真夏の小説ーリアルー

時計 紅兎

家の扉を叩く者

 今から語ります物語は真ごうことなき私の実体験である。


 私ことTにとって人ならざるもの幽霊という存在は疑うことのない存在です。その様になった元凶は母親の存在であります。

 この母親、非常に厄介な体質でして基本的に人ならざるものと生きた人間の見分けがついていないことが多いのです。だから誰もいないところを見ながら「危ないわね」と言ったり、他の人が認識していない人に話しかけることがあったほどです。


 その中でも印象深い話は病院でのこと――持病のある私は定期的に通院治療を受けており、その際に母は待合いで一人読書などをしながらいつも待っていたのですがその日、治療を終え待合いに戻ると母は訝しげな顔をしていました。

 何事かと問いかけると「子供が泣き続けてて煩かったのよ」と言うのです。

 もちろんそこは病院、子供もいます。けれど、母曰く廊下で一時間程ずっと泣き続けていた様です。けれど私が来るとピタリとその泣き声は聞こえないくなったと……

「普段なら看護婦さんが見に行ったりするのに誰も見向きしなかったし、親の様な人も現れなくて煩かったわ」と、付け加える様に説明してくるのです。私はその言葉で少し納得しました。“またか”と。


 そう、そんな子供は現実には存在せず、その泣き声は母にしか聞こえていなかったのです。


 その証拠という様にその帰り道に母は何度も距離をあけて歩いていた私に対して「服ひっぱらないでって言ってるでしょ?!」と怒ったり、「足を踏まれた!」と騒いでいました。

 また他のときにはこんなこともありまして、あれは阪神大震災の起きた1月17日の夜のこと。震災から20年程経っても未だに震災で倒壊した家の敷地を空地として置いたままの家もあり、その一件でのことです。

 塀しか残されていない空地の玄関部分に真っ黒なスーツの男性がジッと立っていました。私はその土地の遺族なのだと思いながら通り過ぎましたが、少し離れてから母が不意に立ち止まり振り返ってこう尋ねてきました。


「ねぇ。今の人は生きてる人?」


 私は振り返って確認することもなく「そうなんじゃない?」と返事をしました。けれどそのあと振り返ると、あまりに典型的ではありましたがその人には足がなく、それでも佇んでいたのです。


 その様に母といると心霊現象に巻き込まれることが多々あり、怖い思いをしてきましたが一番恐ろしかったのはアノことだと思います――


 数年前の丁度桜が散り終えた頃でした。母が脳卒中で唐突に倒れたのです。手術は成功しましたが三日程意識が戻らず、戻った後もまともな会話が成立する状態ではありませんでした。

 当時の私は腰とまではいかずともとても髪が長く癖毛で、父も坊主に近い程短く癖毛の髪。最初の違和感はリビングのテーブルでした。綺麗に拭いた後のそのテーブルの上にボブヘアくらいの長さの髪の毛が落ちていたのです。そう、我が家でそんな髪の長さをしているのは母だけ。

 けれどたかが髪の毛。昨日まで居た家なのですから落ちてても不思議はないと思いました。でも次の日、食器を洗っていると何故か食器用スポンジに髪の毛が刺さっているのです。癖一つない黒髪が。これも気のせいだと思うことにしました。したのですが、極めつけという様に炊き立ての米の中にまで髪の毛が混入していたのです。まるで自分もここにいることを訴える様に。その後意識が戻るまでその母の髪の毛はチャンネルリモコンや洗い終わった食器、本の隙間などに挟まっていました。


 そして意識が戻った後は会話が成り立たずただただ「帰る!帰る!」と子供の様に喚いていた母だったのですが、その意思だけが抜け出したのか両手で叩き付ける様に“バンッ!”と玄関扉が音をたて揺れることが何度もあり、私はこの世にはただ幽霊と呼ばれる存在だけではなく生霊というものも確かに存在するのだと思い知らされたのです。


 他人からすればそんなに怖いことではないかもしれませんが、私にとってはこの経験が何よりも恐怖でした。

 なんせ、無意識に親に呪われたのですから。あのまま意識が正常に戻らず生霊が家の中に入ってきていたらと考えると……

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