第3話
少しだけ、昔の事を思い出していた。
小学生の頃、母親が風邪で2、3日寝込んだことがあった。
母親は自分で何でもこなそうと頑張りすぎる性格で兎に角自分を責める事が多かった。
父親はそんな、母親をいつも元気付けフォローしていた。
この時もそうだった。仕事で疲れているだろうに、俺を連れて買い物に行き「一緒に美味しいご飯を作って母さんを元気にしてあげよう!」
そう言って俺の事も元気付けてくれた。
家に帰ると俺は母親にご飯を作るからと伝えて台所に向かった。
ご飯が出来ると家族三人で食卓を囲んだ。
「これは、トオルが切った人参だな。これは、トオルが味噌を溶かしてくれたんだぞ!」
父親は母親にそんなことを笑顔で自慢気に話していた。
母親も少し元気が出てきたのか、ホッとした表情で話を聴き、俺の頭を撫でてくれた。
俺は父親とハイタッチをして喜んだ。
どこにでもある普通の光景かもしれない、何てことのない一瞬。
俺には眩しくて子供ながらに感動したのを覚えている。
それから、程なくして母親は入院、癌だと診断され、それから更に1年後病院のベッドの上で息を引き取った。
まるで、寝ているかのような表情で。
その後の事はあまり覚えていない。
一つだけ覚えているのは、棺の中にいる母親が冷たかった事。
あまりにも冷たくて、信じて貰えないかもそれないが、今でもリアルに覚えている。
自分の手までも凍ってしまうのではと、思うほど冷たくなっていた。
その時にやっと母親の死を認識出来たと思う。
それからは、さっき話した通りだ。
父親が母親の死をカナシミに売った。
言葉が追い付かない程の怒りと悲しみに支配された俺は、それ以来父親とまともに会話をしたことは無かった。
高校を卒業した俺は、実家から遠い大学に通った。
そこには母方の祖父母の家があり、そして、母親のお墓の近くでもあった。
母親の、故郷であり好きなだった場所に眠らせてあげたい。父親の意向だった。
祖父母の家に住まわせてもらい、バイトと父親からの少しの仕送りで何とか卒業出来た。
卒業後の進路にはとても悩んだ、このまま母親の近くにいるべきか、母親の元を離れ本当の意味で自立するべきか。
ギリギリまで悩んだ俺は、地元へ帰ることにした。
父親には連絡しなかった。元々仕送りは3年生までと約束していた。
進路を相談するつもりも無かった。
母親の死が売られたあの日から、一瞬たりとも父親を許したことなど無かった。
「次は、○○駅、○○駅」
車内アナウンスで我にかえった。
明日も早くから仕事だし、今日はもう寝よう。
つづく
カナシミ @maruta2014
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