怖くない心霊体験談の書き方
雨音深
第1話 怖くない体験談
怖い話とか体験談とか、酒場なんかでは鉄板だよね。ウケがいいし。大抵は話を膨らまして、大げさに脚色してさ。最後に「それはお前だぁ!」なんて落ちまで付けてね。
でも実際の、リアルな体験談なんて、本当はたいして怖くないものなんだよ。そりゃそうさ。そんなドラマティックな心霊体験がそこいらに氾濫してたら、ホラー作家なんてみんな失業しちまうんじゃないか?
本物の心霊体験なんてのはまず、脈絡が無い、オチが無い、意味が無い、の無い無いずくしで、そのままではとてもじゃないけど怪談にはならないんだ。ストーリーのある体験談なんて、ほとんどが創作されたものと言っていい。2割実話、8割創作みたいに演出されたものだろうね。
僕の最初の心霊体験ってのは、まだ就職したばかりの若い頃の話。仕事明けにね、バイト連中が心霊スポットに行くって盛り上がっちゃって、なんか同行することになったんだ。まぁ、地元では有名な心霊スポットでさ。湖畔に佇む廃ホテルなんて、よくあるシチュエーションだよね。
そこでなにか怖い目に合ったって話は聞いたことがなかったけれど、カップルで行くと必ず別れるってジンクスがあったな。二台の車に寿司詰めで出かけたんだけど、カップルなんて一組もいなかったから、そんなジンクスはみんな気にもしてなかった。
予想通りというかなんというか、夜中にその廃ホテルに到着したんだけど、ただの廃墟だったよ。立ち入り禁止の立て札とか、そんなのも全く無し。真っ暗だったから不気味ではあったな。懐中電灯の灯りを頼りに中を探索してみたけど、結局、なーんにも起こらなかった。明け方、帰って寝て終わりだったわけ。その日は、だけど。
それでその翌々日くらいだったか。僕は勤め先の店で掃除をしてたんだよ。閉店時間の2時間前くらいかな。その日は格別ヒマでノーゲスト状態だったので、無駄にたくさんある店の窓を拭いてたんだ。夜だったから窓には店内の様子が反射してた。
おや?と思ったのは、窓に映る自分の肩越しに女の子が見えたからだ。高校生くらいに見えたな。僕と目があった途端、やべ!って顔してさっと隠れたんだよね。それで振り返ってみたんだけど、当然、誰もいない。バイトさんに声かけたら全員キッチンにいたし、そもそも肩越しに見えた女の子には見覚えがなかったし。でも、その日も結局それだけ。なーんにも起こらなかった。意味がわからないよね。
まぁ、そんな経験は他にもある。異動前にいた店が繁華街にあって、閉店後にカウンターでレジ閉めしてたんだけど、ふとホールを見たら誰か座ってたんだよね。でも、ふと見ただけだから、そのままレジ閉めを続けたわけだ。人間って反応速度のせいというか脳の命令に体が追いつかないというか、ぱっと見て、奇妙なものが目に映ってもすぐには反応できないんだよね。それで――
今の誰だ?
ってなるわけ。閉店後の店内だから真っ暗だったけど、ホールの真ん中あたりのテーブルに座ってたのは確かにおっさんだった。白いセーターに白いフレアパンツで、その上、パンチパーマだったよ。あきらかにヤ〇ザだよね。もちろん二度見した時にはもういなかった。見間違いにしても特徴が具体的過ぎるし、それにしてもわけがわからないよね。なんでニュートラ(死語)パンチのヤ〇ザなんだよ、って。
そんなパッと見て終わりって話はそれこそたくさんあって、当時の勤め先の店は制服が大阪の食い倒れ人形みたいに派手でさ。それ着た見たこともない男がオリンピック入場行進みたいなポーズで背後に立ってたり、新築マンション分譲開始って、でっかい看板におっさんが突き刺さってたり、ほんとしょーもないのばっかなんだけど、同じ人間(?)を見たことはなかったんだよね。
それがある時、知り合いの店のカウンターで飲んでて、ほろ酔いでいい気分だったんだけど、トイレに行きたくなってさ。立ち上がって振り返ったら、窓拭きしてた時の女の子がいたんだ。僕の後ろにしゃがんでた。全裸で。
あの時は肩までしか見えなかったけど、そいえば丸出しだったもんな。なるほど全裸だったのか。なんて見当違いのことが頭に浮かんだよ。やっぱりここでも、やべ!って顔して、すーっと消えていった。まるで風景に溶けていくみたいにね。
まだ後ろにいたのか――それが二回目の遭遇・・・てのも変かな。たぶんずっと後ろにいたんだろうから。
その後、ずいぶん経って引越ししたんだよ。それで同棲生活はじめた。新居はいいところだったんだけど、ちょっとだけ問題があってさ。夜中にキッチンで食器がカタカタ鳴るんだよね。あと、風呂場から幽かにお経が聴こえるの。
食器が鳴るのは水を欲しがってるのが寄って来てるって聞いたので、キッチンの窓辺に水と塩を置いたら鳴らなくなった。それからしばらくしたらお経も聴こえなくなったんだけど、それを連れ合いに話したら「そういうの本当に怖いからやめて!そんな話されたらここで暮らせない!」って、もう別れるってくらいの勢いで本気でキレられた。
ああ、普通の人はこれくらいでも怖いんだなって、改めて考えさせられたよ。それで僕は金輪際、そういうものに関わらないって決めたんだ。彼女と生活を共にする以上、そういう部分も相手に合わせないとね。そうしたら全然見なくなったよ。おかしなモノを。やっぱりこういうのは人間の意識の問題なんじゃないだろうかって思うよ。気の持ちようってやつだよね。
そうして不思議なものから遠ざかって何年かしてからなんだけど、またちょっとおかしなことに遭遇することになってしまってね。僕がサイトにアップしてる小説の中に、主人公がビジネスホテルで怪奇現象に遭遇するって件があるんだけど、実はそれ、一部は実話なんだよね。僕自身が体験したことが元ネタになってるんだ。
それは仕事で名古屋に滞在した時のことでね。百貨店の催事で実演販売するって仕事で、全国の百貨店を旅回りしてたんだけど、宿泊先は結構、大きくて立派なビジネスホテルだった。さすがに名古屋だけあって、朝食バイキングもすごい豪華。仕事柄、色んな土地でホテル住まいしたんだけど一番よかったな。朝メシ。そんなわけでホテルのサービスなんかにはとても満足したんだけど、まぁ「アレ」が、ね。
小説の通り、まずチェックインから問題が発生したわけだよ。カードキーで入室するんだけど、何度カード刺してもウンともスンとも言わないの。磁気カードのようだったからカードに問題でもあるのかしらんってフロントに引き返してカードを交換してもらった。それで再挑戦したけどやっぱりダメだったんだ。
ドアの前でどうしようか、なんて途方に暮れてたら掃除のおばさんが通り掛かってね。事情を説明したら、おばさんがカードキーで開錠に挑戦したんだ。それで一発で鍵が開いてね。
ちょっとしたコツなのよっておばさん、わけのわからんことを言い残して去って行った。前述の通り、僕はホテル住まいの経験がたくさんあって、それこそ場末の安宿からちょっと豪華なセミスイートとか色々宿泊したけど、そんな入室にコツが必要なホテルなんて泊まったことないよ。
結局、その部屋には二週間宿泊したんだけど、スムーズに入室できた日もあれば、何度も何度も挑戦してやっと入れた日があったとか、どう考えてもコツ関係ないわって感じでした。
あと、ホテルのテレビなんだけど、ケーブル放送を見ることが出来たんである日、映画を見てたんだよね。仕事終わりでビール飲みながら。ミイラ物シリーズの三作目だったかな。それが、映画の終盤でトイレに行きたくなったんだよ。ビールのせいだよね。でもオンデマンド放送でもDVDでもないから一時停止も出来ないし、我慢してたんだ。それが残り20分くらいのあたりでとうとう我慢出来なくなっちゃってさ。
まぁラストさえ見逃さなきゃいいか、ってトイレに入ろうとしたら鍵がかかってたんだよ。はあ!?ってなるよね。普通に。こっちは我慢の限界だってのにさ。なんで室内のユニットバスに鍵がかかってるんだよ!って。
フロントに電話したら客室担当者が飛んできて鍵開けてくれたんだけど、さすがに気持ち悪かったよ。中に誰かいるんじゃないだろうかって。もちろん誰もいなかったんだけど。
掃除の担当者が間違って鍵かけたのかもしれませんね、あはは。って言ってたけど、あるわけないよね。そんな話、誰も信じないよね。結局、映画のラストシーンは見逃したけど、いい年こいて失禁しました、なんて事態はなんとか避けられたよ。
それでさ、その部屋の一番の問題が窓なんだよ。窓。最初に入室した時に窓からの景色を見たんだけど、50mくらい向こうに高層ビルが建ってるくらいで他には障害物なんてなくて、部屋も8階だったから見晴らしはそこそこでね。
その窓が、夜になると鳴るんだよ。ノックしてるみたいな音。こつん、こつん、って。もうカーテンなんて開けられないよね。そんなの。窓の外になにがあるかなんて確かめる気にもならなかったよ。
きっとドラマや映画の登場人物なら開けちゃうんだろう。じゃないと話が始まらないし。でも僕はごく普通の一般人だからシカトすることにしたよ。毎晩鳴るからもう、ずっとヘッドフォンで音楽聴いてた。
今から考えたら、部屋を替えてもらうとか何かやり様があったとは思うんだけど、あの時はもう面倒臭くてね。状況の説明とか。頭のおかしい人とか思われなくなかったし。それにほとんど仕事で部屋にいなかったし、帰ったら風呂入ってビール飲んで、ちょっとテレビ視て寝るだけ、みたいなもんだったしね。
状況が変わったのは本当に忙しくて、くたくたに疲れて部屋に帰った日のことだった。一日中、揚げ物調理しまくってたせいで身体が油でギトギト。使い捨てのボディタオルで身体拭いたら、タオルが黄金色に染まるくらい。
もうあかんって帰ってすぐバスタブにお湯張って、風呂につかったんだ。頭まで湯に突っ込んでみたら、お湯に油膜張ってた。どんだけ油まみれなんだよ、ってしばらくまったりしてたわけ。
それでついつい、ウトウトしちゃって。危ないよね。暖かいお湯に急につかると血圧が急激に下がって気を失っちゃうことがあるってやつ。風呂で溺死する人って結構多いらしい。それ知っててもダメだよね。眠気に勝てずにそのまま寝ちゃったんだ。
その瞬間だよ。ものすごい音が風呂場に響いたの。まさに爆音。
顔が半分、お湯につかってぶくぶく言ってる時にね。トイレの蓋がまるで破裂したみたいに、豪快に鳴ったの。そのおかげだよ。はっ、と意識を取り戻したんだ。溺れかけがすんでのところで助かったわけ。なんでそんな音がしたのか、なんて細かいことは考えなかったよ。大体、見当付いたし。
その日からはビールは必ず二缶開けたよ。一本は僕を助けてくれた「誰か」の分。何といっても命の恩人・・・恩人はおかしいか。恩霊?その日からはおかしなことが起きなくなって、おかけで無事に日程を消化することができました。
まぁ、このくらいかな。僕の体験談ってのは。振り返ってみても、あんまり怖くないよね。我ながらそう思うよ。ただ、ね。最近ちょっと思うことがあるんだよね。
初めて行った廃ホテルのジンクス。あれはさ、男には女の、女には男の霊が取り憑いて、嫉妬からカップルの関係を壊してしまうって話だったんだ。実は僕も同棲してた相手とはとうの昔に別れたし、その後も何人かの女性とお付き合いしたんだけど、中々うまくいかなくてね。それでその理由なんだけど、みんな一様にこんな風に言うんだ。
「あんた、他に女いるでしょ?」
「わたし以外に好きな人いるんでしょ?」
「前の女が忘れられないんでしょ?」
全然、身に覚えが無いんだけどね。みんな何を見てたんだろう。僕には浮気性の気なんてまったく、毛ほどにもないんだけど。それで思い当たったんだ。
まだ、後ろにいるのか――ってね。
そうして今に至る疑問。僕が急に小説を書き始めたのはなんでだろう?
ひょっとしたら、彼女がこの話を書かせたかったからなんじゃないか?
もし、そうだとしたら、今こうしてキーボードを叩いている僕の背後で、彼女はそっとほくそ笑んでいるに違いないよ。
怖くない心霊体験談の書き方 雨音深 @syun5150
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