第7章 スタンレイ一家

 リオンとクロエは、不安に駆られて落ち着きが無かった。昨晩帰る予定だったレイとミオが、朝まで姿を見せなかった為だ。


 この街には、地方新聞である『ドノヴァ通信』と言う物がある。紙面の量は多くないが、昨日起きた事件や、今日予定されている行事などの記事を掲載し、情報の入手手段の少ない、一般市民や旅人の数少ない情報源だった。


 そして、今日もいつも通り配られた『ドノヴァ通信』の記事は、彼らの心配と不安を更に深刻な物にした。


 彼らを不安にさせる記事の内容とは、以下の内容だった。


『ロンサール峠で強盗事件! 三人拉致か!』


『帝都発ドノヴァ行き、直行便乗合馬車が、ロンサール峠で山賊と思われる一味に襲われた。幸い死者や負傷者はいない様だが、同馬車の乗客だった四十代の男性一人と二十代と十代の女性二人が拉致された。現在衛士隊が、消えた山賊と共に捜索しているが、三人の安否が心配される』


 見ていた記事を二つに折り畳みながら、リオンはクロエに話し掛ける。


「これって、レイとミオの事じゃ無いのか? 後の一人は分からないけど、多分二人が連れて来た錬金術師だろ?」


「多分そうだと思う。でも・・・・・・どうするの?」


 クロエはリオンの意見に同意すると、これからの事を尋ねた。


 だが、尋ねられた所で、彼の答えは一つしか無かった。


「探しに行くっきゃ無いだろ!」


 一方クロエも、自分達が差し迫った状況に置かれている事を理解していた。


「うん、先払いしている宿代も、明日で切れると言ってたものね。このままだと、明日には出て行かないといけないよ」


 外に出ると言う事は、追っ手に見つかる可能性がある。


 出来る事ならここに籠もったままで、レイ達の帰りを待ちたいところだが、クロエが言った様に明日の昼で先払いが切れる。


 現状で借主がいない以上、リオンとクロエは嫌でも宿から追われてしまうのだ。


 それに新たに宿泊しようにも、金銭の持ち合わせの無い二人ではそれも望めない。


「衛士隊に話を聞きに行くのはどう?」


 クロエが提案すると、表情を曇らせたリオンがそれを渋る。


「いや、レイも言っていたけど、偉い奴らは信用出来ない。俺も『レギオン』の店に、妙に身なりの良い奴が、出入りするのを何度も見た。あいつらは『レギオン』とグルなんだ。衛士隊だって同じだ」


 元々、リオンはこの街の底辺で、泥水を啜る様な生活をしていた。


 彼らにとって権力者と言うものは、自分達から何もかも収奪して、その上に胡座をかくような連中の事であり、裏も表も無く皆同じだと思っている。


 その様な、彼の境遇を知るクロエには、何もかもが信頼出来なくなった彼に、掛ける言葉が思い浮かばずに表情を曇らせる。


 だが話を聞く限りでは、衛士隊には真面な者も居る筈だ。


 少なくとも彼女は、その内の一人に心当たりがある。


「サイラスさんはどう? あの人なら力になってくれるはずよ」


「サイラスか~、まあ、あのオッサンなら頼りになるか」


 失礼な言を言うリオンを、クロエは『まあ!』という感じで、自分の口元に手を当てながら彼を窘める。


「オッサン・・・・・・って、あの人に失礼よ!」


「失礼も何もオッサンじゃ無いか。レイはそんな事言われても、全然気にしていなかったぞ」


 レイを引き合いに出して、悪口を正当化するリオンだが、クロエはレイから感じ取った老獪さを思い出して、彼が歯牙にも掛けなかった理由を推測する。


「あの人は特別じゃない? なんて言うか・・・・・・年齢なんて気にする年は、とっくに過ぎたみたいな感じがするの」


「ジジイって事か? オッサンみたいななりなのに?」


「分からない・・・・・・、でも、時々そんな雰囲気があるの」


「そうか・・・・・・・・・、でもまあ、今はどっちでも良いや。――――それより早く支度して、衛士隊の詰め所に行ってみよう」


「うん!」


 そう答えたクロエは、支度をする為にミオの部屋に戻る。


 リオンもクロエを見送ると、クローゼットから、レイに買って貰った服を取り出して着替え、彼から貰ったブーニーハットを被って耳を隠すと、廊下に出てクロエの支度が終わるのを待った。




 *****




 衛士隊の受付に座っている男は、突然現れた少年が言う事に戸惑っていた。


「サイラスというのを出してくれれば良いんだ!」


 その少年、リオンが、頑なにそう言い張るのを、受付の衛士は半ば呆れた様子で、先程と同じ問答を繰り返す。


「だ・か・ら、サイラス衛士長に何の様だ? 取り敢えず要件を話せ!」


 そう言われて、リオンは黙る。


 今、リオン達は、レイ達の行方不明という不測の事態に陥って、サイラスを頼る為に衛士隊の詰め所にやって来た。


 だが、彼らが今置かれている立場を、このような所で話す分けには行かない。


 そもそもリオンにとって、レイ達の不在の間に、色々と面倒を見てくれたサイラス以外の衛士は、みんな敵だと思っている。


 リオンが持つ、その辺りの心理というのは、衛士隊側にも問題があった。


 衛士隊は基本的に、スラム出身の者は犯罪予備軍だと思い込んでいる。


 確かにそう言った者が多いのも確かだが、中には善良な者も居るのに、それらも十把一絡げで見ている彼らは、その人達の言い分まで、真面まともに聞こうとはしなかった。


 酷いのになると、ろくに調べもしないで冤罪を背負わせ、受ける必要の無い刑罰を科せられた者も居たくらいだ。


 結局、それらの積み重ねが、衛士隊への不信という形で、スラムの住民の間に定着してしまったのだ。


「レイドリック・ヴェクターさんの用件で、サイラスさんに会いに来ました。そう言ってもダメですか?」


 押し黙るリオンを見かねたクロエは、切り札とも言えるレイの名前を出す。すると受付の男は、その名前を聞いて即反応する。


「レ、レイドリック・ヴェクター! し、しばらくお待ちください!」


 慌てた様子で、受付の衛士は席を離れて、サイラスを呼び出しに行く。


 今までと態度が一変した衛士の様子に、良い意味で、レイ達の顔が売れている事を祈りながら、その衛士が戻るのを待つことにした。


 そしてしばらく待つと、受付の衛士が戻って二人に話し掛ける。


「サイラス衛士長は、現在留守にしております! 代理の者が用件を聞くそうなので、ご案内致します」


 そう言って受付の衛士は、カウンターの裏に二人を誘導し、二階にある捜査課の事務室へ案内する。そして二人が通された事務室には、女性衛士が一人、机に向かって仕事をしているだけだった。


 案内の衛士は、その女性衛士の前に立ち、二人を連れて来た事を申告する。


「ハミルトン衛士長補! ヴェクター様の用件で、サイラス衛士長を訪ねられたお二人を、お連れしました!」


 その女性は、ミオの取り調べを担当した事のある、ダイアン・ハミルトンだった。


 彼女は、リオンとクロエの二人を一瞥すると、案内した衛士に向かってねぎらいの言葉を掛けて、下がるように命じる。


「ご苦労だった! 後は良いから下がれ」


「はっ!」


 彼女の言葉を聞いた衛士は、敬礼しながら返事をしてこの場を後にした。


 ダイアンは、案内の衛士の足音が遠ざかるのを確認すると、二人へ話し掛ける。


「どうした、二人とも! 宿屋に隠れてないと駄目じゃ無いか」


 宿屋での一件以降、サイラスの班員は、交代で彼女達の様子を見に来てた。


 二人とも他の班員とは打ち解けて、砕けた会話も出来る様になったのだが、ダイアンだけは持ち前の堅物が災いして、二人に苦手意識を持たれていた。


 少しの間、逡巡する様子を見せたクロエは、それでも思い切って、レイの捜索状況を尋ねる事にした。


「ダイアンさん! レイさんは、まだ見つからないのですか?」


「うむ! ヴェクター殿はまだ発見されていないが、恐らく街道付近のどこかに居るのは間違いない、発見するのは時間の問題だと思うのだが、もう少しだけ待ってくれ」


 そこへ、入り口のドアが激しく叩かれる。


「ハミルトン衛士長補! 昨日逮捕した容疑者が、また牢屋で暴れています!」


 驚いた顔でダイアンが立ち上がると、ドアの向こうの声に問い返す。


「何だと! どう言う事だ! もう暴れる心配は無いという話では無いか!」


 この所毎日の様に、ベルセルクによって暴れた者が運び込まれている。


「分かりません! 兎に角来て下さい!」


「悪いが二人とも待っていてくれ。――――分かった! 直ぐ行く!」


 ドアの向こうから、悲痛な叫び声で訴えるので、ダイアンは二人に待つように言い含めて、ドアの外に居る声の主に答え、自分の装備を掴んで外に飛び出た。


 外に出てみると、既に伝令に来た者の姿は見えなかった。おかしいと思いつつダイアンは首を捻るも、知らせに来た伝令は、既に持ち場へと急ぎ戻ったのだろうと考えて、彼女も地下の牢屋へと急いだ。


 しかし彼女が牢屋に辿り着くと、暇を持て余していた牢番が、上官の突如の来訪に驚いたように立ち上がり、ダイアンに申告する。


「ハ、ハミルトン衛士長補! 現在の所、異常ありません!」


「嘘を言うな! 昨日の容疑者が暴れていると報告があったぞ! どう言う事だ!」


 ダイアンが叫ぶように詰問するが、当の番人は当惑したように答える。


「そう言われましても、ここは平和そのものですよ。昨日ぶち込んだ男も大人しいもんですよ」


 牢番がそう言って示す牢屋は、なるほど彼が言う様に平和そのものだった。


 しばらく困惑をしていた彼女だったが、冷静に状況を分析して気付く、自分がここに誘い出された事に。


「まさか・・・・・・・・・」


 この手の込んだ悪戯をされる心当たりを、一つ思い浮かべて、慌てて捜査課の事務室にとって返す。


 そして、待たせてあったはずの二人が、部屋から姿を消しているのを見て、慌てて階下に降りて、二人を案内した受付の衛士に尋ねる。


「さっきの二人、もう帰ったのか?」


「いえ、自分は先程からここに居ますが、二人とも見ていませんよ」


 その答えで、一気に背筋が冷たくなる。


「しまった! やられた!」


 そう言って悔しげな表情で、被っていたベレー帽を床に叩き付ける。


 念のためダイアンは、衛士隊の詰め所内をくまなく探し、消えて以降の二人を見掛けた者を探したが、誰も彼もが見ていないという。


 物の見事に出し抜かれたと、彼女は思った。


 事故を装って彼女を外へ連れ出し、その僅かの隙を突いて痕跡の残らぬ様、二人を攫った様だ。それはもう、鮮やかな手際で・・・・・・。


 しばらくの間、悔しさのあまり歯噛みをしていたダイアンだったが、このままにはして置けないと考え、急遽馬を駆ってサイラスにこの件を伝える事にした。




 *****




 一方、レイ達を捜索していたサイラス達は、例の橋を通り過ぎた河原で座り込んで、一休みしていたレイ達を発見する。


 サイラスは彼らに近付いて声を掛ける。


「一体何があったんだ? 随分心配したぞ」


 その声を聞いたレイは、座ったまま振り向いて、その声の主に答える。


「なに・・・・・・一寸ばかり、人生の調味料を味わって来たところだよ」


「そうか。じゃあ、その調味料とやらのレシピを教えてくれるか? あと、お前さんに寄り添っている新顔についても、説明願いたいのだが?」


 気取って言った台詞を軽く返されたレイは、両手を挙げて降参の仕草をして、寄り添っているアヤメを紹介した。


「ああ、彼女はアヤメ・・・・・・まあ、俺達の仲間で、今回の助っ人だ」


 そう言いながら、レイがアヤメの腕を解い立ち上がると、アヤメもそれに続いて立ち上がる。そして彼女は居並ぶ衛士達を見回した後で、サイラスの階級章を見ながら右手を出して挨拶をする。


「初めまして、えっと、衛士長さん。アヤメ・アーネストです。宜しく」


 彼女にしては珍しく丁寧な挨拶とサイラスを階級で呼んだ事で、サイラス側の紹介がまだだった事にレイもサイラスも気付く。その為、改めてサイラスを紹介しようと、レイが口を開こうとするが、その前にサイラスが割って入り、自身の不明を詫び、彼女の右手を取って握手をしながら挨拶を返した。


「大変失礼しました。アヤメさん。私はドノヴァで衛士をしております、サイラス・スタンレイと申します。そして、後ろに控えているのは、部下のエミール・ボアローとセリーヌ・ドランです。以後お見知り置きを」


 彼女と握手し挨拶を済ませたサイラスは、再びレイに向き直って話し掛ける。


「お前さんと彼女との仲を聞くのは・・・・・・野暮というものだな。それよりも聞きたい事が山程あるのだが・・・・・・・・・良いか?」


「分かった。順を追って話そう」


 サイラスの問い掛けにそう答えたレイは、帝都から帰りの道中に起った出来事を、順を追って語り始めた。


 ロンサール峠で強盗に遭った事、その強盗がレイ達の誘拐目的だった事、誘拐の目的がギベール商会への潜入の協力依頼で、その交渉が物の見事に決裂した事など、順を追って話す。ただ、その強盗の黒幕については、こんな所で立ち話しながら、説明出来る内容では無いので、街に戻って落ち着いてから説明すると約束をした。


 そしてミオが、道端に生えてていたキノコを勝手に食べて、暴れ出したくだりまで話し終えると、サイラスが、離れた所で体育座りをしながら項垂れているミオを一瞥して、合点のいった口調で呟く。


「成る程ね、随分大人しいと思ったら、そういう訳だったのか」


「ああ、そう言う事だな。おかしくなっている時は、会話が成立していなかったので、大丈夫かと思ったんだが、何というか・・・・・・記憶だけは残っていたらしくてね。で、今はその時の醜態を思い出して、深く落ち込んでいるのさ。まあ、兎に角そんな訳で、しばらくそっとしてやってくれ」


 泥酔して前後不覚になった翌日に、その時の事を教えられた時の恥ずかしさに覚えのあるサイラスは、深く落ち込んだミオに同情の念を浮かべた。


「まあ・・・・・・兎に角、一旦戻ろう。街じゃ大騒ぎ・・・・・・・・・」


 サイラスは気を取り直して、戻ろうと言いかけると、遠くから蹄の音が聞こえる。


 それも、早駆けでどんどんと近付き、やがて河原から。土手を走っている馬が見えて来た。馬の騎手は、衛士隊の制服に身を包んでいたので、捜索してきた自分達への伝令かも知れないと思ったサイラスは、その衛士に分かる様に両手で手を振って合図した。


 一方、手を振るサイラスに気付いたダイアンは、彼のいる河原まで馬を近づけると、馬から飛び降りて彼に駆け寄る。


「サイ・・・ラス・・・班長・・・大変です!」


「まあ落ち着け、ハミルトン衛士長補。一体何が大変なんだ?」


 息を切らせ慌てた様子で報告するダイアンを、サイラスは落ち着かせようとする。


 しかし彼女の次の一言で、自身の余裕も吹っ飛ばされる事になった。


「は、班長達が匿っていた二人が拉致されました!」


「何だと! 一体どうしてそうなったんだ! 説明しろ」


 ダイアンは、二人から事情を聞いていた時に、小細工を使って攫われた上に、あれだけ人が居たのに、目撃者が一人も出なかった事を説明した。


 その説明を話すダイアンは悔しさを滲ませ、それ聞いたサイラスは渋面を作っていたが、レイは二人とは対照的に、冷静な様子で何やら考え込んで呟く。


「ふむ、やはり衛士隊の中にも居たか・・・・・・・・・。問題は何人居て、内部の誰がそれを束ねているか・・・・・・いや、もしかすると、もっと浸食されているかも知れないな」


 その呟きを聞いた二人は、自分達の事の様に赤面するが、レイは別に彼らを非難するつもりは無かった。


 組織という者は大勢の人間、更に言い換ええれば、多くの人格で構成されている。


 いくら統制を保つ為に綱紀を引き締めた所で、必ずどこかで綻びが出来るものだ。


 それぞれの性格、事情などの違いがある以上は、全ての人間が彼らと同じ価値観という訳には行かない。極端な事を言えば彼らの中でも。細やかな食い違いはある筈だ。


 一度レイは、この場に揃っている衛士を見回した上で、納得した様に首を縦に振ると、再び口を開く。


「ふむ、取り敢えずこの中にスパイは、居ない様だな」


「なぜそこまで言い切れるんだ? 自分ですら、衛士隊内に内通者が居ると言う事が分かっただけで、自分の部下にも疑いの目を向けてしまったのに」


 隊長の思わぬ告白に、エミールが抗議する。


「隊長! それは無いですよ!」


 だが、ダイアンとセリーヌは、エミールとは意見を異にする。


「何を言っている! 私が班長と同じ立場でも同じ様にするぞ! 部下を信じるのも大切だが、それも愚直に過ぎれば、他の部下を殺す事になるからな」


「そうですよ~。私なんか、はんちょも疑ったもの。おあいこですよ~」


 尤も、ダイアンと違いセリーヌの言い分は、更に辛辣だった。


 しかしながら、それを誰も笑い飛ばせない。


 二人が拉致された手口と手際の良さは、複数の人間が組織的に行ったとしか思えない。そうなると、それを統括出来る班長以上の関与も濃厚となってくるからだ。


「まあ、サイラスについては心配ないさ、部下を謀って涼しい顔を決め込める程、器用な男には見えないからな」


「そいつは褒めてるのか? それとも貶しているのか?」


 疑いの眼差しでサイラスが問い詰めるが、レイは口角を上げて返答する。


「決まってるじゃ無いか、勿論・・・・・・・・・褒めてるんだよ」


「とてもじゃないが・・・・・・、褒められてる気がしないな」


 どこか釈然としない表情で呟くサイラスを、誤魔化す様にレイは話題を変えた。


「気にしない気にしない。そんな事より、二人の行方が心配だ。それに、俺達が二人を匿っていた事も、あの肉だるまにバレてると思った方が良いだろう」


「じゃあ、プランBで行くのか? それと二人の救出は?」


 いつの間にか復活していたミオが、レイに尋ねた。


「どうした? ミオ。後悔と省察の時間は、もう終わりか?」


「二人が攫われたというのに、いつまでも懊悩などしておられるか!」


 レイの皮肉に対してそう返すと、先程の質問の答えを急かす。


「それでどうするんだ? いや! それより二人は無事なんだろうな!」


 尤もそう言われた所で、レイが生殺与奪を握っている訳では無いので、正直答えようが無いのだが、それでも顎に手を当ててしばらく黙考する。


 二人を攫う理由で考えられるのは、口を塞いで連中の秘密が漏れるのを、防ぐ事が考えられるが、既に接触した人間の居る事が判明している以上は、二人の口だけを塞いでも意味は無い。見せしめとして殺すとも考えられるが、この時期にあえて死体を増やす事は、デメリットだけで、得られる物はなにも無い筈だ。


 そうなると次に考えられるのは、誰に何を話したかを二人から聞き出し、相手によっては二人を人質にして呼び出し、取引を持ちかけるつもりかも知れない。


 そして取引に応じた所で、クロエを人質兼講師役として再利用し、裏切りなど出来ないようにするだろう。


 更には、成績優秀なリオンの方も、連中にとっては利用価値がある。今養成している中でも別格だとクロエも言っていた。それに、二人の関係を鑑みても、クロエを縛る人質の役としても充分に役立つだろう。


 リオンの方も家族なり友人なりを人質にして、言う事を聞かせれば良い。もし、周りに人質たり得る者が居なくても、クロエが人質の要件を満たす。もしかするとお互いを人質にして縛る事を、考えるかも知れない。


 考えが纏まったレイは、ミオの問い掛けに答えるべく、再び口を開く。


「結論を言っちまうと、二人は無事だよ。あの二人は連中にとって、金の卵になり得る逸材だからな。問題は、どうやって二人の所在を掴み、救出するか、だ」


「心当たりはあるのか?」


「ああ、勿論だ」


 サイラスが期待を込めて尋ねると、レイは自信を持って答えを返して、川の対岸にある森に目をやる。


「まさか、そこの森に何かあるのか?」


「まあな・・・・・・。このあいだ、そこの対岸でトサカ男に絡まれた時から、違和感はあったんだ。奴らが巣くうには、なにも無さ過ぎるんだよ。ここはな」


「まあ確かに、連中が魅力を感じる場所は無さそうだな」


 納得したように、サイラスが頷いて呟くと、レイは更に話を進める。


「恐らく連中は、そこの森に隠れて、侵入者を阻む役目を担っているんだろうさ。この森の奥に隠されている秘密を守る為にな」


「何! 今もあの森の潜んでいると言う事か!」


 そう言われて、サイラスは森の中を慌てて凝視する。


「心配は要らない。今いる奴らは、敵意剥き出しの素人ばかりだ」


 敵意には人一倍敏感なミオが指摘すると、レイが付け加える。


「確かにな。だが、数が多すぎる。恐らく人通りの多い昼間は、ウッカリ者の旅人が間違えてあの森に入るのを防ぐ為に、多めに人を置いているのだろうよ」


「じゃあ、あの森に入り込んだ、ウッカリ者の旅人はどうなるんだ?」


 まあ衛士としては、サイラスのその心配も、当然と言えば当然だ。


 この辺りの事は、あまり衛士隊の中でも話題には上らない。サイラス自身、そうなっている理由を考えたくは無かったが、内通者の居る事が判明している今では、誰かがその通報や情報を握り潰しているのは確実だろう。


「大抵は、普通に追い払われるじゃないかな。余程怪しい行動を取らない限りは」


 追い剥ぎでもしようものなら、いくら衛士隊に内通者が居ても、問題が大きくなりすぎて隠蔽が難しくなるだろう。多分、レギオンの親玉かギベール辺りが厳しく禁じているのかも知れない。


 ふとレイはレギオンという言葉で気になる事を思い出した。


 残念な事に、レイはまだレギオンの親玉の正体を掴んでは居ない。


 人という物は『個性』と言う名の『色』を持っている。


 レイは様々な情報から、その個人が持つ『色』を見分ける事が出来るのだが、レギオンという組織の親玉の『色』はまるで見当が付かない。


 慎重な筈なのに軽率な事をしたり、スマートに物事を運ぶかと思えば野蛮だったりと、やっている事に一貫性が見られない、まるで薬物中毒の患者のようにだ。


「まあそうはいっても、兎角統一性の欠く連中が関わって居る事を考えると、そいつも保証の限りじゃ無いがな」


「お前さんらが、ここで絡まれたようにか?」


 レイが今思っている事を口にすると、数日前に起こしたイザコザを持ち出して、サイラスはレイを揶揄する。


「それを言うな。あの時はまだ寒い中、川に潜っていたのが不審に見えたんだろ」


「それじゃ、今の俺達も、冷たい水に浸かって泳ぐくらい、不審に見えるのか?」


 肩を竦めてサイラスが問い掛けると、レイは溜息を吐いて答える。


「そりゃ見えるだろうよ。完全武装の衛士が、雁首揃えて対岸の森を眺めてりゃな。多分、衛士に嗅ぎつけられたと思って、連中は戦々恐々としているんじゃないかな」


「それはかなり不味いんじゃ無いのか?」


「かなりな」


 落ち着いている場合では無かった。一刻も早くこの場を立ち去らないと、更に事態が悪化して、リオンやクロエの命の保証も出来なく無くなるからだ。


「兎に角一刻も早くこの場を離れよう」


 慌てて言うサイラスに、レイは落ち着いて指示する。


「慌てるな! ここは、伝令に来たダイアンを普通に返して、休憩していた俺達を、ドノヴァに連れ帰る風を装えば良い」


 一行はレイの指示に従い、ダイアンを先にドノヴァへ返し、レイ達を護衛する風を装いながらこの場を後にした。




 *****




 日が沈み、夜のとばりの降りた森に、レイ達は潜んでいた。


 丁度、問題の森に通じる橋がある地点の、対岸にあるその森の中には、レイとミオ、アヤメだけじゃ無く、サイラスとその班員も息を潜めている。今ここに集まっている面々は、森の奥に潜入調査する為に集まった者達だった。


 フル装備で佇むサイラスの班員を眺め回し、レイは呟く。


「随分と物々しくなったな、別にカチコミに行く訳じゃ無いんだから、軽装でも良かったんだが・・・・・・・・・そもそも、こんなに人は要らんし」


「なに、お前さんらが言う、プランBの要員だと思ってくれれば良いさ」


 しれっとした顔で、サイラスは皮肉を込めてその呟きに答えるので、レイは肩を竦めてサイラスに作戦の開始を告げる。


「ハイハイ分かりましたよ。それじゃあ始めようか」


 その宣言と同時にレイとミオ、アヤメの三人が森の茂みから出て、音を立てずに橋を渡り、対岸の森の茂みに身を隠す。


 しかし橋を渡る所を、見張りに見られてしまったみたいで、森の奥に続く小道にいた二人の人影が動き、ミオが隠れた茂みに近付く。


 だが、いつの間にか後ろに回り込んでいたレイとアヤメが、その二人の見張りに近付くのが見えると、一瞬青白く光って二人の見張りは倒れた。


 しばらくの間、レイ達は辺りを調べて見たが、他に誰も居なかったので、サイラス達に合図を送る。


 その合図を受け取ったサイラスは、部下達を引き連れて橋を渡り、レイ達の所に集まって彼に向かって頷くと、レイは頷き返して更に奥へと進んでいった。


 しばらく進むと、見張り小屋を発見する。


 しかし、後方が賑やかになったので、全員が小道から離れ、側にある茂みに隠れる。


 息を殺して身を潜めていると、明かりで道を照らしながら、馬車を引き連れた一団が近付いてきた。


 息を殺して、通り過ぎるその一団をやり過ごすと、見張り小屋の前で止まり、リーダーと思しき男が小屋の中に入る。


 小屋の中で何らかのやり取りがあり、しばらくすると男が一人飛び出してきて、川の方に向かって走り出す。


 恐らく見張りが居なくなっているのを、指摘されたのだろう。


 レイがサイラスにアイコンタクトを送ると、サイラスは頷き、傍に居るダイアンに耳打ちして対処を指示する。


 彼女は数名の部下の肩を軽く叩き、付いてくるようにジェスチャーすると、なるべく音を出さないようにこの場を離れ、それと同時に、馬車の一団も見張り小屋を離れて、更に森の奥へと消えていった。


 レイは、その一団が充分に離れたのを見計らって小屋に近付き、外の見張りの背後に回り込んで、声を上げられないように口を塞いだ上で絞め落とした。そして窓のある壁に張り付いて、ガラスの無い窓から中の様子を伺う。


 中にはガラの悪そうな男が六人、酒を飲んでくだを巻いていた。


 レイは中から聞こえてくる下らない猥談を聞き流し、入り口の前に回り込んで、全員に対して静かに近付くように手信号を送る。


 アヤメがドアの取っ手側の壁に張り付き、ミオがレイの横に立って突入に備えると、その後ろにサイラスが控え、手信号でセリーヌとエミールに、小屋の反対側へ回るように指示する。裏の窓から逃さない為だ。


 少しだけ間を置いて、アヤメにアイコンタクトを送ると、彼女は頷き、懐からピンポン球大の黒い玉を捕りだして、その球に殆ど聞こえないような声で呟く。


 すると、黒い玉に魔方陣が浮かび上がったので、ドアを少しだけ開き、その玉をドアの内側に放り込んでドアを閉じた。


「何だぁ? この黒い玉は?」


 中から、如何にもなガラの悪そうな声が聞こえる。


 その刹那、ドアの向こうで、鼓膜を突く大音響が鳴り響き、同時に窓からは眩い光が漏れた。


 レイはその耳障りな音を合図にドアを開き、開いた瞬間にミオが中に飛び込み、サイラス、アヤメがその後に続き、最後にレイが突入した。


 中に居た男達は、唯々右往左往しているだけなので、後の制圧は簡単だ。


 レイとミオが当て身で沈め、アヤメが高圧の電撃で意識を刈り取り、サイラスはその太い腕で絞め落とし、一分も立たずに小屋の中を制圧した。


 サイラスは、一息吐いて部屋の中を見回すと、誰と無しに問い掛ける。


「あの黒い玉は何だったんだ?」


 すると、その球を中に放り込んだ張本人が、魔方陣の消えている黒い球を回収しながら、その問い掛けに答える。


「『閃光爆音球』。耳障りな爆音と強烈な閃光で、人の感覚を一時的に狂わせて、動きを封じる『非致死性兵器』。・・・・・・まだ試作品だけど」


 聞き慣れない言葉を聞いた、サイラスがオウム返しで問い掛ける。


「『非致死性兵器』? それは一体何だ?」


「今、魔科学研究所で開発中の、相手を殺さずに制圧出来る兵器の事。他にも、目が痛くなる煙とか、銃器用の麻酔弾なども研究中」


 もの凄く覚えはあるが、この場に居るような人物から出てくる筈の無い単語が出てきて、サイラスは慌てて彼女の話を遮って問い質す。


「一寸待て! 今、『魔科学研究所』って言わなかったか?」


 その質問の内容にアヤメは頷く。


「最初に会った時から気にはなっていたのだが、もしかしてアヤメさんは、あの魔科学研究所の所長『アヤメ・アーネスト』さんじゃないのか?」


 そう言われた彼女が再び頷くと、サイラスは気が抜けたような顔で、『なんでそんな大物がここに居るんだ?』と目でレイに訴えるが、レイは目を反らせた。


 盛大に溜息を吐いたサイラスは、外に配置したセリーヌとエミールを呼び寄せようと、窓から外を見る。


 だが、二人の影が見えないので、窓から顔を出して周囲を見回すと、窓の直ぐ下で部下二人が、両手で目を押さえながらのたうっていた。


 どうやら、『閃光爆音球』が放り込まれた時に、中を覗き込んでいた様だ。


 サイラスは再び大きな溜息を吐くと、二人を助け起こす為に小屋の外へ出た。




 *****




 ダイアン達は、見張りの様子を確認しに行った男を眠らせ、見張りを隠した茂みにその男を放り込むと、先程の小屋の前まで戻る。


 その小屋の前には、先程と同じように見張りが立っていたが、よく見るとそれはエミールだった。


 ダイアンは彼に近付いて声を掛ける。


「フフ、よく似合っているわよ」


「勘弁して下さいよ~。副班長~」


 彼女にからかわれて、着せられた見張りの服を摘まみながら、情けない表情でエミールがぼやく。


「それにしても連中、こんなの着て決っているとでも思っているんですかね? こんなデザインの服を着る位なら、裸の方がマシですよ」


 彼が着ている服は、ギャングや愚連隊が着るような服で、彼のように育ちの良い者から見れば、センスの欠片も無い服だった。


 その服は全体的に皮で作られているので、見た目程安くは無いのだが、袖が無く全体的に鋲が打たれていて、肩の部分にはトゲが付く、世紀末的なスタイルだった。


「そんなに不服なら、裸になれば?」


「出来ませんよ。暖かくなったとは言え、夜はかなり冷えるんですよ」


 からかい半分で、エミールに言うダイアンだったが、衛士隊の詰め所の裏庭で、パンツ一枚で鍛錬しているエミールを、よく見かけていたので、暖かければ本当に裸になりそうだと思った。


「冗談だから、本気にしないでね」


 そう彼に念押しして、小屋の中に入る。


 中では、サイラスが見ず知らずの男に毛布を掛けていたが、ダイアンの入室に気付くと、彼女に振り向いて労う。


「お疲れさん! どうだった?」


「それほど手間取りませんでした。一応眠らせて、あの見張りと一緒に、目立たない場所へ隠して置きました」


「上出来上出来! 取り敢えず一休みしてくれ」


 そう勧められた彼女だが、サイラスが何をしていたのか気になって尋ねる。

「それより班長、一体何をしているのですか?」


「ん? ああ。いやな、この男の服を、ボアロー一等衛士に着せる為に、脱がしたのは良かったんだが、こいつ、下着を着けていなかったんだよ。そのまま放置するのも景観に問題あるから、毛布を掛けて誤魔化してみたんだよ」


 それを聞いて、デザインこそ扱き下ろしていたものの、その男が着ていた服を平然と身に着ける、エミールの神経の太さを、ダイアンは思い知らされる。


 上との折り合いの悪いサイラスは、同じように各隊で持て余している隊員を押し付けられていた。そのせいで彼の班は個性豊かな人材が揃っている。


 融通の利かない堅物のダイアン、何を考えているのかよく分からないセリーヌ、そしてセリーヌ以上に空気の読めないエミールの他に、命令違反の常習犯ケヴィンと、行き過ぎの捜査で問題ばかり起こすロジェ等、個性の強い者ばかりだった。


「今更ながら思うけど、うちの班は凄いメンバーが揃っていますよね」


「ほんとに今更だな。それと・・・・・・自分だけ例外とか思うなよ。ハミルトン衛士長補も、立派なスタンレイ一家の一員だからな」


「どう言う意味ですか!」


 ダイアンの詰問に、サイラスは頭を掻いて誤魔化すように声を上げる。


「いや~、うちは逸材揃いだよな~。ハハハ・・・・・・」


「誤魔化さないで下さいよ、全く!」


 笑って誤魔化しているサイラスに、ダイアンは抗議した後で、この場に居ない人物の所在を尋ねる。


「ところで、先程から気になっていたのですが、ヴェクターさん達の姿が見えませんが、どこに行かれました?」


 するとサイラスは、角のコンビニに買い物でも行っているような気軽さで答える。


「ああ、連中ならこの先にある屋敷に、チョット忍び込んで来るって言ってたぞ」


 その気軽な返答に、ダイアンは血相を変えて、サイラスに詰め寄る。


「班長! それは流石に問題があるのでは無いですか? それって、立派な不法侵入ですよ!」


「気にしない気にしない。その為に、自分達をここに置いていった訳だし、自分達だってこの小屋を不法に占拠しているからな。それこそ今更だよ」


 しかし、そのサイラスの一言で、ダイアンは力が抜けた様に、その場にあった椅子に座り込んで、この世の終わりのように呟く。


「終わりだ・・・・・・。私のキャリアは終わった・・・・・・・・・」


 それを聞いたサイラスはため息を吐く、そして彼女に哀れみの目を向けて諭す。


「うちの班に送り込まれた時点で、詰んでたって事だよ。悪いが諦めてくれ」


 その止めの一言で、ダイアンはガックリ項垂れた。

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