第20話
「起きろっつてん、でしょうが!!」
浅間悟の部屋に怒声が響く。そしてその叫び以上の衝撃が彼の腹部を襲う。
「はがっ! ウフゥッエ!?」
名状しがたい悲鳴を上げながら彼は目覚めた。
「はぁ、はぁっ……ナニすんだ、澪」
悟のベッドのすぐ傍には学生服を着た少女がいた。
歳相応にメリハリのあるしなやかな身体つき。肩にかかるセミロングの髪は
「何度揺さぶっても、起きないからでしょうがっ! バカ兄貴!」
「だからといって、それは寝ている唯一人の兄に
「ああぁっ!?」
敵意一色に染まった彼女の双眸が悟を射抜いた。
「……うん。毎朝起こしてくれてありがとな。おはよう澪」
「……うん。おはよう。早くして。そろそろご飯だから」
「わかった」
寝起きの悪い悟の部屋で毎朝繰り広げられるやり取りだ。悟は時計を見ていつもより遅い起床に気づくと慌てて寝巻きを脱ぎ始めた。
「って、わあああぁっ!」
「そばっ、とぉ!?」
寝巻きを脱ぎ捨てようと悟がそれを首に通し、ちょうどその姿がチューリップのようになった瞬間。澪の身体がくるりと回転。戻ってくると同時に折曲げ力を溜めていた脚が回転の力と共に解き放たれ悟の側頭部を蹴り抜いた。
澪の会心のソバットを無視界状態で受けた悟はベッドに沈む。
「バカ! ノンデリ! 死ね!」
彼女の
「……あいつ、どんどん強くなってね?」
彼女が去ってから悟はケロリと起き上がり独り言を呟く。
浅間澪はかつて他人の夢とシンクロしやすい体質(あるいは夢質か)の為、ナイトメアに襲われ、文字通り眠れぬ日々を送っていた。お陰で彼女はひどく虚弱な子供だった。悟が夢の守人になり彼女を守るようになってからは安眠できる日が増え、少しずつ健康になっていった。そして、ある日を境に彼女はその助けさえ必要としなくなった。
二次性徴を境に彼女の夢はごく一般的なものとなったのだった。ナイトメアの脅威は消え去り、身体も成長し始めた彼女は性格までもが大きく変わった。
「アレなら、読者モデルなんかじゃなくて女子格闘技の世界を狙えるぜ」
内気で引っ込み思案だった彼女はいまやティーンズ雑誌を飾る読者モデルをやっている。なかなかの人気者らしく昨日もその関係で10時過ぎの帰宅になるとのメールが来ていたくらいだ。そしておそらくさっきのソバットも護身術の一環であろう。
そう、悪夢から守ってやらないとならない浅間澪はもういないのだ。
「まったく、寝ても覚めても女にボコられるってどーゆーことだよ……?」
悟がぼやくと今度は腹部に痛みが走った。見るとお腹に3本線がうっすらと出来ているではないか。
「……にあ?」
見るとベッドの中から這い出てきた猫の姿のムウがこちらをジト目で睨んできている。家族が家にいるときは基本的にしゃべらない彼女だが、その鳴き声が非難の表れであることは疑いようもない。 彼女は鼻をフンと鳴らすとベッドから降りてそのまま部屋から出て行った。
「ハァ~、やれやれだぜ。」
悟は起き上がり着替える。カーテンから覗く朝日を眺めながらわが身の慌しさを一人笑う。起きてる時は高校生。寝ている時は夢の守人。全くもって慌しい。
「家系なのかねぇ?」
思えば浅間家は全員何かと忙しい身の上だ。だから昨日の夕飯のようなことは珍しくない。一見すると自分が一番の暇人だ。
「ま、何はともあれ飯だ、飯」
だからなのだろう、浅間家の朝食は全員集合が基本だ。ハードワーカーの両親も中学生モデルの妹も自分を待ってるはずだ。そしてそこには自分以外は正体を知らない我が家の黒猫もいるはずだ。なら、ここでぐずぐずしているわけにはいかない。
「一日の始まりは爽やかな目覚めと家族団らんに限るからな」
浅間悟は食卓へ向かう。
できればそこに自分の大切な場所に、夢に見た悪い話なんかが出てこないといいなと願いながら。
黒猫ムウと夢の守り人と 世楽 八九郎 @selark896
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