第4話

夏を越えた。

あの公式戦から1か月後、三年生はとうとう最後の公式戦を迎えていて。惜しくも二回戦敗退。これが俺たちの高校の成績だった。

代が変わり、部長は新しい部長へと引き継がれ、先輩たちは引退した。

夏休みに入ると体育館は灼熱の地獄へと変わり、俺たちを蝕んでいく。暑い。これしか言えないなんて日ばっかりだった。


そんな夏休みを越えて、新学期、二学期が始まる。

一年生たちはある程度仲良くなった方で、まああの長い期間毎日会っていれば何かと団結してくるもので。こういうの、いいよな。

「ほーれ、和也。部活だ部活」

始業式が終わって、いつも通り安藤が俺に声をかける。

おう、とだけ安藤に向かって言うと俺は机の横にぶら下げていたリュックサックを手に取るとイスから立ち上がってリュックを背負った。


「そういや和也知ってたか」

「なにが」

安藤は隣でんー、と唸った後、前に向いていた視線をわざわざ俺に向けなおして、ちょっと真剣な顔になる。

「渡辺。いただろあいつ」

渡辺。一年でたぶんそこそこ上手い。明るくてよく輪の中心にいるような、そんでいてちょっとチャラい感じの。クラスの中心にいるような奴だ。

バスケにも詳しくて俺もよく話をしていた。盛り上がったなー。

「辞めるって」

回想にふけっていた俺は安藤の言葉を理解するのに少し時間が必要だった。かみ砕いて、理解して、出てきた言葉は、

「は?」

聞き返すことしかできなかった。


「まじでいってんのかよ」

安藤の言葉を聞いた俺は真っ先に1年5組へと向かう。渡辺のクラスだ。

入ってすぐにあいつを見つけた。

いつも通りのリュックにいつも通りの顔。そこにいたのは紛れもなくいつも通りのあいつで。

「渡辺」

「お、和也。どうしたよ」

そう言って笑う姿ですらいつも通りで。

「お前、辞めんの」

ただ俺は、信じたくなかったんだ。

渡辺は察したかのように「あー」と言って苦笑いを浮かべると、俺とその後ろにいた安藤を連れ出して東階段のロータリーまで連れてきた。

東階段は下駄箱から遠く、この時間に通る人はほとんどいない。

渡辺は周りを二回確認すると、今まで苦笑いを浮かべていた顔を真剣な顔へと変えた。


「辞めようと思ってる」

いつも通りの声。なのに言葉は全然いつも通りじゃなくて。でも、渡辺の表情が冗談ではないことを物語っていて。

「…なんで」

情けないくらいに声が震えた。

渡辺は紛れもなく一年の中の中心で。それは俺も、渡辺もわかってると思ってた。夏休みだってみんなと楽しそうにバスケをしていて。だって。なんで。

「なんていうか、お前らのせいじゃねえよ。ただ、あそこじゃ俺はきっとこれ以上はうまくなれねえから」

悲しそうな顔をしていた。あきらめたような顔をしていた。

「だから、もう辞めたいんだ。苦しいんだよ、自分の限界を感じ続けてバスケをしてるのが」

ああ。だめだ。何も言えない。

それだけ話すと渡辺はまたあの苦笑いを浮かべて自分の教室へ戻ろうとした。

誰かがいなくなる。そんなのダメなんだよ。止めなきゃ。俺が止めなきゃ。どうやって止めるんだよ。わかんねえよ。でも、でもここでためらってたら、あいつはきっと。


「渡辺!」

もう呼ぶしかなかった。何が何だかわからない頭で俺はただあいつの名前を呼んだ。


足を止めた渡辺は俺の方を向いた。俺も渡辺の方を向いた。途中で見えた安藤は何とも言えない顔をしていた。そんなことは気にも留めてられなくて、俺はただ渡辺を見ていた。

「……辞めんなよ」

口から出てきたのは、やっぱりこれで。

「……お前がいないと、バスケ部は成り立たねえんだよ。苦しくて辛くて辞めたくなるのは、確かにあるし。…俺にだってある。でも、それ以上にあのメンツでやるのが、みんなでバスケしてるのが俺は好きだよ。それは、お前も一緒じゃなきゃ俺は嫌だ」

それを聞くと渡辺は顔をゆがめて。俺もなんだか泣きそうになって。安藤は俯いていて。静寂が俺たちを包んだ。


静寂を打ち切ったのはやっぱり渡辺で、ただ小さい、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ごめん」と言った。


渡辺の頬が濡れていたのを、俺は見逃せなかった。



わかってた。あいつはそんな軽い気持ちで決心するような奴じゃないって。何日も考えた末での結末で。それでもやっぱり、だからってはいそうですか辞めてください、なんてなれなくて。


11人のバスケ部は10人になった。



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僕らマージナル ナツコ @hayh09162805

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