初めての梅茶漬け

水木レナ

初めての梅茶漬け

 ふわふわしている場合じゃない。

 しかし、新婚のアキオはハンドルを握る手もふわふわしがち。

 今日も遅くなるのかしら。

 うずうずして待っているミカ。落ち着かない。

 あ! あのエンジン音はアキオさんの愛車。

 ミカは停車音を待たずに玄関へ出た。


「べ、別にあなたのこと、待ってたわけじゃないんだからね!」

 怒ってるんだからねと、一応ポーズは決める。

「ま、まあ。一応帰ってきたんだし、おかえりなさいと言ってあげなくもないわよ。で、何してほしいの?」

 アキオは口元をほころばせて、今日もミカさんのツンデレ最高! 

「あー、うん。ただいま戻りました。ミカさんの愛妻弁当、今日も評判でね……」

「そんなことは聞いてないわよ! なにをしてほしいのか、と聞いてるの!」

「うん……、なにか軽いものでも食べられたらなーって……」

「なあに? お昼がヒレ肉のカレーでは重たすぎるっていうの? 二度と作ってやらないから!」

「いやあ! そんなことは……おかげで夜まで頑張れましたよ」

「そ、そう。ならいいのよ! 軽いものね、待ってなさい」

 言いながらミカは急ぎ足。

 まったく、まったく! 新婚旅行から帰ってきて間もないのに、一緒にいられる時間が短すぎる! 

「わかった! 軽けりゃいいんでしょう? 軽ければ!」

 

 ふうー。結婚するとなんで出張とか、残業が増えるのか。まるで家や妻を質にとられた格好だ。いやでも働かなくちゃ。

「あいてて。肩痛い」

 ストレスかな。


 芋虫がのたくるような速さでたどりつく。リビングはオモチャが散乱していた。

 やあ、今日もお隣のたっくんが来たようだ。はは……。

 ネクタイを緩めて、そろりと席に着く。

 ミカ……ミカー……いつもおいしい手料理弁当をありがとう。もう、寝ててもおかしくない時間なのに、クーラー効かせててくれてありがとう。実は夕飯食べなかったの、ワザとなんだ。なんか作ってもらいたくて。なんでもいいから。

 思いながら舟をこぐ。


「なによ! 寝てるんじゃないの! 寝るなら寝るで着替えてベッドに行きなさいよ」

「あ? え? いやいや。いいにおいがするからつい……食べますたべます」

「どう? これで文句ある!?」

 でんと置かれたテーブルの上。ドンブリの中、肉厚のでっかい梅干しに緑の粉がまぶされて、さあ、お湯を注いだらお茶漬けよ。軽いでしょ? どうよ!? という勢いである。

 アハッ! そうきたか。やー、独身以来だなこういうの。でもよく見るとこれ昆布茶だぞ。根昆布の粉末って結構高くつく。

「ね、ねえ。ミカさん? これ、この緑色ってもしかして……」

「実家の父が送ってきたの! 文句ある?」

「ほほう……」

 漁師と聞くミカの父親とは、こんなものまで生産しているのか。いやー……とにかく味わいたい。はらへった。

 器にうつぶせて匙を口に持っていくと、ミカが正面に座って斜めに見下ろしてきた。唇を舌で湿らせて、そわそわしている。そうか。

「ミ、ミカさんも、一緒に……どう?」

「なっ、なによ! 欲しいなんて一言も――」

「だって、そうじっと見つめられると……独りで食べてるのも悪いし」

「そう……」

「はんぶんこ、しない?」

「梅干し……」

「へ?」

「その梅干しはお義母様に教わって、初めて漬けたのよ! あ、味見してないから、ちょっとだけ……」

 ああ、そんなことが気になってたのか。

「おいしいよ?」

 と、ぱくり。

「ああっ! はんぶんこって言ったのに!」

「種ならあるよ?」

 ベロンと出す。

「小学生か!?」

 アキオ、にへっと笑った。

                

               END

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