第2話

「トオル。トオル!トオル起きなさい!遅刻するわよ!」

聞き覚えの、ある、声。

母の声だ。

胸に染みてくる、この優しい声。

目は直ぐに覚めた。母親はすでに死んでいる。

俺が10歳の頃だ。

最近は忘れていた。母親のいない寂しさには慣れ、流した涙の後は消え。

まるで、初めから母親など居なかったかのように、、、

「そろそろ命日だな。そっか、だから母さんの夢を見たのか。」

母親に優しくされた思い出も、厳しくされた思い出も、今となっては思い出すのも困難で、夢の中の母親も合っているのかどうか怪しくなる、、、

母親の命日は毎年一人で墓参りに行っている。

カナシミでお金が入るから花でも買って行こう。




疲れた、仕事は本当に疲れる。

精神的にも肉体的にも、それでも働かなきゃ食べていけないから仕方がない。

カナシミで一攫千金!なのてのもあるみたいだが、現実離れし過ぎている。

カナシミで大金を手にいれる!何て、一体どれ程の思いが詰まっていることやら、兎に角カナシミで食っていこう何て考えないことだな!


午後8時、振り込まれる時間だ。

携帯が鳴る、カナシミからの振り込み完了メールだ。

今回は、3500円。意外と貰えた。

俺のカナシサだと、大体この位が普通。

小遣い稼ぎ程度だからこの額でも充分満足だ。

とは言え、不思議なものだ。

自らのカナシサを売り物にするなんて、大体売れるなんて、冷静になると訳がわからない。

カナシミ自体は俺が生まれる前から存在していたらしく、俺にとっては当たり前。

違和感も抱かなくなる程、人々の生活に溶け込んでいる。

そんなことを考えながら花屋で花を買い家路に着いた。明日は母親の命日だ。



夏も終わりがけだが、やはりお昼時は暑い。

額に汗をかきながら、母親のお墓の前へとたどり着いた。

母親のお墓は、都内から電車で2時間ほど離れた小さな村にある。

都会があれほどまでに機械化しているなかで、古きよき日本を残している数少ない場所だ。

墓参りも何度も来ているから手順は覚えてしまった。


母との久し振りの再会を終えた俺は帰り支度を済ませ、帰ろうとした。

「?」

見覚えのある男が少し離れた所にいる。

普段なら気にも留めなが、今日は特別気になったのだ。

俺は男の近くへと向かった。

そこにいたのは、昨日会ったカナシミの査定員だったのだ。

査定員の側には、泣きじゃくる男の子と父親らしき男性がいた。

恐らく、、、恐らくだ。

母親が死んだのだ。

程なくして査定員は荷物をまとめて立ち去った、残された二人はただただ立ちすくみ涙を流していた…



「トオル、、、母さんな、、、もう戻ってこないんだ。これからは、父さんと二人で生きていくんだぞ。」

父親は泣き崩れそうな顔で泣きそうな声で震える手で、俺の事を守ろうと必死だった。

俺に悲しい思いをさせないようにと、必死に、必死に堪えていた、それから父親は仕事に明け暮れ、今となっては疎遠になってしまった。

生きているとは思うが、連絡を取ることはなかった。


母親の存在はとても大きく、家族の中心だった。

芯の無くなった棒は簡単に倒れてしまい、立て直すことも困難、最初こそ立て直そうとしたが、それも徐々にしなくなった。


立て直そうとしなくなった理由は、父親が母親の死をカナシミに売ったからである。

それが、カナシミを、初めて使った時の事だ。

家に帰るとスーツを着た男がいた、男は父親と何やら話していた、父親に手招きされ近づくと、母親の友人だ。線香をあげに来てくれたんだ。そして、母親の話を聞かせてあげて欲しいと言われた。

俺は久しぶりに沢山母親の事を思いだしながら話した。話して、話して、気が付くと涙が溢れていた。

涙に気が付くと今度は、息が苦しくなった。

閉じ込めていたものが、隠してきたものが、一気に溢れだしたのだ。

止められず、止めようともせず、延々と流れ出る水の様に母親の事を話し続けた。

俺が少し落ち着いた所で、スーツの男は立ち上がり、父親と一緒に玄関の方へと歩いていった。

「確かに頂戴致しました。只今のお話は録音させて頂きましたので、これより査定に入らせて頂きます。査定完了後、お振り込みになりますが、川井クニオ様は『準ソロスト』になりますので、3%の税金を差し引いた額が、翌日の午後8時に指定のお口座へ振り込まれます。」

そういうと、男は帰って行った。

父親は俺を抱き締めると。

「ごめんな、ごめんな。」と何度も謝っていた。

その言葉の意味を知るのは随分後になってからだった。


つづく

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