13 Late Bloomer

        *


 教室に行く途中で織野さんに会った。織野さんは以前目黒で会った時と同じ、淡い水色のカーディガンを着ており、生徒と談笑している。


「織野先生、プリント」


 僕が呼ぶと、担任である織野さんは「はいはい」と近寄ってきた。ココペリには馬鹿にされるが、やはり、彼女が視界にいるだけで世界が華やかになる。廊下にある無骨なコンクリートの柱には黄色い花が蔦をからめて咲き誇り、リノリウムタイルの足元には色とりどりの綺麗な花畑が広がっていく。


「最近、ちゃんと来るのね。感心」

「僕にも、目的ができたんで」


 鞄から進路希望調査用紙を取り出す時に、肩が痛み、思わず顔をしかめた。初めて家族でやったキャッチボールによる筋肉痛は、なかなか取れそうにない。

 僕からプリントを受け取った織野さんは、まじまじと確認し、首を傾げた。


「これは、どういうこと?」


 織野さんが目をぱちくりとさせながら、プリントと僕を交互に見る。志望する大学や学部や職業などは何も記入していない。それは、まだ決まっていないから書くことができない。これからちょっとだけ慌てながら探すつもりだ。ただ、第一希望と書かれた欄にだけ僕は記入した。


『家族を作る』


 誰もいない何もない世界で一人ぼっちになっている姿を想像し、僕は勝手に恐怖に打ちひしがれた。ただ、その時に強く思ったのだ。手を振り回した先に、手を握ってくれる人が欲しいと。そばにいてくれる人たちが欲しいと。心から、どこまでも一緒にいられる人が欲しいと。それが、僕の人生で唯一の希望だと感じた。その為だったら、僕はどんな努力でもするし、守る為に犠牲になることも辞さない。


 僕は、きょとんとしている織野さんに、これから何年かけて、どんな言葉をかけるのだろうか。どんな言葉をかけられるだろうか。それはきっと、へたくそな言葉なのだろう。でも願わくば、暗闇の中でも感じられるような強い光と、美しい花をずっと感じていたい。この迷いのない予感を信じる。


 これから、咲くかわからない未来に向かって種をまく。

 どこからか、へたくそな笛の音が聞こえた。

                                                                         (了)

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Late Bloomer 如月新一 @02shinichi

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