第4話 黒の変化

 黒い少女との対話を試みて、色々理解したことがある。

 残念ながら何者なのかまでは、あの言動から読み取ることは出来なかったが第一に、破壊が全てでは無いようだ。

 世界の破壊者とも言えるであろう力を所持してはいるが、その力を抜きにしてみれば外見通りの、いや、それ以上の幼い印象を受ける。例えるならば、言葉を覚え始めたばかりの子どもと言った所だろう。それと同じぐらいの純粋さと無自覚な部分を感じ取れた。


「……食べるか?」


「いる」


 テリエスの手から携帯食を受け取り、齧りつく少女。

 随分と大人しくなったものである。…攻撃態勢以外は動いていなかった相手に大人しいという表現は少し違和感があるが。


 対話の始めは多少肝を冷やすようなことがあったが、子どもと思って接すれば、まだやり易いものだった。言った事を忘れる子どもよりも話を聞く。その証拠が今の現状だ。

 純粋故の好奇心とでも言うのか、こちらの行動を真似るような素振りがあった為に試しに持っていた携帯食の一つを少女に渡し、もう一つを教えるように自分で食した。すると、案の定少女はそれを真似て"食事"をした。


 それと、対話を続けていると、段々と少女の言語能力が向上していく傾向にあった。徐々にではあるが意味も理解するようになっている。

 学習能力が高いというより、まるで相手を模倣して自身を最適化をしているかのように。そのお陰で少しずつ話し易くなっているのは有り難い。


「それでもう一度訊くが、君は何者なんだ?」


「ない」


 やはり駄目か。


「では名前は?」


「ない」


「何故此処で居る?」


「ない」


 自身に関しては全くと言っていいほど情報が無い。

 …まあいいか。自分たちに対する害意が無くなっただけ良しとしよう。ここまで害意が無くなったのならこの場所を離れることが出来るだろう。


「ドクター」


「ああ。今行く」


 気長に対話をしていた分、助手たちを待たせてしまったからな。

 対話で少々情が移ったのか、少女の姿をしている故に一人置いていくのは気が引けるが、そろそろ旅立つとしよう。


 テリエスは携帯食をもう何個かその場に残し、馬車へと合流する。

 黒の少女が携帯食を齧りながらその様子を見つめている中で、馬車は再び動き出した。今度は追ってくる気配も襲ってくる気配も感じない。


 離れていく少女の姿が小さくなっていく。


「これならなんとか帰れそうですね」


「アンタがアレに向かって行った時はどうなるかと思ったぜ…」


「それは心配をかけたな」


 正直自分でもよく無事だったと思うよ。だが、危険を冒しただけの価値はあったと言える。安全に戻れるということは大事な事である。

 本音を言うと、あれだけの異質な存在ならば解析データの一つくらい欲しかったものだが、それは控えておいた。


 平原の中を二頭の馬が引く馬車が走る。


 安全に戻れると言っても、あの少女の脅威から逃れただけで、テリエスたちが始めに出発した場所まではかなりの距離がある。その道のりで何があるかはまだ分からない。

 そういう理由があり、傭兵は気を緩めずに周囲を警戒している。

 馬車内では次の到着までの時間を無駄にしないようにと、調査資料を見直したり整理したりと、時間を有効活用していた。


「ふむ、濃度の高い魔粒子は他への影響が予測される。それは生物だけにあらず、か……」


「確実とまではいきませんがその可能性は考えられます。魔粒子の計測で高い数値を出した地点付近の植物には共通して枯れているものが確認できました」


 単なる偶然かもしれませんが、とその後に続く。


 土地柄という可能性も無い訳ではないが、研究する者しては「偶然」という言葉には少々同意する気になれない。

 それに、あれだけの高濃度の魔粒子ならば他に影響が出ていても不思議ではない。過去に魔粒子によって汚染されるという仮説が出回ったことがあるくらいだ。実際に正しいことを証明されたこともある。


「だが、それだと納得のいかない点が出ない訳ではない…」


 助手の話では枯れた植物を目撃したというが、それは比較的小さな植物が多い。その植物も同じではなく種類がばらけている。

 それに、魔粒子の影響だとしてもそれら全てが今回の影響によるものだとは限らない。長い期間魔粒子に晒されてきた結果という可能性だってある。即効性があるのなら我々にも影響が出ているはずだ。もしかするとあれほど濃密でも汚染度はそれほど高くないのか?


「ある程度は発生源の周囲に留まっているという考えは如何でしょう?」


「留まっている…か?」


「はい。その考えですと周囲への影響がある場合は発生源が近付いた時か、発生源から漏れ出た分だけとなりますので周りへの影響が少なくても納得できないこともありません」


 確かにそれならば説明出来ないこともない。

 そしてこの場合の発生源というのは例の少女のことなのだろうな。


 あの少女を見た後ならその考えに至っても不思議ではないか。

 あの少女の発した魔粒子のようなものは時に追従しているような動きを見せた上、放出後に離れた場所にあっても最後には少女の下にまで戻った。

 あのような性質を魔粒子が本来から持っているのか、少女だから出来たのかは分からないので判断に困る。

 だが、興味はある。


「魔粒子の性質か。今一度見直す必要が出てきたか…」


 魔粒子の性質については以前に調査をしたことがあり実験も行った。だがその時には追従は兎も角、戻るような性質を発見することは無かった。

 そもそも魔粒子という実体の無い空気のような物に対する実験法は今の文明にはそれほど多くない。簡単なものでもリトマスの要領で色の変化度合で濃度を計測したりするぐらいしかない。

 成分を調べるために空気を凝固させるといった方法もあったが、今気になっていることを調べるには向いていない。


「性質調査で思い出したのですが、どこぞの街では魔術を利用して魔粒子の研究を進めている者も居るらしいですよ?」


「魔術か…。やはりそういう手も必要となってくるのだろうか……」


 テリエスはううむと悩む。

 魔術とは魔粒子を利用することの出来る技術の一つ。御伽噺などに出てくる魔法と同じような存在。

 だが魔術は本来は失われた技術として伝わっており、一般に使える者は殆ど存在しない。ただ練習すればいいと言うものではなく、どうすれば習得出来るのかも判明していない。――のだが、殆ど存在しないだけでこの世界にも魔術を使える者は少なからず存在する。

 習得法が判明しない魔術を使えるというだけでかなり希少な存在であり、それ故に大きな街の研究機関に好待遇で迎えられているという話もある。

 それだけ魔粒子研究において魔術を使える者が居るということは大きい。


「とはいえ、魔術を使っても分からないことは分からないがな」


「それもそうですね。魔術は解析の為にあるのではありませんからね」


「魔粒子の流れを知るのには良いがな」


 魔術は魔粒子をエネルギーとして様々な効力を生むのであって、詳しく調べる際の方法ではない。

 だがまあ、好転というものは何が原因かが分からないから、全くの無駄ということはない。過去の偉大な発見であっても些細な要点から糸口を見つけたりしたらしいからな。経験しないよりは良いということだ。


「今さらですけどドクター」


「なんだね」


 雑談をしていると、もう一人の助手が何やら訪ねてきた。


「どうして馬を二頭も使ってるんですか?これくらいの馬車を引くのは一頭で十分ではないのですか?」


「本当に今さらだな」


 もうかれこれ数時間以上は乗っているのだがな…。

 加速、減速、方向転換と、二頭で引くというのは息を合わせないと出来ない。


 それで二頭の馬が引いている訳については、本音を言うと私にも分からない。

 何でもあの馬は双子だとか。……関係ないな。


「負担軽減したりしてるんでしょうかね?」


 結局自身で答えを出して一応納得したようだ。


 その後は、資料から思い付いた推論を書き留めたり、軽い議論を交えたりしながら、馬車は進んでいった。


 そんな頃に、ふと馬車の動きが止まった。

 床から揺れを感じなくなり、不思議に思ったテリエスは傭兵に問う。


「どうしたんだ? 街にはまだ時間がかかると思うのだが」


「ドクター、それが面倒事にぶつかったみたいでな」


「面倒事?」


 傭兵の言葉を確認するように馬車の前方を確認すると、少し離れた場所にこちらに向かってくる影が確認できた。

 影は馬の姿は見えるが馬車という訳ではなく、後ろに荷車のような物を引いている。数はそれほど多いとは言えないが、それでもこちらよりは断然多い。


「迷わず此方に向かっているようだな」


「多分、賊だろうな」


「君はどうするんだ?」


「数は向こうの方が上なんで、逃げの一手でも打たせて貰いましょうかね!

九十度方向転換!」


 賊とはまだ距離がある。接触される前に安全圏まで逃げ切ってしまおうという作戦のようだ。

 馬車は反対方向を向き、賊を引き離すべく再び走り出す。

 後ろに見える賊たちはそれを見て速度を上げたようだ。だが馬力の違いで段々と距離が開いていく。


「どっかに駐屯基地か何かがあってくれれば助かるんだが」


「そう上手くはいかないだろ」


「しょうがねえ。何処か近くの街にでも行くか。そこでまだ来るようなら迎撃すればいい。――後ろの誰か!地図を見て近くに街が無いか調べてくれねえか?」


「少々お待ちを」


 前からの頼みを聞き、助手の一人が壁に丸めて刺してあった地図の内の一つを広げて確認する。とはいってもそんなすぐには見つからない。

 現在地が現在地なだけあって、こんな秘境紛いの場所まで詳しい地形情報があるとは限らない。


「ありました! このまま南下していけば街があるようです!」


「南ってどっちだ!」


「反対方向です!」


「よし、反対方向か……いや駄目だろ!? 突っ込めってか!」


 街の方角は分かったが、其処へ向かうには後ろに居る賊に突撃しなければならない。流石にその択は取れない。

 どうするのかと考えていると、後ろから何かが飛んでくる。


「野郎っ!矢を放ってきやがった!」


 後ろから放たれる矢が馬車の通った跡や側面付近に突き刺さる。

 速力の違いで命中は避けられているが、相手の精度はかなり良いようだ。それ故に安心はできない。


 背後の賊が次の矢を構える。


「中々当たらんな。だがどちらにしろ速度は落ちているようだ。このまま続けろ!」


 賊の一人の合図により、さらに放たれる矢。

 無造作に放たれる矢は何一つ馬車には当たらないが、飛び越えた矢が進路妨害となる。


「危ねえな!」


 突然の進路妨害に加え、馬の疲労と思われる減速によって少しずつ速度が落ちていく。

 賊との距離が縮まっていく。


「このままでは追い付かれますね。どうしますかドクター?」


「うむ……」


 賊が迫る中、馬車の中で打開策を練るテリエスたち。

 そんな状況でテリエスは何かを予感していた。

 そしてその予感を示すように近くに出してあった器具が異常な反応を表示する。


「「「ぐああああああ!!!」」」


 突然後方から叫び声が響いた。

 声に反応して後ろを確認するとそこには、一陣の風が吹き荒れていた。


 可視化された風が賊たちを包み、巻き上げた。


「ぐはっ!」


「がっ!」


 続々と地面に叩き付けられていく賊たち。

 彼らが連れていた馬はその様子に危険を感じ、何処かへと逃げて行った。


「何なんだ急に…―――ぐあああああああ!!」


 未だに吹き荒れる黒い風の中で響く断末魔の叫び。


 その状況を傍から見ているだけのテリエスたち。

 下手に近付けば自分たちも巻き込まれると思う半面、この光景に既視感を覚えていた。


「この現象ってまさか…」


「そのまさかなのか…」


 魔粒子濃度の反応はあの時のように高く示している。

 これほど反応する魔粒子の出現、目の前で起こっている現象、そして反抗することすら出来ない黒き暴力。

 テリエスたちの脳裏には先程見た少女が過った。


 そしてそれは間違いではなく、黒い風が消えた場所にはぐったりと倒れている賊たちの姿と、例の少女の姿があった。

 少女の両腕は黒く変形しようとしていて、今にも捕食しようとしているように取れる。案の定その腕は竜の口のようになって―――


 ガリ グチャ グチャ


 血を飛ばしながら残らず賊たちを喰らっていく少女。

 その光景は一度別で見ていても慣れるものではない。こちらに害意が無いであろうことは救いであるが、この生々しい光景だけで助手の一人が少々やってしまったようだ。


 喰い終わった後の少女がこちらを見る。腕は元に戻っていた。

 そんな少女を見て、どういう訳か違和感を覚えた。


 何かが変わった気がする。


 最後に見たときからあまり時間は経ってはいないはずなのだがな……

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from ABYSS 永遠の中級者 @R0425-B1201

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