第6話 Bパート 「冬将軍」

徐々に下のフロアに人が集まり、アーティストグループも楽器に手を触れゆっくりと音楽を奏でる。




それを2階のバーの席から見下ろす。


座っていると、リュウコが戻ってきた。


「待たせたかしら?」


持っていた2つのグラスとボトルをテーブルに置いて、リュウコは向かいの空席に、座る。


「いいや、別に。それにここは退屈しないからね」


開けたてのボトルに入った飲料水を2つのグラスに、均等に注いだ。


「そういう感想は初めてかも、ありがとう」


パッと電脳に浮かんだ言葉で、リュウコは意外と喜んでくれた。


そしてドリンクを注いでくれた。


「マキナは子供の頃に、事故に巻き込まれたでしょ?」


「あの銃撃戦か、あれが初めての・・・過剰正当防衛よ」


「貴女の姿を見るのは病室にいたころ以来ね、私も入院していたの、覚えてる?」


彼女の唐突の言葉に、自分の過去の記憶を遡り始めた。


グラスのドリンクを少しだけ飲んで、テーブルに置いた。


「ごめんなさい、包帯から解かれて可愛らしくなってるのを見て、つい」




入院していた時は、残っていた体や神経が義体に馴染んだと診断されるまで、全身に包帯を帯びていた。


包帯の闇の中にずっといたわけじゃなく、


電脳に組み込まれたコンピューターから視覚に映し出し、ネットの広大な世界を行ったり来たり、そんな日々だった。


ネットに飽きつつあった頃には徐々に義体が馴染んできて、視界は包帯で塞がれつつあったがぼんやりとは見えていてゆっくりとは歩けた。


その頃は家族や看護師、母の友人である義体の技師たちと口を利いていた。


だが包帯をまだ巻いている頃に、1人の少女と話をしていた。


電脳が夜の時刻を現しても、彼女の優しさのある声色が聴こえていた。


包帯越しから見た彼女の姿は、長めの髪と頭部から左目に掛けての包帯、それに身長は同じほどだとしか、はっきりとは覚えていない。


包帯がとれた頃にはその少女は先に退院していていなかった。


でも今なら判る気がする。その少女のこと。


「・・・もしかてあの時、同じ病室にいた?」


「覚えていてくれたの!?」


思い出して見ると、あの少女とリュウコの話し方がかなり似ていたし、


声も、あの時ぼんやりと見えていた仕草にも。


「突然何をと思ったけど、そうだったんだね。すぐ思い出せなくてごめんなさい」


「こっちこそ、あの時自己紹介し忘れてた私も悪かったわ」


グラスにドリンクを注ぎ、


「こうして再会できたんだし、乾杯しない?」


「いいねー、しよう」


乾杯するためにお互いが自らの前にあるグラスを持った。




下のフロアから妙な音がした。


銃声のような音が1発2発し、同時に何やら異常な冷気が漂い始めた。


ガラスフェンスから覗くと、武装した輩が6人ほどぞろぞろと入ってくるのが見えた。強盗か!?


警備員らは強盗に銃撃戦を仕掛け始めた。


強盗グループのの1人はエネルギー放射器と頑丈な防具で武装していた。


乱射し辺りを所々凍らしている。


放射器の後部にあるエネルギータンクはもくもくとした、ドライアイスのような白い気体覆われて全体まではよく見えないが、


あの武器の元となった火炎放射器とやらを考えればあのエネルギータンクが弱点なはず。


まず強盗を撃退するにせよ、リュウコや他の人々の安全を確保しなくては。


「リュウコは安全なところへ避難して」


姿勢を低くしつつ、密かな声で促した。


「私も戦う、ここは私の店なんだから!」


テーブルの下に伏せながら、左腕の袖の裏から拳銃を取り出して安全装置を下げた。


「正気か!?」


一瞬の驚きを隠せなかった。


「正気よ!」


「判った。私が1階に飛び込んで注意を引き付けるから、2階から援護して、いい?」


彼女に怪我でもあったら私が困るが、リュウコの表情からして2回も逃げろと行っても聞かなそうだ。


援護なら戦うことになるだろうし。


「・・・判ったわ」


自分の拳銃をコートの懐から取り出して、立ち上がった。


「先に警察に通報して」




リュウコにそう言って、光学迷彩を起動させてからフェンスの手すりに駆け上がり1階にいる強盗の1人の頭上から踏みつけて着足した。


他の強盗は、他の警備員と銃撃戦をしている。


気絶した強盗のうめき声がすると、エネルギー兵器を持った凍結主がこちらを振り向き、冷気を発射した。


反射的に左へ滑って回避したが、それでも寒気は感じた。


こいつときたら厚手のジャンパーをしている。


しかもおまけに防弾マスクとヘルメットも装備してるときた。


仕返しに拳銃を4発5発と胴体や頭に目掛けてに発砲しつつも、


被弾した反動でよろけるが、ジャンパーに仕込んである防弾ベストが露になった。


「後ろにもいるぞ!」


標準を追いつつ、凍結主が仲間に叫ぶ。


目出し帽の2人が突先に振り向くが、片方が振り向いたときに頭を撃ち抜かれる。隙を突かれたのだろう。


気を盗られていたもう片方の強盗を、引き金を引いて眉間を撃った。


エネルギー放射器の銃口が再びこちらに向いた。


「よくもやってくれたな!」


凍結主が怒鳴ると共にビームが噴射される。


回避するが、凍結主が執拗に標準追っている。


凍結主の防弾ヘルメットの隙間から、瞳の中で赤い光が点滅していたのが見えた。


「こっちよ!デカブツ!」


上の階からリュウコがデザートイーグルで掩護射撃してくれた。


凍結主の防弾着にはいくつかの傷が付く。


どうやらオーグメンテーションを施しているようだ。


電脳をハッキングしてなんとか鎮圧に持っていけるだろうか。


凍結主が再びエネルギーを放射してきた。


それを反射的に避け、凍結主の背後へと回り込んで足元にあったガラス片を素早く手に取り、凍結主の後頭部を引き裂く。


羽交い締めしつつ露になった後頭部の挿入口へ、腕からプラグを取り出して挿入口にプラグを押込み電脳へハッキングを試みる。


凍結主の抵抗力を押さえつけながらプラグが取れないように飼い慣らす。


視界に羽交い締めした相手の電脳にあるデータがキューブとなって半透明に現れた。


データ群の中の神経コントロールを突いて電子ウィルスを送る。


このウィルスは、脳核によって制御されている義体を乗っ取ることができる。


コマンドプロントが起動し、文字の群れが上から下へ流れて行く。


凍結主はうめき声を上げ続ける。


早速、自動的にハッキングが行われて、バチバチと火花が凍結主の両肩からほんの少しの煙とともに生じ、身体中が硬直したかのようにじたばたしなくなった...。


外からサイレンの音がする。


「残念だったな強盗ども、こうなるとは思わなかっただろう?」


凍結主を羽交い締めしながら強盗の仲間に問う。


「クソッ・・・」


強盗の一人がマスクの裏から苦い顔を浮かばせがら呟く。


 その時、フロアに物が転がり落ちてきたような音がし、


物から一瞬発火して白い煙幕がじわじわと出てきた。


 物が転がってきたのはスモークグレネードが展開されたのだろう。


「警察だ!」


声がして、煙幕の向こう側から人影と赤い光が迫ってくる。


煙幕が薄まると、包囲するかの如く銃を構えこちらに狙いを定める機動隊が姿を露にした。


 機動隊員達のマシンガンに付けられた照準器から発する赤いレーザー線が四方から視界を妨げるように


眩しく照らされている。


動くなと言わんばかりに...。

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