第4話 断罪の魔法少女
きっと訪れる事のないと思える暖かで――ささやかな日常は私の心を、少しづつだけど癒してくれた。
安寧の中、街を行き交う人々が絶え間なく声を掛けてくれる――光の満ちた日常。
もうそのままずっと浸り続けていたかった。
私の記憶へこびり付いた血の惨劇を――絶望的な過去を忘れさせてくれたから。
けど――だけどそれはやっぱり、
あれが再び私の眼前を浸蝕しているから――安寧の日常を無き物にしようと、暗き深淵から這い出て来たから。
何だ……結局私は幸せになってはいけないんだ。
もうよそう――くだらない妄想に逃げ込むのは。
幸せを求めてはいけないと言うなら、もういいや――あなた達を……いや、お前達を……アタシが地獄へ送り届けてやる。
――そして……思考が途絶え、狂気がアタシを支配した――
****
疾風の如く聖騎士は駆けつけた――守るべき人々が、そして守るべき少女がいるなじんだ町並へ。
「間に合ってくれ……!」
幾多の町で多発する、野良魔族を上回るSクラス――上位種と称される高位の
地球上において実質大量に増殖している個体は、種族の判別が付き難い混成生物の様な物が主に確認されているが——それを上回る高位種は確認されていない。
本来この世界に現存するとされる正しき魔族種は、古来より高度な魔族文化と知能を持ち——無用の繁殖をしない高貴なる種とされている。
高度文化を持つ魔族は可能な範囲で人類との共存を営み、量より質の高い種族社会を形成すると世界に於いて認識されていた。
吸血鬼族、獣人族——そして地球と宇宙にありし魔界の血脈を受け継ぐ夜魔族。
その他いくつかの種が確認されているが、
故に、主に仕えし執行部隊も文化を持ちえる高位魔族に対しての対魔行動の一切を禁じられていた。
その中にあって、文化を持たず無用に増殖する野良魔族——即ち世界に
結果、一種の共存が成り立っていると言えるのだ。
魔族社会にさえ疎まれる霊災——中でもSクラス相当の野良魔族は、純粋なる魔族の様な霊格を持たないとされていた。
だが――今民の安寧を脅かすそれは、純粋な高位魔族に相当する力を所持し……一体で複数の街を焦土と化す力を有す。
生命の敵である異形――その傍若なる力。
【
あまつさえ、法王庁にその刃が向けば人類の対魔族用の決め手を失う危機である。
最悪の想定を振り払いながら、聖騎士は煙の上がる地帯――魔族が居るはずの地区へ疾風の如く
そして——続く息の限り駆け……視界に捉える人々の安寧が緩やかな時を刻んでいたはずの街。
目を疑う光景——
破壊された街並みが、騎士隊長の脳裏へ更なる危機感を刻み込む。
逃げ惑う民の中……視界の端で腰を抜かし座り込む初老の男へ駆け寄り、状況を問う――が、何か様子がおかしい。
「大丈夫か!……どうした、何があった!」
その声に反応した座り込む民が、戦慄の表情で耳を疑う事態を口にした。
「——あ……あれは……天使。いや、化け物……?あの……あのお嬢ちゃんが……あ……ああ——」
「——っ!?ヴァンゼッヒか……!?」
初老の男性が震える手で指し示す方向——崩れた建物から、襲い来た異形が居るであろう場所を最大警戒のまま視認する。
そして……視界へ映るは少女ヴァンゼッヒ——
しかし騎士隊長はそれを否定する――あの様な者が、ヴァンゼッヒであるはずが無い……と。
騎士隊長の眼にしたそれ。
幼く華奢な体躯を包む、白銀の薄き軽甲冑。
背負う様に左右に伸びる銀翼と、双の手に握られる2丁の銀霊銃。
刹那——聖騎士は貫かれる感覚の中、視界に映るその戦慄の映像へ言い様の無い絶望を悟った。
「こ、れは……彼女を見つけた……あの場所——」
絶句する聖騎士——背筋に凍る電流が走る。
そう……自分が読み違えた、最も重要な事態を認識してしまった。
少女は己を襲った狂気を糧に、あらぬ覚醒を遂げていたのだ。
「——クククッ……足りない。全然足りないし!こんな物じゃないだろ!?お前達異形がした事は……!」
己が過ちに気付き立ち尽くしたエルハンドの耳に、信じ難い音が鳴り響く。
——信じ難い映像が視界をジャックする。
狂気的に……猟奇的なまでに吊り上がる口元は、それが幼き少女である現実を彼方へと吹き飛ばす。
その狂気は……銀の貫く弾丸で、すでに
撃ち抜き——
撃ち砕き——
撃ち払い——
撃ち滅ぼした。
永遠に続くかの様な弾丸の雨は、すでに神霊力に浄化され大気に散り消えたモノ——それがいたであろう大地へ、幾度となく撃ち込まれ続けた。
「——
魔族と言う異形へ向けられた底知れぬ憎悪は、幼き少女へ戦慄の狂気を呼び覚まし——
主よりの加護が満たされていたはずの
それは狂気の祈り……そこより生まれたるモノ――【断罪の魔法少女】――
その言葉が思考に浮かんだ瞬間——聖騎士エルハンドは駆け出した。
未だ狂気の高笑いを続ける少女の元へ。
「クククッ……アッハハハハハハハハハッ!」
「ヴァンゼッヒ!——ヴァンゼッヒ・シュビラ!もういい……もういいんだ!」
少女を強く抱き——
放たれ続ける霊銃に手を重ね——
ようやく少女の狂気は停止した。
それでも未だ吊り上がる狂気は、幼き少女の——幼き顔立ちを浸蝕する。
陶磁器の様な白き頰へ……鮮血の涙を伝わせながら——。
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