第3話 黒の接触

 ぐちゃぐちゃと音を立てながら人狼を喰らった後、二頭の黒竜はその姿を輪郭のはっきりしない漆黒へと変化すると、次の瞬間少女の腕へと姿を戻していた。


 黒竜によって荒れ果てた場所で黒の少女は、何も無かったかのように再び歩き出した。


「何だったんだ…あれは…」


「分かりません。少なくとも、件の原因があの少女にありそうなのは確かです」


 離れていく黒の少女の後ろの木陰でその様子を確認していた者が二名。テリエスの代わりに原因を調べることになった助手と傭兵のコンビだ。出来る限り息を殺していたので気付かれずに済んだようだ。


 彼らは続く戦闘の音やそれによる旋風を頼りにこの場所へと難なく辿り着いたのだが、其処で目にしたのは異常な光景だった。

 次々と滅びていく狼たちとその中で顔色一つ変えずに佇む一人の少女。

 少女からは奇妙な印象を受けたが、それよりも助手が不思議に思ったのはその滅んでいく狼たちだ。滅んだ後の死骸がその場に残るのではなく黒い何かに飲み込まれていくようだった。

 そんな現象は見たことが無い。大昔にはそのような魔術もあったのかもしれないが、今の時代にそれはありえない。それ以前に魔術とも違う気配を感じた。


 その後も度肝を抜かれるようなことが起こった。

 相手は人間以上の悪知恵があると言われている狼の変異種の人狼と残りの狼だ。それに対してあの少女は驚くことに両手を伝説上の生き物である竜のように変えて、地形諸共相手を喰らい始めた。

 その結果、人狼たちは死体すら残らずに全て喰われた。


「どうする? 俺としちゃアレと関わるのは御免なんだが」


「そうですね、あちらは気付いてはいないようですし、先にこの辺りの調査をしましょう」


 先程のことが影響したのか近づいて来る野生の気配は存在しない。

 助手は持っていた道具を取り出してこの辺りの魔粒子の計測を始めた。

 その間傭兵は念のために周辺を警戒する。


「どうだ?」


「やはり先程の少女が何らかの影響を与えているようですね」


 そう言った助手の手に掴まれている計測器具には異常な反応が示されていた。明らかに先程の戦闘の名残によるものだ。その証拠に少し離れればその反応も弱いものへと変わっていく。


「ヒト…なんだよな?」


「さあどうでしょうね。姿はヒトと同じですが、ヒトはあのようなことを出来ないでしょう?」


「そうだが……」


 二人の脳裏に過る先程の光景。

 普通のヒトはあのように腕を変化させることも出来なければ、あれだけの群れを一人で蹂躙することなど出来るはずがない。

 ならば、あれは何だったのかとなるが今は答えを出せそうにない。


 今判明していることは、あの少女の後には魔粒子が濃く残っているということ。それとあの少女には近づかない方がいいということ。

 あれに関わってはいけない。何故そう思うのかは自分でも分からないが、それだけは理解した。


「では、一応目的は達せましたので戻りましょう」


「そうだな。ついでにさっきみたいな存在のことも知らせとかないといけないからな」


 二人は調査を引き上げて待っているであろうテリエスの下へと引き上げることにした。合流する前にアレと出会って先程のようなことになってはいけないと思い、やや急ぎながら。 その光景を見られているとは気付かずに。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「只今戻りました」


「ここらには随分とやばそうなのが居るようだぜドクター」


「やばそう…とは、どういうことだ?」


 待機場所に戻って来た二人から調査結果を受け取りながら、二人から話を訊くテリエス。


 二人の話を纏めると――

 調査に向かった二人は戦闘現場に遭遇。そこには多数の狼を率いる人狼の姿があった。だが、その狼の群れは跡形も無く滅んだ。

 滅んだ原因は一人の黒い少女。その少女はヒトと呼ぶには疑わしい存在で、信じられないことに腕を別物に、それも幻想の生物の竜のように変化させて群れを一掃して喰らって行ったと。

 そして調査することにした要因はその少女にあったらしく、その少女がとある行動をした後にはその付近の魔粒子が変化するという。

 確かにこちらで計測していた物と受け取った調査結果を比べれば、魔粒子の濃度の変化が段違いである。これでその少女が絡んでいることは確定だろう。


 それにしても、魔粒子に影響を及ぼす少女か……


「私は見ていないので分からぬが、二人はその少女をどう見る? 意見を聞かせて欲しい」


「アレはヒトとは異なる種族であると考えた方が妥当だと私は思います」


「だろうな。でもそれでいいのか?新種の敵って可能性も捨てきれないんだが」


 やはり我らとは種が違うと見るか。

 二人の話を訊く限り、少女は自我があるのかどうか疑わしく、意思疎通が出来るかが分からない以上、敵でないとも断言し辛いか。


 その前に一つ気になることがある。

 仮にその少女が新たな種族だとしよう。その場合、少女はどうやってこの世に生を受けたのだ?

 ヒトと同じように生を受けたとするならば必ず親が居るはずだ。少女がヒトとは違う能力を持っているのならその親も何かしら関係するものを持っている可能性がある。だが、そんなものを持つ者が以前からこの地に居るのだとすれば、何かしらの情報が出回っていても可笑しくはない。

 持っていないのならこの地で生き続けられるはずもなく、少女が生存していられたことにも疑問が出る。

 一体、少女は何処から来たのか……


「ドクター、如何しましたか? 先程から険しい顔をしていますが」


「いや、何でもない。

さて、私としてはもう少し調査しておきたいことだが、君達のこともある。今回はこれで引き上げることにしようか」


 一通りの道具を片付けながら帰還の準備を進める。

 研究材料が目の前にあるとはいえ、ここに留まるのは危険がある。少しやり辛いが詳しい研究は戻ってからにしよう。

 そう決めて、馬車が走り出そうとしたその時―――


「なんだ!?地震か!?」


「いや、これは!」


 突然、地面が弾けて地面から何かが飛び出した。

 揺れを感じてから馬を動かした為に弾けた地点からは少しずれていた。


 飛び散る土の欠片と上がる土煙の中、しゅるしゅると長い影が蠢いている。


「巨大百足だ! 今こいつとやりあうのは面倒だ! 全員掴まってろ!」


 そう言った途端、テリエスたちの乗った馬車は急旋回をして走り出した。

 二頭の馬の息の合った走りによって速度を上げていく馬車を追うように後ろから巨大百足はこちらへと迫ってくる。そしてその姿も気付くと消えていた。


「…もう追ってこないでしょうか?」


「いや…これは…!」


「!――ブレーキ!」


 二頭の馬は少しずつスピードを緩めていく。どうやら隣に居た助手はスピードが落ちたことで感じたようだ。

 馬車はゆっくりと停止した。そして前方の地面からは消えたと思っていた巨大百足が姿を現した。消えたと思ったのは地面に潜って移動し、進行方向に先回りしていた為だった。このまま突き進んでいれば馬車の下から襲われた事だろう。


「もう一度旋回!」


 馬車は再び向きを変え、森の方向へと戻っていく。


「どうするのですか!」


「とりあえず今は距離を開ける!あわよくば他の獣にでもぶつける!」


「それが無理だったらどうするのですか!」


「そん時はそん時だ!」


 馬車は再び森を目指して猛スピードで走る。その後ろを今度は地面を這って移動する巨大百足。潜らないのは学習したとでもいうのか。


 百足は徐々に距離を詰めてきている。これは向こうが速度を上げたのではない。巨大百足は地中の方が速いとされているのだ。ならばこちらの速度が落ちていると考えるのが妥当だ。


「このままだと………!?」


 助手が前の二人に意見しようと顔を出した瞬間、何かを見て言葉に詰まったのか黙り込んだ。原因を知るためにテリエスも顔を出して前方を確認した。

 すると、彼らの前方の森の入り口に見知らぬ黒い少女の姿があった。

 空虚なイメージを受けるその少女はただ突っ立っている。何故こんなところに子どもが居るんだ、思った時、助手の様子を見て理解した。


 あの少女こそ、二人が言っていたヒトならざる者なのだと。

 その理解を裏付けるように、少女は彼らの目の前で黒を生み出した。


 景色を塗り替えるかのように、少女を中心として漆黒が溢れ、漆黒が複数の個となってその姿を形成していく。その光景はまるで先程戦っていた狼の群れのように。


『『『――――――!!』』』


「何だアレは!?」


「狼…なのか!?」


 生み出された黒い生物たちは一斉に本物と変わらぬ咆哮を上げた。

 恐怖を誘うその咆哮に怖気づいて、馬車を引いていた馬どころか追って来ていた巨大百足まで進行を止めた。

 そして動きが止まったのを見るや、その黒い生物たちはこちらに向かって一斉に駆けだした。目標はテリエスたちの馬車――かと思いきや、黒い生物たちはそれを通り過ぎて巨大百足に襲い掛かった。


「どういうことだ…?」


「俺に訊くな…」


 黒い生物たちは巨大百足を囲んで各方位から鋭い爪や牙でその身体を斬り裂き引き千切る。潜ろうとするならその身体に噛み付き引き摺りだす。

 潜ろうにも潜れず、抵抗しようとも数で圧される。

 それは一方的な蹂躙であった。


「っ、今のうちに此処を離れましょう」


「いや、それは得策じゃないだろう。

何でこちらには襲ってこないのかは分からんが、下手に動けば俺らも得物に変わるかもしれん」


 現在の馬車の位置は、黒い生物を生み出した少女と今喰い潰されようとしている巨大百足の丁度真ん中に位置している。

 この為、下手に動けばそれに反応して前後から襲撃を受けるという可能性があるのだ。それを思っての考えだろう。


 それ故に動けない状態なのだが、後ろは兎も角、正面に居る少女は先程から動く素振りをみせていない。これならば後ろだけを警戒していればいいのだろう。

 とはいえ、警戒したところで、あの数で襲撃されれば助かる確率は少ないだろうが。


「…詰んだか?」


「…どうやら此処は待つしかないようですね」


 そう結論付けて今は静かに戦いを見守ることにした。


 我々が助かるかどうかは、巨大百足を始末した後の少女の行動次第だろう。あの少女がこちらを敵と判断すれば生み出した黒い生物たちはそのままこちらに襲い掛かってくることだろう。


「ドクター、何をしているんですか、こんな時に」


「なに、下手に動けないのだろう。なら今は大人しく出来ることをするだけだ」


 そう言いながらテリエスは着々と魔粒子の計測を始めている。


 そして計測結果はテリエスの思っていた通りだった。

 あの少女が影響を与えているというのは確かに間違いではないようだ。

 魔粒子の濃度が濃くなっている。この辺りの濃度は先程計測して確認している。それよりも濃く反応があるのだ。

 あの少女、というよりあの少女が生み出す漆黒が魔粒子に影響を与えていると考えるのが妥当か。となると、あの漆黒は魔粒子を凝縮したような何かなのか?それならば少女の行動の後に濃度が変化していても不思議ではない。


 テリエスがそんな推論を考えている時、背後からドシンという大きな音が響いた。

 後ろでは案の定巨大百足が倒されており、その身体は漆黒に覆われて消滅していた。


「黒くなったと思ったら消えた…!?」


「さて、問題はこれからだ……」


 巨大百足が倒されたことにより、この場にはこちらと向こうの二組だけとなった。といってもこちらの後ろにはまだ黒い生物たちが残っているので位置的には不利である。

 さてこの後はどう出る……


 テリエスたちが前後に注意を向けていると、背後に位置していた黒い生物たちが突然煙のように姿を消した。形はないが濁って見える空気が少女の下へと戻っていく。


 此方への敵意は無いと判断すべきなのだろうか?


 敵意は無いような行動はしたが、此方に向けての視線は無くならない。

 少しでも動くと攻撃するとでも言うのだろうか?


「これどうする?」


「敵意が無いのならこのまま立ち去って良いのでしょうか?」


「さあな。もしかしたら後ろからズドンと仕留めに来るかもしれないぜ?」


「ならどうする」


 少女の意図が分からず、馬車組は悩む。

 そんな時、テリエスが馬車を降りた。


「ちょっ、ドクター!?」


「君達は待っていなさい」


 テリエスの行動に慌てだす残りのメンバーを制止して、少女の下へと歩み寄るテリエス。それに対して少女は動かない。テリエスの様子を観察しているようだ。


 危険な行動であることは承知している。相手がヒトの形をとっていると言うのなら、そこにある可能性に賭けてみることにする。


 少女がやろうと思えばテリエスを仕留められるかもしれない距離まで近づいたところで足を止める。


「君は何だ?」


 単刀直入に疑問をぶつけた。鎌をかける必要も虚偽を混ぜる必要ないだろう。下手に仕掛けて敵とみなされても困るからな。


「hア……何だ…」


 ヒトと同じように声を発することは出来るらしいが、言葉の意味を理解しているかどうかは怪しいところ。


 だが、これなら意思疎通の可能性がまだ残されているだろう―――

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