第5話 主への祈り・狂気の誓い

「(あれからどれぐらい経っただろう。とても昔の事の様に思える――)」


「(ずっと私を見てくれてた、素敵な家族、友達――ご近所のパン屋さんに、アイスクリーム屋さん。お向かいのちょっとおめかしした年上のお姉さんに、いつも郵便を運んでくれる郵便屋さんや教会の牧師様。)」


「(みんなに囲まれて、私はすごく幸せだったのを覚えてる。)」



 悲劇の少女が生まれる以前に起きた大災害と数多の抗争。

 この地球ほしは逞しく、何度滅亡に瀕しながらも再生を遂げる。

 すでに、幾度目か数えられぬぐらいの再生の歴史の中――希望と絶望が無限に生まれては消える。

 その絶望の中の一つ――だが彼女にしてみればそれが全て。

 幸せであったはずの暮らしが、恐怖と絶望へと一瞬で叩き落された。



「(私の目の前には絶叫と血臭、逃げ惑う人々。次々と根絶やしにされる見ず知らずの人達。)」


「(子供ながらに理解したのも覚えてる――ああ、これが地獄なのだと――)」



 この地球ほしで起きた無数の絶望は、その殆どが救いも無く歴史の闇へ無情にも消えて行く。

 多くの命が苦しみの中でもがき悲しみ、やがてその命の灯火ともしびを消す。

 それでも世界にはそのたった一つの命を守るために、他を省みず――己が命を賭して戦う者がいて……そして救われる者もいる。



 「(何かが違えば私は多くの人々と同じ言葉無き骸となり、この世から旅立っていただろう。――けど、私には降り注いだ……希望の光が――)」



 魔族とは存在が常に闇へと傾きやすく、人類との共存は極めて難しいとされた。

 それは魔族の文化を維持する高位魔族達にとっても周知の事実――故に彼ら魔族の中でも魔王と呼称される最上位存在は、種を存続させるため試行錯誤を繰り返した。


 導かれた手段――蒼き大地地球を内包する太陽系内……そこへ太古より存在するいにしえのオーバーテクノロジーを用い、彼らは新たなる時代を生きる事となる。

 太陽系に於ける一惑星へ、巨大衛星に匹敵する世界を創造――そこへ移住したのだ。

 呼称される名は天楼の魔界セフィロト――それが魔族種の新天地となる。

 そして高位に位置する魔族は宇宙へ浮かぶ魔界の住人となり、下位種とされる者は光満つる世界の闇――そして歴史の闇の中、細々と生きるに至る。



「(でも何故私だけだったのか?何故多くの優しい人達は助からなかったのか?――それがずっと気になってたんだ。)」



 共存とはいつの時代、いかなる種族も常に問題なく運ぶ事は無く――軋轢あつれきによる抗争へと発展し……果ては多くの絶望へと誘われる。

 それが因果の法則であり、宇宙の普遍の法則である。

 しかし――それら法則が存在したとして……生命がそれに全て従わなければならぬ道理など無い。

 生命はその法則すらも、生きる試練とし――乗り越える事が許される存在なのだ。



「(でもあの時分かった……。私が生かされた理由を……。)」


「(主の力が与えられた時……。簡単な事だったんだ……。)」


「(撃滅すればいいんだ――全ての魔族を……。)」 


 ――ソウ……スベテノマゾクヲ――



 ――命は試練を乗り越える事を許された存在である――

 ――例え得た力が慈愛によるものであっても、――



****



「こちらサーヴェン、状況クリア!エルハンド隊長――指示を請います。」


 欧州ヨーロッパ某国――近郊に大量発生した野良魔族もあらかた方がつき最終目標を残すのみとなっていた。

 騎士隊の誇る右腕である隊員も警戒を厳とし、最後の仕上げと雑魚の様な目標をいとも容易く浄化してしまう。


「エルハンド様、この魔族で最後?」


 【神の御剣ジューダス・ブレイド】により最終目標が撃滅される状況――世界の暗部を駆け抜ける執行部隊に似つかわしくない、可愛らしい少女の声が隊長に指示を請う。


「ああ、最後だ。君もよくがんばったな。……あとは君が片を付けるんだ。」


「じゃあこれが最終試験って事?」


 可愛らしい声の主は隊長の指示に笑顔で答え、撃滅対象へ視線を移す。

 その移された視線に宿るは――狂気――

 猟奇的なまでに吊り上がる口角が、その少女をただの人ならざる者へと誘っていく。


「そういうことになるが、君はこの後少しの休暇後直に次の任務が待っている……それに支障が出る様な無茶はするなよ?」


 隊長の発したとやらに反応し――狂気が残ったまま顔を歪ませる。


「どうしても行かなきゃだめ?」


「ああ、どうしてもだ。」


「――ぅぅぅぅ……。」


 表情に狂気は残るが、やはり幼さは拭えぬ表情でむくれる少女。


「今の君にとって、必要な事が学べるはずだ。それに君にしか出来ない……極めて重要な任務だ。」


「……はぁ……。監視対象がいる少女が日本の学校初等部にいるんじゃ――仕方ないか……。」


 少女はようやく観念したのか、最後の駆逐対象である野良魔族と向き合った。

 そして再び吊り上がる口角が、底知れぬ狂気を湛えたまま――かざす二双の銀霊銃……自らの名乗りと主への祈りを叫びながら、裁きを振り下ろすため少女は駆けた。


 日の光を反射する銀の御髪に、白銀の軽甲冑――背に広げるは銀翼。

 欧州少女独特の陶磁器の白を思わせる肌。

 しかし双眸に宿るは狂気であり憎悪――それも対野良魔族に限定された裁きの祈り。


「いくよ雑魚魔族、アタシが量子のかけらも残さず撃滅してやるよっっ!」


「我が名はヴァンゼッヒ・シュビラ!この世の全ての魔族を……主の名の元に撃滅する者っっ!エイメンっっっーーー!!」



 任務を終えて暫く後――かくして少女は断罪の魔法少女となり、次の任務先である日本へ旅立つ事となる。

 そして新しい世界で、さらなる試練と戦う事となるのだった。

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