ついに話さなければならないね

 目が覚めたら夜だった。身体は戻っていない。フミはまだ眠っている。私はおなかがすいたのでごはんを食べにリビングへ向かおうとした。

「あんず、どこに行くの?」

 突然後ろから呼ばれて思わずビクッとした。

「ご、ごはんを食べに行こうと思ってさ。おなかすいて。」

「へー、でもまだ行かないでくれない?話したいことがあるから。」

「わ、わかった。」

 話ってなんだろう。なにかフミに悪いことをしてしまっただろうか。私はフミの前に座った。

「…お前は、なぜ俺がお前を猫にしたか気になっていただろう。遂に話さなければならなくなった。」

 …重い、暗い、そんな雰囲気が部屋を覆う。

「な、なによそんなに改まって。」

「大事なことだ。」

 何から話そう。お前は、何年か前まで笑顔が絶えない小さな女の子だったな。なのに、少し経って笑わなくなってしまった。常に泣くか暗い表情をしていた。最初は今日なにか悪いことがあったんだろう、と思っていたが違うと確信した。何でかわかるか?お前が学校に行かなくなったからだ。不登校だったわけじゃないが、学校を休む度にがむしゃらにノートに書き、ひたすら泣いていたな。なんとなくだが、学校が苦しいものになっているんだろう、とわかった。学校がどうお前を苦しめているのか、とずっと気になっていた。その頃お前は精神病を患い薬を貰っていたな。薬を飲んで身体に無理をさせて生きているような息苦しさをお前から感じた。

 それから半年くらい経ったお前が学校に行ってるとき、俺は身体に強い稲妻が走ったような衝撃を受けた。特に見た目に変化があったわけではない。なにがあったかって?俺は人の言葉がわかるようになったんだ。そしてお前の机に置いてあった日記を見た。クラスでも学年でも部活でもいじめられて居場所がないこと。先生に助けを求めても何一つ変わらない、それどころか悪化していく一方であること。それでもこの先の未来を信じて耐え続けてい ること。でもそろそろ限界なこと。それ以外にもお前の色々な苦しみが書いてあった。お前は、俺の想像の何千倍の苦しみを抱えていた。あまりに大きなもの過ぎて、お前が今日にでもいなくなってしまうような気がしてならなかった。

 その日もお前は悲しそうな顔をして帰ってきた。

「おい、大丈夫か?」

 散々呼びかけたさ。でもお前はまたいつもみたいに悲しそうに笑って頭を撫でてきた。俺がお前の言葉を分かってもお前はわからないらしい。そう知って俺はどうすればいいのかわからなくなった。でも俺はお前が笑っているところが見たかった。だからお前の近くにいてお前の苦しみを少しでも紛らわしてやりたかった。所詮ペットとして飼われている猫だからな。癒し効果、みたいなものをお前に与えてあげたかったんだ。

 それから何年か経って、お前は高校生になったな。高校生になった途端お前は昔みたいによく笑うようになった。お母さんとの話を聞いていて、学校生活が楽しくて仕方ないことがわかった。凄く楽しそうに友達の話や学校の話、部活の話をしていて俺はとっても嬉しかったし、安心したんだ。

 なのにお前が2年になって少ししたら、またお前は笑わなくなってしまった。学校の友達と休みの日に遊びに行く様子を見て、学校全体のせいではないことがわかった。そしてお前は少し前に部活であった辛いことを話してくれたな。でも、1週間前からお前は話してくれてないだろう?どうか、俺に話してくれないか。

 私は涙を流すことも笑うこともせずただ固まっていた。

「そ、そうなんだ…。でも、話して何になるの?」

「さっきも言っただろ、俺はお前の笑っているところを見ていたいんだ。話せば多少気が楽になるだろ。」

「わ、わかったよ…。」


 私はフミに話してないことを話した。つい最近の出来事なのだけれど、バタバタしていて話す暇もなかった。


「なぁ、あんず。」

 話し終わって少ししてフミが口を開いた。

「これから話すことは本当のことだ。信じられなくても聞いてくれ。」


 俺はもう長くない。明日、死ぬだろう。俺が死ぬまでにお前に元気を与えたかった。ただそれだけの理由で猫にした。パニックになっただろう?すまない。話をして、お前がまた笑えるようになれば俺は最高に嬉しい。俺が人間の言葉を理解できるようになって、お前の精神状態もわかるようになっ た。お前は周りを信じられなくなってしまったんだな。あの日から、周りには味方なんていない。そう思うようになってしまったんだな。長い年月を経て、お前は味方がいないって事を考えるのが癖になってしまったんだな。お前は中学時代、過酷な練習にも耐え、先輩や先生からの理不尽が混じった説教に耐え、同期だけでなく先輩や後輩からのいじめにも耐えた。そして2年と3年の時、お前は全国大会に出てあまりに大きすぎる達成感に溺れてしまった。中学3年間耐えられたんだから、なんでもできる。そう思って高校に進学したんだな。なんでもできる、というのはお前が苦しみを耐えられるようになったわけじゃない。苦しいものは絶対苦しいままなんだ。耐えることは身体に傷を残さないこと。そう思ってるのかもしれない。そう考えたら、お前は中学時代耐えられなかったことになるのか? お前の左腕。忘れられてないだろ?身体に入れたとき確かに痛かったんだろ。身体的苦痛であまり泣かないお前でも血と共にシーツに染みを作ったんだから。 あの血、覚えているか?覚えていろ、なんて言わないが。あまりに綺麗な赤だったな。お前はあの行為を自分に罰を与えるため、と思ってやったのかわからないが、その血はあまりにも純粋なお前の心の涙に見えた。本当は悪くないのに周りにお前が悪い、お前のせいで、なんて言われ続けてお前自身も自分が悪いんだって思った方が少しでも楽になれると思ったんだろうな。あの時流れた真っ赤な血は 私は悪くない! って言う最後の抵抗だったのかもな。今でもその抵抗は心の奥で怯えている。心の深くまで自己嫌悪に侵されることに対しての怯えだ。身体は侵されてしまったから、心のほんの僅か、小さな小さな隠れ場で息を潜めて今でもお前の助けを待っている。まだわからないか?お前は何も悪くないじゃないか。高校の部活で再び起きてしまったいじめのことも何ひとつお前は悪くない。言い返してやれ。辛かったら逃げるんだ。お前ならできる。大丈夫だ。誰かが昔お前に言ったよな。

 お前が大丈夫だよ、って笑って手を差し伸べてくれる夢を見た。それは正夢だった。その笑顔はどこか悲しそうで、どこか苦しそうだった。だから俺はお前が本当に幸せな笑顔を見せてくれるまでお前を愛し続ける。

 誰の言葉か、わかるか?


 その言葉に私は何も答えられなかった。 だってその言葉は私が中3の時、親にも黙って付き合っていた、私が今まで生きてきて1番愛してしまった人の、私への愛のことばだったから…。

「ゆ、優…くんの、こと、ば…。なん…で…?」

「付き合ってた頃俺には秘密の力がある、と言っただろう。それがこれさ。なに、フミの意思を奪ったわけではない。フミの無意識が俺に問いかけたんだ。『あんずを助けたいんだ。不本意だが、お前しか頼れる相手はいなそうだ。』ってな。」

「待ってよ…!それならなんで私の腕のこと知ってるの!?あなたに言った覚えはないわ!」

「便利な事だが、フミの記憶が一時的に俺の記憶にインプットされる。フミは昔からお前に凄く懐いているだろう。お前がした時も、フミは部屋のどこかで見ていたんだな。」

「最低よ!」

「なにが?」

「全部よ!納得いかないことばかりだわ!フミが明日死ぬって言うのは!?あなたのデタラメなんでしょう!?」

「あんず…。優さんをそんなに責めないであげてくれ。」

「え、フミ…?」

「俺の無意識は優さんに頼んで人間の言葉が理解できるようになった。その

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