第4章 泥棒と錬金術師の卵
本日三回目の取り調べから解放されたレイは、『南街衛士隊詰所』の前で軽く伸びをして息を吸い込むと、大きく息を吐き、頭を掻いて呟く。
「ふう、今日は本当に疲れた………」
今回の取り調べは、少し相手を挑発していた所を、野次馬に見られていたのが災いして、あれこれと聞かれて大変だった。しかし、逆に挑発が無くても、状況が好転しそうに無かったとの証言もあって、それ以上の厳しい追及は無かった。
持っている銃の事についても色々聞かれたが、冒険者ギルドに武器登録して、正式な所持手続きが取られていた事と、止むを得ない状況で使用されている事などの理由で、市街地での発砲の件は不問とされた。
ただ余りにも特異な銃だったので、出所を追及されたのだが、故あってミカゲの関係者から預かっていると説明すると、それ以上の追及はされなくなった。
ここでミカゲの名前を出すのは得策とは言え無いが、レイの場合は基本的に同じ街に一年以上滞在しない上に、他人の記憶に残りにくい体質(?)を持っているので、ミカゲと関係がある事を知られても、これから先の活動にはあまり支障が無かった。
ふと横を見ると、ミオもレイの真似をして伸びをしていた。
今回の彼女は、負傷していた事もあって、早々に取り調べから解放されていた。
勿論、ここの女性衛士が、早くも彼女の扱い方を覚えて、手早く済ませられたと言う事情もあったが。
「レイ、これからどうする? さっきの店で食べた分では足りないぞ。帰りに『陸亀亭』辺りに寄りたいのだが」
「いや、その前に宿に戻らないといけない」
レイはそう言いながら、腰の銃を抜いて彼女に見せる。
「まさか! 泥棒か?」
それを見せられただけでミオは、大体の事情を飲み込んだ。彼女は、今日、レイが銃を所持していない事も、持って無い物が手元に戻って来る理由も知っていた。
彼の銃は、ミカゲの長老達の説明によると、彼自身の一部であり不可分な存在と言う事だ。勿論、身から外す事も出来るが、半径四キロ以上離れたり、誰かがそれを勝手に弄ると、彼の元へ戻ってきて、収まりの良い所へ勝手に収まのだ。
今回は、格闘中に勝手にベルトへ挟まった訳だが、その時に宿のレイの部屋へ誰かが侵入して、その銃を勝手に弄ったから、彼の元へ戻って来たのだろう。
「だから早く戻って、所持品をチェックしないとな」
「そう言う事なら理解した。早速宿に戻ろう」
そうミオが答えると、彼等の定宿への
しばらく歩くと、重装備の衛士の一団とすれ違う。
よく見ると、二人の男がその衛士に囲まれて、連行されて行く所だった。
「今日の衛士は大繁盛だな。まあ尤も、衛士が忙しいのは喜ばしいとは言い難いが」
「レイがそれを言うか?」
『お前もな』と思いながら、レイは、今日散々困らせた衛士を思い浮かべる。
「まあな、サイラス辺りに聞かれたら、どんな皮肉を返されるやら」
二人は他愛もない遣り取りをしながら、その一団を見送ると、再び宿を目指した。
港湾地区の端まで行き、橋を渡らずに川沿いの通りに折れ曲がり、その通りをしばらく歩くと、比較的大きな宿屋兼酒場がある。
その宿屋こそが、彼等が定宿にしている『カルム亭』だ。
この宿は街の宿屋の中でも、高級に入る部類の宿だ。宿泊料の値は張るが、一人部屋が多いので、レイ達はここを定宿にしている。
ただ、ここの酒場は、宿に合わせて高級志向の料理が多く、貴族や金持ち向けとなっている為に、ミオには不評だった。それと言うのも、一般的な帝国貴族が好む高級料理よりも、大盛上等の大衆料理や、変わった物が多い外国の料理の方が好みだからだ。
二人は宿の部屋へ戻る為に、一階の酒場へ足を踏み入れる。
店の様子は酒場と言うよりは、高級レストランの様に落ち着いた雰囲気だった。
店内の椅子やテーブルなどは落ち着いた雰囲気の高級調度品が使われていて、それらを囲む者達も、貴族や羽振りの良さそうな商人達で占められていた。
レイ達は、そういった者を尻目に、客室の階へと続く階段を目指す。
何人かの客は、彼等を不快そうな目で見ていた。それと言うのも、レイ達の身なりは、レストランで食事をしている者達と違い、一般的な冒険者の格好をしている為に、明らかにこの場所では浮いていた。しかし、如何やらそれだけでは無い様だ。
二階を過ぎて三階と上がり、自分達の部屋を目指して廊下を進む。
すると、数人の従業員と大工たちが、レイの部屋の付近で何やら話し合っていた。
「どうしたんだ?」
「あっ! これはヴェクター様とヴァレリー様、お帰りなさいませ」
従業員の一人、支配人のカプールが、深々と頭を下げて挨拶をすると、壊れた壁を一瞥して事情を説明する。
「実は、ここで傭兵のお客様同士の喧嘩がございまして、この様に外壁と窓が損傷してしまったのです。明日から早速、修繕工事に取り掛かりますが、その間は騒音も出るかと思います。ですので、ご希望頂ければ、お部屋を替えさせて頂きますけど、
どうやら、途中で出会った傭兵達は、ここで喧嘩してしょっ引かれたらしい。それと同時に、不快な視線の理由も判明した。下の階で高級料理を貪っている連中にとっては、傭兵も冒険者も大差ないゴロツキ程度にでも思っているのだろう。
「いや、結構だ。昼間は殆ど部屋には居ないし、帰りも遅くなるから、それ程支障は無いだろう」
そう言いながらレイは部屋のドアに目を移すと、剣で付けられた傷は何か所か見受けるが、開閉には支障が無さそうなので、そのままドアを押し開ける。
そして中に入り、後ろ手にドアを閉めると、内側から鍵を掛けた。
そして腰から銃を抜き、スライドを少し動かして薬室の弾薬を確認して、先程から隠そうともしない殺気を放つクローゼットを開けると、銃を突き付けて、中に隠れている者に、小声で警告する。
「動くな」
クローゼットの中に隠れていた人影が動き、静かに手を挙げながらゆっくりと出て来る。
ところが、その人影にはもう一つの影があった。その影は、前の陰にピッタリとくっつく様にクローゼットが出て来る。
「取り敢えず二人共ベッドに座れ」
レイはそう言って、油断なく二人に銃を向けながら、部屋の入り口にある魔導灯のスイッチを入れて、部屋を明るくする。
明かりに照らされた二人を見て、レイは若干驚く。
それと言うのも、ベッドに座っていたのは、ミオに年の近い少年と少女だったからだ。
少年の方は猫の様な耳をした、人猫族と呼ばれる種族で、身なりも粗末な服を着ていて、泥棒に来たと言われても、別に不思議とは思わなかった。
しかし、もう一人は身なりの良い人族の少女であり、身に付けている服も多少煤けていたが、帝都にある帝国アカデミーの制服だった。
多少組み合わせを不思議に思ったレイだが、一先ず猫耳の少年の手にしている物を、返して貰う為に話し掛ける。
「さて、取り敢えず、その手にある物を返してもらおうか。そいつは玩具じゃ無いし、お前さんでは扱えない」
少年は銃を抱き込んで、取られないようにするが、レイは銃を突きつけたまま、ゆっくりとした動作で、少年の手にある銃を取り上げる。そしてその銃を机に置き、構えていた銃は腰のベルトに差して、これ以上の敵意が無い事を二人に示す。
見た所、少年の方は兎も角、少女の方は帝都の名門学校に通えるほどの、貴族か豪商のご令嬢と思われる。どんな理由で少年と一緒にいるのかは知らないが、少なくとも、ここで泥棒の真似事をする様には見えなかった。
「さて、それじゃあ、ここにいる事情を話して貰おうか?」
レイは椅子に腰かけながら、二人に尋ねる。
だが、外からの騒音で、それを妨げられた。
ドンドンドン! ドンドンドン!
「レイ! レイ!」
どうやら部屋の入口で、ミオが騒いでいる様だ。
レイは溜息を吐いて席を立ち、入り口まで行くと、閉めていた鍵を開けて、ドアを開ける。
すると、その隙をチャンスと思ったのか、猫耳の少年は、少女の手を引いて入り口まで走り、レイの脇を抜けて、外へ逃げようとした。
「あ!」間を抜けられたレイは、間抜けな声を上げたが、次の展開を想像して思わず目を閉じる。
ドカッ! ゴッン!
何かを打ち付けた様な、鈍い音が聞こえたと思ったら、続けてその直後に、硬い物にでも当たった様な音が聞こえた。
レイは恐る恐る、最後に音が聞こえた方を振り向いて目を開けると、猫耳少年がベッドの角にでも打ち付けたのか、気を失って床に転がっていた。予想通り、入り口に立っていたミオが、突進して来た彼を反射的に蹴り返したようだ。
少女が慌てて、猫耳少年に駆け寄って身を揺する。
「リオン! リオン! 目を覚まして!」
レイはその様子を見て、ミオに向かって振り向くと、
「早く入ってくれ!」
そう言って入室を促し、ミオを入室させると、再び入り口のカギを掛ける。
今度は、外からの不意の入室を避ける為だった。
レイはリオンと呼ばれた猫耳少年に近づき、傷の手当てをしてベッドに寝かせる。
そうして、一息ついた所でミオが、用件を思い出しレイに訴える。
「そうだ、レイ! 私の持ち物もやられた! やはり賊が入っていたんだ!」
「何を盗まれたんだよ?」
「替えの服と下着だ!」
すると少女が、レイのクローゼットまで行って、盗まれた服と下着を差し出す。
それを見せられたミオは、レイをキッっと睨み、少女から下着をひったくると、それをレイに突き付けて、恨めしそうな声で彼を
「中身に興味を持たないくせに、こんな物には興味を持つのか? 見損なったぞ!」
すると少女は慌てて、ミオの勘違いを訂正する。
「いえ、違うんです! リオンが私の為に盗んだ物なんです!」
「えっ!」「ほっ……」
その言葉に、それぞれがリアクションをする。
「貴様が賊か!」
「まあ待て! 落ち着けよ、ミオ」
今度は少女に食って掛かろうとするミオを手で制しながら、レイは少女にベッドの空きスペースを指して、腰を下ろす様に勧める。少女が座るのを見て、ミオはベッド脇の椅子に腰を掛け、レイは机の椅子を持ってきて、少女の前で腰掛けると静かに語りかける。
「さて、事情を説明してくれるかい?」
そうレイに促されると、少女は訥々と自分の身に起こった事や、ここに至るまでの経緯を順々に話し始めた。
彼女の名はクロエと言い、帝国アカデミーに通う錬金術師の卵と言う事だ。
帝国アカデミーと言えば、上流階級の子女が通う名門校である。レイは一応彼女に、ファミリーネームを尋ねてみたが、答えたがらないので、それ以上は問わない事にした。
ある日の朝、クロエは通学中に、男女二人組の冒険者に攫われて、帝都からドノヴァに連れて来られたらしい。そしてその後、連れて来られた先で錬金術の基礎を、数人の少年達に教えるよう命令された。
一応、薬剤が調合できるレベルまで教えろとの事だったが、教わる少年達は熱心な者が少なく、思う様には進まなかった。
昼間は少年達に錬金術を教え、晩になると、どこかの屋敷に幽閉される日々が続き、常に監視の為に、クロエを帝都から攫ってきた、冒険者が付き纏っていた。
しかしそんな中、一際熱心な少年が居た事に気付く。それが猫耳少年リオンだった。
聞くと彼の家は貧しく、満足に学校にも通う事が出来なかったそうだ。知りたい事が多いのに、周りの人間は生活に一杯で、彼の知識欲を満たす者が居ない。独学で勉強するにも、本を買うようなお金など家には無く、図書館を利用しようとすれば摘み出される始末で、彼は満たされぬ知識欲に、煩悶とした日々を送っていたそうだ。
そこへ、今回の話が舞い込んで来て、リオンはそれに飛びついたのだ。
折角のチャンスを生かす為、彼は積極的にクロエに質問をし、知識の空白を次々と埋めて行った。
だが、そう上手くばかりは行かなかった。
リオンの上達を尻目に、他の者がどんどん置いて行かれ、中々成果が上がらない。そしてついには、成果の上がらないクロエに、監視の冒険者は折檻と言う名の暴力を振るう様になっていた。
日々傷が増えていくクロエに、リオンは心を痛め、ついには彼が彼女を守る為に、監視の冒険者に楯突いた。だが、非力な少年が、海千山千の冒険者に敵う筈も無く、あえなく取り押さえられて牢に閉じ込められたのだ。
このままでは、リオンが殺されてしまうと思ったクロエは、夜中に牢へ忍び込んで、彼を助けようとするが、またしても例の冒険者に阻まれる。
だがそこへ、仮面をした全身黒ずくめの男が現れる。
その男はクロエとリオンを、そこから連れ出してくれた。
だが、冒険者が彼等を逃がすまいと追って来たので、必死に走ってカルム川の近くまで逃げて来た。
だが三人は木の橋の手前で、二人組の冒険者に追いつかれそうになった。
仮面の男は、橋の上で追っ手を抑えるから、先に逃げろと言ってきた。
二人は男を心配したのだが、心配無用とばかりに橋へ押し出されたので、その場から少しでも遠ざかる為に、必死になって走り、ドノヴァの街へ逃げ込んだ。
しかしドノヴァに逃げ込んだところで、リオンの家はスラム街にあり、クロエを攫ってきた者の勢力下だった。その為に、そこに逃げ込む訳にも行かず、行き場のない二人は、当ても無く街の中を彷徨っていた。
だが、身を隠さずに街中をうろつけば、見つかるのも道理で、追っ手の傭兵にアッサリと見つかって、逃亡を余儀なくされる。そして、街の中を逃げ回り、何とか追っ手を振り切ると、『カロン亭』へと逃げ込んだそうだ。
鍵の開いている部屋はレイとミオの部屋だけだったので、最初はミオの部屋に忍び込む。しかし、これと言った武器も無かったので、クロエ用に替えの下着と服を盗み、次にレイの部屋へと忍び込んだ。
だが、その部屋では、二丁の銃が保管されているのを見つける。
二人は銃を見た事はあっても、扱った事も無ければ触った事も無かった。しかし、見た事の無い珍しい銃だったので、リオンが思わず好奇心を覗かせて、その銃を一丁弄ってしまった。すると突然銃が消滅してしまい、かなり驚いたそうだ。
そしてその時、二人を捜索中の傭兵が、この宿に見当を付けて、家探しを始めた。
傭兵が怒声を浴びせながら、各部屋のドアを乱暴に叩き、部屋を開けさせて家探しする。しかし、いよいよ怒声が近付いて万事休すと思った時に、二個手前の部屋で寝泊まりしていた傭兵との、大喧嘩が始まった。
その大喧嘩は、二対一だったが狭い廊下だったせいで、ミオやレイの部屋の前にまで及び、出るに出られなくなる。だが、直ぐに衛士がやってきて喧嘩を仲裁し、二人を追って来た傭兵は、乱暴狼藉の
だがその後、従業員が壊された物の後始末や修理の関係で、部屋の前から離れなくなり、結局部屋を出る時機が訪れぬまま、レイが帰って来る事となり、慌ててクローゼットに隠れて今に至ったとの事だ。
レイは今の話を聞いて、彼女達を逃がした仮面の男の意図が、どの辺にあったのかが分からなかった。
どうして危険な場所に飛び込んで、見ず知らずの少年少女を助けたのか?
そもそも、助けるのが目的では無く、その場所に興味があったのでは無いか?
疑問は尽きないが、恐らく彼女達が捕らえられていた所が、その疑問を解決するカギになるのは間違いなかった。
「どの辺りに捕らえられて居たのかは分かるかい?」
彼女の口振りでは、二キロ上流にある、例の橋の近くだろうと思っていたが、念を入れて尋ねてみる事にした。
「この側を流れている、川の上流に掛かる橋を渡った所、だと言う事は覚えています。でもそれ以上は………暗い道だったので、よく覚えていません。それに、ここに連れて来られた時は、目隠しされていましたから」
それも当然だと思う、拉致して来た人間なら、意識が無くても目隠しをする。そうしないと、アジトの場所を覚えられて、簡単に逃亡を許す上に、衛士に踏み込まれるのは、火を見るよりも明らかだからだ。恐らく彼女も、仮面の男の手助けが無いと、逃げる気も起きなかったに違い無いだろう。
「もう少し情報が欲しいんだがなあ………」
そう言いながらレイは、未だに目覚めないリオンに視線を送ると、「ク―……」と可愛らしい音が聞こえて来たので、ミオを見てみると、彼女は
「スミマセン……私です………」
おずおずと手を挙げながら、クロエが自己申告する。
そう言えば彼女達は、昨日の晩から何も食べていないそうだ。
「それじゃ、飯でも食いに行くか」
「う、ん~っ……ハッ!」
折も良く目を覚ましたリオンは、慌てて辺りを見回す。
「タイミングの良い事で………」
「間が良すぎるな、狸寝入りでもしていたんじゃないか?」
レイは両手を広げて肩を竦め、ミオは眉間にしわを寄せながら訝し気な様子で、それぞれが思った事を口にした。しかしその声で、リオンは二人に気付いて飛び起きる。
「イケね! 逃げよう!」
そう言いながら逃げようと、クロエの腕をつかんだ少年の首根っこを捕まえたレイは、彼に話し掛ける。
「まあまあ、腹減っているんだろ? 飯奢ってやるから」
すると、リオンは訝し気に目を細めて振り返り、レイに突っかかる。
「どうせ飯食わせて安心した所で、奴らに引き渡すつもりだろ!」
「い~や。これまでの苦労話と、お前さんが言う奴らの話を聞かせてくれれば良い」
「本当に話だけでいいのか」
今度は上目遣いで念を押してくる。
「ああ、俺にとっては、それが今宵の酒の肴だ。飯はそのご褒美だと思えば良い」
話を聞く限り、彼はスラム街の出身だ。代償の無い行為に対しては、異常な警戒心がある。それを踏まえた上で、レイは一応取引の体を取ってリオンを納得させる。
「分かったよ、そう言う事なら………」
「だ、そうだ。ミオ、クロエに服を貸してやれ、彼女の格好はここじゃ目立ち過ぎる」
レイはそう言って、クローゼットからブーニーハットを取り出し、リオンの頭にかぶせて耳を隠すと、彼女達の着替えの邪魔にならないよう、彼を連れ出して部屋の外に出た。
*****
酒場『陸亀亭』に着くと、レイは店内を一度見まわして、カウンター横の席が空いている事を確認すると、その席を選んで陣取る。レイ達は店の壁沿いに座り、リオンとクロエは、出入り口に背を向ける様に座らせた。こうして置けば、追っ手が姿を現しても、直ぐには見付からないし、こちらからの監視も利く。
取り敢えずレイは、三人分の食事と自分のエールを注文する。
そしてやってきた料理を並べられると、三人は三者三様の食べ方で食べ始めた。
レイはその様子を、エールを傾けながら、それとなく観察する。
クロエは良家のお嬢様らしく、たとえ大衆料理であっても、作法に則った上品な食べ方で食べている。
リオンの方はと言うと、スラムの出身の割には
そして最後にミオだ。正直、今の姿を見て彼女を、帝国屈指の大貴族のお姫様とは、とても思えないだろう。確かに綺麗には食べるのだが、そこに至るまでの過程が、余りにも酷過ぎる。一応、作法に則った食事も出来るのだが、大衆酒場で彼女がそれを見せる事は、皆無と言って良かった。
やがてリオンとクロエは腹が満たされて、一息ついたようなので、レイは彼等の話を聞く事にした。因みにミオは追加注文して、まだ食べている。
薄々気付いてはいたが、リオンの言う奴らとは、やはりレギオンの事だった。
連中は養成所を作って、リオンの様な少年を集めて錬金術を学ばせていた。
養成所の場所について、もっと詳しくリオンに話を聞こうと思ったが、そこは連中も徹底していて、彼も同様に目隠しで連れて行かれたらしい。
確かに場所は特定できなかったが、クロエとの会話の中でも出て来た、冒険者の人相が、例の冒険者と妙に符合する。
「冒険者の顔は覚えているか?」
クロエを監視していた冒険者について尋ねると、リオンは怒りを滲ませた表情で、吐き捨てるように言う。
「勿論覚えてる。いや、忘れるものか! あいつら……今に強くなって、今までのお礼をしてやる!」
「まあ意気込みは買っても良いが、その願いは永遠に叶わないぞ」
やる気に水を掛けて、その火を消すのは本意じゃ無いが、何れ知る事なので、早い目に教えて置く事にした。
「何でさ!」
「昨日の晩、胸にでっかい風穴開けられて、ドノヴァ港に浮いていたのが連中だ」
「嘘だろ? あの連中、すごく強かったぞ!」
「さあな、上には上が居るって事だろ」
この少年の知る世界はとても小さい、その少年に世界の大きさを説いた所で、実感は湧かないだろう。こう言ったものは、この様な分かりやすい比喩を重ねて行って、初めて実感出来るものだとレイは思う。
だが、今はそんな取り留めの無い事を考えるよりも、レイは重要な連絡を二人にしなければいけない。
「飯を食った後で、あまり気分の悪くなる話は避けたかったが、明日はその男女の遺体を二人に確認して貰う為に、衛士隊の詰所に行って貰う」
「俺達を衛士隊に引き渡すんじゃないだろうな?」
衛士隊と言う単語に、過敏に反応したリオンが、訝し気にレイを問い詰める。
しかしレイには、二人を衛士に引き渡す理由が思い付かない。
「一体、どんな
「不法侵入と窃盗未遂とか」
リオンの代わりにクロエが答えたので、レイは額を叩き一本取られたと言う仕草をする。
「そうだった、そう言えばそんな事もあったな」
レイはその事を完全に忘れていた。その様子に、リオンは軽く毒づく。
「なんだよ、オッサン。歳のせいでもう忘れたのか? 心配して損した」
「まあな、もう良い年したオッサンだから、脳みその容量が少なくてな。余計な事は忘れる様にしているのさ」
肩を竦めながらリオンの揶揄を、軽く受け流すと、リオンの懸念を払拭するように話を続ける。
「窃盗未遂と不法侵入のような、些末な事よりも、お前さんらが持っている情報の方が、貴重なんでな。衛士に突き出すなんて、勿体無い事はしない。それにな、その情報のお陰で、十中八九お前さんらに身の危険が及ぶから、身を隠して貰う方が都合が良い。なにせ、お前さん等の相手は、都合の悪い者を平気で殺せるような連中だからな。必ず、お前さんらを探し出そうと躍起になって、ボロを出してくれる」
「俺達はそんなに都合の悪い事を知っているのか?」
リオンは自分の持っている情報が、それほど重要だとは思っていない。
しかし彼の情報は、今、ドノヴァを悩ませている薬に関する重要な情報だ。
彼等が何故、調薬できる錬金術師を、大量に養成していたのかは、少し考えれば分かる事だ。恐らくは、大規模な製剤プラントを建設して、そこで製剤された麻薬を始めとした薬を、主に外国に流して荒稼ぎするつもりなのだろう。
だが、捜査が進めば、その新たに構築する薬の流通ルートを、台無しにされかねない。そう言った事態を避ける為にも、不安要素は取り除こうとするだろう。
「まあな、衛士隊の保安課辺りは、喉から手が出るほど欲しいだろうな」
「それじゃ、衛士隊に預けて置けば、万事解決なんじゃ無いか?」
いつの間にか最後の皿を平らげたミオが、もっと簡単な解決法を提案してきた。
だがレイは、その方法が取れない理由を話す。
「そう出来れば簡単なんだが、レギオンはここの権力層の貴族を取り込んでいる節があるんだ。だから、妄信的に衛士隊を信じる訳にも行かないんだよ」
権力層の人間が、レギオンと癒着している可能性を否めない以上、衛士隊に二人を委ねるのにはリスクが伴う。衛士隊に影響力のある権力者の横槍を、衛士隊の上層部が拒むことは出来ないだろう。もしかすると、衛士隊の上層部の中に、弱みを握られている者が居る可能性すらある。
そして、恐らくその件は、サイラスを当てにした所で、結果は変わらないだろう。
彼自身は問題無くても、一官吏である以上は上司の命には逆らえない。無茶な命令は無いにしても、預けた彼等と引き離される可能性は充分にある。そうなれば、後は連中のやりたい放題だ。
「取り敢えず、どうにか理由を付けて、確認させて貰おう『連中に乱暴された』とかね」
ただ、サイラスに話だけは通して置くべきだろうとも思った。どちらにしても、彼を巻き込んでしまいそうな予感がしたからだ。
「さて、ミオも食べ終わった様だし、そろそろ帰るか。――――マスター! お勘定ここに置いとくぞ~」
レイが三人にそう言って、カウンターの奥へ聞こえるように声を掛ける。
「あいよ~! 毎度御贔屓に!」
すると、奥からずんぐりとした体形のマスターが出てきて、全員に声を掛けた。
その声を聞いた四人は、一斉に席を立って店を出た。
*****
翌朝。
ドタドタ、バタバタと廊下の外が騒がしかった。毛布に包まったレイは、部屋の隅で目を覚まして、ベッドを確認すると、リオンが静かに寝息を立てて眠っていた。彼を起こさない様、物音を立てずに起きて、身支度を整えると、廊下に出て外の様子を窺う。
廊下を見渡すと、長い廊下の向こう側、丁度、一番奥にあるレイの部屋と対極に当たる階段脇の部屋が、何やら騒がしい。
よく見ると、遅くまで仕事をしていた筈のサイラスが、朝も早くから姿を見せて、向こうにいる部下達に、指示を飛ばしている様子が見える。
「早朝出勤ご苦労さん………」
そうレイが呟いていると、目を覚ましたのか、リオンがレイの横から、廊下の様子を覗き見る。
指示を出し終わったサイラスが、レイ達に気付き、こちらに近づいて来る。
「ヤベ! こっちに来やがった!」
「まあ待て。この場で逃げ出したら、余計に話がややこしくなるぞ。心配無いから大人しくしていてくれないか」
逃げようとするリオンを押し止めると、彼を宥めて大人しくさせる。
サイラスは更に近づいて来ると、レイに声を掛けて来た。
「おはよう、レイ。朝から騒がしてすまんな」
「ああ、おはよう、サイラス。まあ仕方ないだろ、気にするな。それよりあんたも大変だな、寝る暇も無いんじゃないか?」
サイラスは騒がせたことを詫びるが、レイは逆に彼をねぎらう。
「まあな、それでも三時間ぐらいは眠れたぞ」
半ば自慢げにサイラスが答えていると、ミオの部屋のドアが開き、中からミオとクロエが出て来た。
ミオはレイとサイラスに気付くと、二人に挨拶をして、事情を尋ねる。
「おはよう! レイ、サイラス殿。これはどうした事だ?」
「ミオ、おはよう」
「おはよう、ミオ殿。朝から騒がせて申し訳ない。あちらの部屋で事件がありまして、今は現場検証をしている所です」
声を掛けられた二人は、口々に挨拶をし、サイラスは、騒ぎの理由を説明した。
そして、レイとミオの隣にいる、少年少女に気付く。
「それより、昨日見なかった子がいるけど、一体どうしたんだ?」
「ふむ、その事で、実は相談があるんだ」
二人について尋ねられた事をこれ幸いに、レイは相談事をサイラスに持ち込んだ。
「どんな事だ?」
「まあ、入ってくれ。それと、お前らもな」
サイラスが内容を尋ねると、レイは部屋のドアを開けて彼を招き入れ、そしてほかの三人にも声を掛ける。
廊下にいた五人が部屋に入ると、広めの一人部屋と言っても流石に手狭だった。
「まあ、みんなその辺に座ってくれ」
レイがそう言うと、ミオを含めた少年少女は、各々がベッドの好きな場所に腰を掛け、サイラスは来客用の椅子に腰を掛ける。
「さて、何から話そうか………」
全員が座ったのを見てレイはそう言うと、今までに起きた事や、クロエとリオンがどこから来て、どんな事件に関わっているのかを、レイの私見を交えてサイラスに説明した。
やがて、全てを聞き終わったサイラスは、しばらく瞑目したのち、レイに向かって今の話についての意見を口にする。
「話は大体わかった。俄かには信じられないが、レギオンとの癒着の話はよく耳にする。恥ずかしい話だが、衛士隊の中ですら、噂をされる者が居るのも本当の話だ。それにしても、昨日、お前さんにミカゲと関わりがあるとは聞いていたが、本当の事だったんだな」
昨日、持っている銃の事で問われた時に、ミカゲの人から預かったとは言っていたが、サイラスの方は半信半疑だったらしい。
「ああ、まあな。だがこっちとしてはミカゲの事は、聞き流して貰えた方が都合良かったんだけどな」
「そうは行かない。我々にとってミカゲは怖い存在だからな。今回の件にしても、今ここで話を聞かなければ、気付くのはもっと後の事になっていたんだぞ。お前さんらが他に、どんな秘密を握っているのか、上の連中だって戦々恐々としているんだ」
国の組織や教会等の宗教団体など、ミカゲを恐れている所は数多くある。
豊富な情報を武器に立ち回り、常に優位に立っている組織だからだ。
この組織が流す情報によって、一国を存亡の危機に立たせる事さえあった。尤もその国は、世界中でタブーとなっている不死の人体実験を、王家主導で行っていた事を民衆にバラされて、自業自得とも言える最後を迎えた。
そう、ミカゲが大きく行動を起こす時は、決まって、この世界をマイナス方向に、導く様な事象が認められる時なのだ。だから、普段は昼行燈を決め込んで、やり過ぎた犯罪集団に、お仕置きをする程度である。
しかし、相手側にすれば、いつもそのルールに則ってくれると言うのを、信じ切るのには、かなりの勇気が必要となる。
「確かに余程の事が無い限りは、安易に情報を公開しないのは分かっている。だが、そいつは裏を返せば、我々はミカゲに対し、安易に手を出してはいけない事を意味するんだ。勿論、本国はそれに対抗する為に、諜報員を送り込んでいる様だが、どの程度役に立っているのだか」
今更、サイラスが言うまでも無く、帝国からの諜報員の事については、レイも十分承知している。もし昨日の事を、サイラスが漏れなく報告しているなら、恐らく今日あたりから、レイに尾行が張り付くのだろう。
他の国々もそうだが、ミカゲに対しては、様々な諜報活動をしている。しかし、その諜報活動が全て裏目に出ているのも事実なのだ。
「まあ、そんな無駄な事するより、バラされて困る様な後ろ暗い事を、しなきゃ良いだけなんだけどな。それに、うちの幹部が言ってたぞ、スパイは有難い贈り物だって。なにせ、生け捕って、情報を搾り取るだけ搾り取れば、結構貴重な情報が手に入るから、リスク犯して潜入する手間が省けるんだとさ」
ミカゲに潜入させる諜報員は、経験豊富な者で無いと、潜入そのものが難しい。帝国は一度、エリート教育を施した新人を、何人か送り込んだのだが、その何れもが門前払いされてしまった。
二人の会話から、完全に置いてけぼりを食らったリオンは、隣に座っていたクロエに耳打ちするように尋ねる。
「なあ、ミカゲってなんだよ?」
すると、クロエは学校などで噂される、都市伝説の様なミカゲの逸話を、リオンに聞かせる。するとリオンは見る見る顔を青くして、レイとミオを見る。
「じ、じゃあ、お、俺……。ひ、秘密を知ったから、消さ、消されるのか?」
猫耳を伏せて、怯えるように尋ねるリオンに、レイは呆れたような表情で、頭を撫でながら応える
「そんな訳無いだろ、学生達の都市伝説を真に受けるなって」
「えっ、だって、秘密を知ったスパイは軒並み消してるって」
「まあ、確かに消してはいるが、そいつは記憶だけだ。後は五体満足で、持ち主か飼い主に返している。――――大体、うちだけだぞ、そこまでスパイに優しいのは」
確かにその通りだ、情報の流出を防ぐには、記憶を消すか、記憶を持ってる本人そのものに、消えて貰う外は無い。しかし、記憶消去技術を確立しているミカゲは、血なまぐさい後者は選ばず、前者を採る。
そして、その時に使用する記憶消去方式も、巻き戻し方式と言って、シナプスの変化を、時系列順にトレースして行き、消したい所までの接続を切る方式だ。故に他の記憶野への負担も小さく、記憶障害も起こし難い。
「お前さんらが、スパイに優しいのは分かった。自分の方から話を逸らせておいて、言える義理じゃ無いが、そろそろ本題に戻らないか?」
随分と脇道に逸れたので、サイラスが話を本題に戻そうとすると、レイは謝りながら、用件を切り出す。
「悪い悪い。で、用件なんだが、まず一点目は、昨日の冒険者の死体と、この二人を対面させたいんだ」
「その件なら大丈夫だ、後で自分が案内する」
サイラスがそう請け合うと、レイは更に続ける。
「二点目は、俺とミオがギベール商会に潜り込んでいる間、この二人をここに隠れさせて置くが、それと無く気を配ってくれるとありがたいんだが」
「ちょっと待て、今の話の中じゃギベール商会は限りなく黒に近いぞ。それなのに、リスクを冒して潜り込んで、今更、何を調べるつもりだ? 大規模なプラントなら、隠しようがないから直ぐに調べが付くぞ」
リオンとクロエの証言で、レギオンとギベール商会が繋がっている事は、最早確実だ。それなのに、危険承知で潜り込んでまで調べる、意味が解らなかった。
「なあ、もしもだ、押しも押されもせぬ優良な商会が、魚介類や農作物の加工場に偽装して、プラントを作っていたとしたらどうする? しかも、その工場には、この街の支配層が莫大な投資をしていたら」
優良な商会だと、どうしても手出しがし難いだろう。ましてや、支配層が経営に関わっていたら、横槍だらけで調査どころではない筈だ。
「それは、連中の後ろには、まだ更に黒幕がいると言う事か?」
「まあな、そう言う事も考えていた方が良いだろうな。ギベール商会についても気掛かりな点が多いのでね」
他所から来て商売をする商人は、ある程度名が売れているのが普通だ。
わが身一つと馬車で交易をする者なら兎も角、店舗を構えてとなると、それなりのコネが必要となる。仕入れ先に運送業者、場合によっては船主などの信用が無いと、中々商売が成り立たない。
ある程度、有名な商人なら問題は無いが、パッと出の無名の商人などは、仕入れ先や業者の信用どころか、土地を手に入れる事すら難しいだろう。だから、突然やって来た、無名の商人が店を構えて『商会』を名乗るのは、かなり不自然に見えた。
「まあ、そう言う事なら、こっちの仕事に支障のない範囲で気を配って置こう」
「頼む。頼りにしてるぞ」
「余り大きな期待をしないでくれよ、こっちも毎日が忙しくて目が回りそうなんだ。朝っぱらから、奇妙な事件もあったばかりだからな。――――おっ! そうだレイ。一つ確認して貰いたいものがあったんだ。ちょっと付いて来てくれ」
そう言ってサイラスは席を立ち、レイを外に誘い出す。
廊下に出た二人は、階段の脇にある部屋まで行き、中に入る。
部屋の中は、レイやミオの部屋と違い、若干広めの部屋で、ベッドもダブルサイズになっていた。
そのベッドに目を遣ると、真っ白いシーツを掛けてあるベッドの中央部には、その白に映える様に真っ赤なシミが広がっていた。すると後ろから『キャッ!』と短い悲鳴が聞こえて来た。
レイが声をした方に振り向くと、ミオだけで無く、リオンとクロエも付いて来ていた。どうやら声の主はクロエの様で、リオンの背中に隠れながら、ベッドの赤いしみを恐る恐ると見ていた。
「何だ、付いて来て居たのか。見てても気持ちのいい物じゃないから、部屋で待っていてくれてもいいぞ。それにここに居たら邪魔になりかねないし」
「何だよ! そんなものぐらいでビビるかよ!」
そう強がりを言うリオンだったが、足が震えているのを、レイは見逃さなかった。しかし、ここは彼のプライド尊重しようと、見なかった事にしてサイラスへ話を振る。
「それで? ここで一体何があったんだ?」
「ふむ、実はここで、ある男が愛人に、性器を噛み千切られたんだよ」
少年少女が居並ぶ中で言い難そうな事を、サイラスは事務的に口にする。
たった今この場で、レイは理解する。この男にデリカシーを要求するのは、無理難題に等しいという事に。勿論、その言葉の意味を理解した少女達は、顔を赤くする。
「なあ、『セイキ』って、なんだ?」
だが、少年だけは理解していなかった。
「性器って言うとまあ……ナニだよな」
流石に、麦粒ほどのデリカシーが残っていたのか、サイラスは少女達の前で、一般的なスラングを憚って、自分の股間に目を落として、隠語でレイに同意を求める。
「ああ、ナニ…の事だよ」
仕方なくレイもサイラスに合わせて、そう言いながら自分の股間に視線を落とす。
二人の仕草を見たリオンは、彼等と同じように視線を落として、ハッと気付いて、慌てて股間を隠す仕草をする。
どうやら、自分のを噛み千切られるところを、想像したのだろう。
「こんなもん、女の口に突っ込んで、何していたんだよ!」
まだネンネのリオンには、その意味が理解出来無いらしい。
「だから、ナニだろ?」
「レイ! それ以上下品な会話を続けるなら、壊れない程度にナニを蹴り上げるぞ」
レイが相変わらず隠語で会話を続けていたが、ある程度中身を理解出来たミオが、冷え入りそうな声で警告をする。
「どうしてそこで容赦するの?」
そこへ、平然とした表情でクロエが、怖い事をミオに尋ねる。
その一言でレイは、一見大人しそうに見える彼女の、恐ろしい素顔の一端を垣間見る事になり、それを横で聞いていたリオンは、股間を抑えたまま、飛び
そしてミオはと言うと、その問いに顔を赤くして、モジモジしながら答えた。
「そ、それは………。私が…使う……時に…壊れてたら………困る……から」
時が一瞬止まったかのように、周りの衛士を含めて動きが止まり、一斉にミオへ視線を集め、(((((何に!)))))と、一同が心の中でツッコミを入れる。
そして、一瞬動きを止めていた衛士達が、再び動き出すと、サイラスが気を取り直す様に咳払いをして、レイに話の続きをする。
「コホン! ま、まあ、その辺はさて置き、ちょっと見て貰いたい物がある」
そう言ってサイラスは後ろを振り向いて、衛士の一人に呼びかける。
「ボアロー一等衛士! さっき回収した薬瓶を見せてくれ」
呼ばれた大柄の衛士は、それに応えてサイラス近づき、布に包んだ薬瓶を見せる。
「レイ。お前さんが言っていた薬と言うのはこれの事か?」
瓶に詰められた錠剤を、レイは眺める。昨日レイが見た薬は黒い丸薬で、この瓶の薬とは似ても似つかない。レイが首を捻っているとサイラスが再び尋ねる。
「どうだ? 違うのか?」
「ああ、色も形も全然違うな」
「そうか………、これだと思ったんだがな」
「ん? その根拠は?」
「あ、いや、な。これを持っていた被害者が、相手の女にこれを飲ませたら、目を真っ赤にして凶暴になったと証言していたからな。それに、確保した時の女は、酷い虚脱状態になっていてね。お前さんら相手に大太刀回りをした、レギオンの子飼い共が、あの後に全員そろって見せた、虚脱状態によく似ていたから、てっきり同じ薬かと思ったんだがな」
その話を聞いて、レイは顎に手を当て考えながら呟く。
「聞いた感じ症状は全く同じだな……。だが、ベルセルクは、女をホテルに連れ込んで飲ませる薬じゃないしなあ………。ところで、男はその薬を飲んだのか?」
「飲んだ様だな。男の方は気分が良くなって、高揚して来たとも言っていた。しかしそれも、女の豹変で一気に覚めたらしい」
「ちょっと待て! 確かに男も、この薬瓶の中身を飲んだのか?」
レイは、慌ててサイラスに再度確認した。
「ああ、間違いなく飲んだと言っていた」
両方の症状が出たという事は、本来、薬瓶の中身は、エロースだった可能性がある。そうだとすると何らかの事故があって、製造工程でベルセルクが混入した可能性を、考えなければならない。もしそれが真ならば、エロースとベルセルクは同じ製造元が、同じプラントで精製した物と言う事になる。
「おそらく、そいつの中身はエロースだ。理由は分からんが、精製の工程でベルセルクが混入したのかも知れない」
「おっ! という事は、エロースとベルセルクの製造元は同じという事か?」
「恐らくそう思って間違いないだろう。――――念を押して置くが、さっきお前さんにした話を含めて、この話は、まだ上にはオフレコで頼む。今、衛士隊に動かれると、掴める尻尾も掴めなくなるからな。偉そうなことを言って悪いが、お前さんらは、俺達が持ってくる成果だけを受け取ってくれれば良い」
衛士隊が派手に動き出せば、当然警戒して、ほとぼりが冷めるまで、鳴りを潜めるだろう。そうなれば、今までの調査が、御破算になってしまう可能性が高い。
レイとしても、それだけは避けたい、今ならここに近い帝都にも心強い応援が居るし、自分達も滞在している。戦力的にも充実している今の間に、片を付けて置かないと、この先、ここの調査員と衛士隊だけでは、調査も困難を極めるだろう。
その辺りの事情は、サイラスも良く理解していた。
「ああ、分かってる。――――全員分かったか!」
サイラスはレイにそう答えて、周囲にいる衛士に声を掛ける。
「了解しました! 班長!」
「分かりました、班長!」
「わっかりました~、はんちょ」
この場にいる衛士全員が口々に応える。その中には、昨日会ったセリーヌも居た。
それに気付いたレイは、サイラスに耳打ちする。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ、うちの班は結束が固いから…な……。多分……」
自信無さげに耳打ちを返すサイラスに、セリーヌから声が掛かる。
「だいじょ~ぶですよ、はんちょ。私、こう見えても口は堅いですから~」
どうやら、彼女は地獄耳らしい。結構離れた所にいるのに聞こえていた様だ。
これから内緒話は、彼女が絶対に居ない場所でしようと、レイは心に決める。
「それじゃあな、サイラス。この二人の事はくれぐれも頼むよ」
「ああ、出来る限りは手を尽くす。――――じゃあな、レイ」
レイはサイラスに声を掛けると、サイラスの返答を背に、三人を引き連れてこの惨劇の場を後にした。
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