、外から客がやって来ることは滅多にない。
それでもOさんは毎日、朝の八時に店を開け、夕方の六時に閉める生活を送っていた。
朝に店を開けると、まず必ず、近所のなじみ客のひとりが顔を出す。たいていは何を売るでもなく、ふたりで食料品店側の片隅に置かれたテーブルに座って、だいたいいつも昼前までテレビを見て過ごす。
その後は、他のなじみ客が四、五人ほどふらっと来るか来ないか、という具合で、そのうち日も落ちてきて店じまいを始めるのである。
夏が終わったある日の夕方、Oさんはいつものように店じまいを終えて二階の自宅に上がろうとしていた。
しかしふと気が向いて、店の品物の整理をすることにする。
ちゃんと決めているわけではないが、数ヶ月に一度、思いついたときに棚卸しのようなことをやっているのだ。
棚卸し、といっても、在庫表を持って逐一チェックして回るわけではない。
店の通路をゆっくりと気ままに歩きながら、商品の置き場所を変えてみたり、値札を付け替えたりする程度である。
このとき、決まってOさんは、あれこれとひとり言をつぶやきつつ棚卸しを行う。
両親も亡くなりひとりきりになってしまってからの癖なのだが、特に意味のある言葉をしゃべるわけでもない。
たいていは、ああとか、うーんとかいったうなり声のようなものだ。
その日の最後のひとり言は、たまたま、
「おーい」
だった。
すると、
「はーい」
と、答える声が聞こえる。
聞き間違えようのない、はっきりとした声である。
朗らかな、女の声だった。
食料品の店のほうからだったので、Oさんは磨りガラスの戸を開けようと手をかけた。
なじみ客か誰かが入ってきたかと思ったのだ。
が、Oさんはふと手を止めた。
おかしい。
すでに店じまいを終えているので、店のシャッターはすべて下ろして鍵をかけているのだ。
誰かが入って来られるはずがない。
いやでも、自分の勘違いかもしれない。
一瞬迷ったものの、Oさんはガラス戸をさっと開けて中をのぞいてみた。
やはり、誰もいない。
と思ったが、いつも生鮮食品を置く棚のすみに人影があった。
しゃがみこみ、棚に体の半分だけを隠してこちらを見ている。
スーツにめがねをかけた、普通の男である。
ただ、Oさんの知った顔ではない。
誰だと声をかけようとすると、その男は突然、女のような笑い声を上げながら走って二階に消えていった。
Oさんはとっさに、立てかけてあったつっかえ棒がわりの木刀を持って二階を見て回ったが、どこにも誰もいない。
もう一度一階と、ついでに店の外も探し回った。
ところが、その男はおろか近所のひとの姿さえない。
Oさんは怖くなって警察に通報した。
しかし結局、犯人は捕まらなかったそうだ。
「見たこともない男やったんですよ。でも、本当に普通の顔してたんです。なんも変わったとこのない、普通の顔」
Oさんは今でも、人気のない参道でひとり、土産物屋をやっている。
「おーい」 鈴木タロウ @tttt-aaaa
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