第9話 俺は間違ってたのかな。

「オーーイ!!白石いるかーー?白石に用があるだけだから差し出せばすぐ帰りますよー!」


金髪の男が声を上げた。正門前の異様な光景を見て、星の宮の生徒達は例外なく足を止めた。


「警察呼んだ方が良くない?」


隣の桜が少し震えた声で聞いてきた。


今、桜を怯えさせている原因は、俺の身勝手な償いの結果だ。あの人に示しがつかねえよ。「人助け」で新しい不幸が生まれてたらどうしようもねえだろうが。


俺の足はひとりでに正門の方に向かっていた。


「オイ!純!行くな!10人だぞ!さすがにお前でも無理だ!」


大河のそんな言葉も俺の足を止めるには至らなかった。


「ったく、純一人に無理させられねえーよ!」


後ろから、大河が近づいてくるのが分かった。


すまない大河、高3にもなって俺の勝手な都合でまたお前の事巻き込んじまって。


「まって、二人とも!私も!」


桜、来ないでくれ。お前にこんな顔見せたくない。俺一人犠牲になって事が収まるならそれでいい。それが俺の勝手な償いへの代償なら受け入れるよ。


俺は、昨日の金髪を含む10人の前に立った。その俺の後ろに大河、さらに少し後ろに桜が立っている。


「おう、白石。昨日は世話になったな!こんだけの人数が居ればお前な・・・」

「俺一人お前らについていけばいいのか?場所を変えよう。他の生徒に迷惑だ。」


俺は金髪の言葉を遮りそう言った。


「はあ?何、平静を装ってるわけ?ホントはビビってんだ・・・」

「静かにしろって、俺が一人でお前ら10人と喧嘩すりゃいいんだろ?」

「喧嘩?違うね。リンチだ!俺らが一方的にお前をいたぶるんだよ!」

「ああ、何でもいいよ。とにかく早く場所を移そう。」


金髪は突然、大声を上げた。


「ふざけんな!!舐め腐りやがって! 」


そう言ったかと思うと、金髪は隣の男に顎で指図した。指図された男は桜の方に走り寄った。当然、大河が守ろうと、桜の下に寄ろうとしたがその大河の前に3人の男が立ちはだかった。そして、桜は一人の男に手を取られた。


「昨日はお前に女を取られたからな、今日はこっちの番だ。この女は貰ってくぞ。」


・・・・・・ふざけんな


「それとついでにそこの茶髪もボコボコにする。これってお前が悪いんだぜ。土下座して詫び入れたら、お前リンチするだけで終わらせてやろうと思ってたんだ。人助けなんて無駄なことするからこうなるんだよ!」


人助けが無駄なこと?あの人の行動も無駄だったって言いたいのか?俺の人生が無駄だって言いたいのか?見返りを求めずに人を救うことが無駄なこと?・・・・・・ふざけるな!!


俺は金髪の顔面に全力で右ストレートを叩き込み、代わりに金髪の後ろにいた男から鉄パイプで頭を殴られた、そこから先は完全にキレて記憶はほとんどない。


5.6人の男の顔面を思い切りぶん殴った事、四方から殴られたこと、大河が4人を相手取って喧嘩していた事、桜が先生に保護されていた事、桜が泣いていた事。


気づいたら警察のサイレンが聞こえていて、俺は大の字に仰向けに倒れて空を仰いでいた。空は俺の心とは正反対に清々するぐらい晴れ渡っていた。


俺は言いようのない脱力感を抱きながら、ふと横に目をやると大河が同じよう倒れていた。


「大河、大丈夫か?」

「これが、大丈夫に見えんのかよバカ純」


大河はそう言うと薄く笑った。




「なあ、大河。暴力じゃ何も解決しないんだな。」


数秒の沈黙の後、俺はそんなことを口走っていた。


「あたりめえーだろ、いまさら気づいたのかよ、バカ純」


大河は少し笑ってそう言った。


「暴力が生むのは次の暴力だけ。俺、頭の隅では分かってたんだ、何度か報復にあったこともあったしな。でも、俺は正しいと思ってた。弱者を救う為に力を振るうのは正しいと思ってたんだよ。」

「暴力振るっちまったら、そこらの不良と結局のところ、同じだよ。自分を正義の側において正当化しようとしてる分、俺たちは余計に性質が悪いかもな」


大河は諭すようにゆっくりとそう言った。


「でもさ、俺が人の役に立てることなんて 喧嘩しかないから・・・それぐらいでしか人を救えない・・・」

「そもそもさ、純ちゃんは何で、無償の人助けにこだわるわけ?この際だから教えろよ。」


大河は優しい声でそう言った。


「長くなるけどいいのか?」

「今更、そんなこと気にしてんじゃねえよ。」


大河は笑った。 意を決した俺は口を開いた。


「・・・・俺さ、小6の夏にじいちゃんとばあちゃんが死んで、家で一人で暮らし始めたんだ。あの時はさ一人の孤独に耐えられなくて・・・近所の人たちは良くしてくれてたけど、所詮は他人だって思ってた。それでボーっとすることが増えててさ、なんつーの?生きるか糧が無かったっつーか。

で、ある日さ近所の公園に一人で行ってたんだよね。ばあちゃんたちが死んでからは学校行く以外ロクに外にも出てなかったけど、その日は何故か公園に行ってた。・・・もしかしたら家族の温もりってものに飢えてたのかもしれない。人の家族見ても虚しくなるだけなのにな。当然、俺は天涯孤独って自分の境遇を再確認して帰ろうとしたんだ。その時だった、渡ろうとした横断歩道にトラックが突っ込んで来たんだ。ボーっとしてたんだから信号が赤の時に渡ってたのかもしれない。もう終わりだって思った時に俺は知らねえおっさんに突き飛ばされた。結果的に俺は生かされて、おっさんは轢かれた。怖くなって逃げちまったからおっさんが死んだのか奇跡的に助かったのかは分からねえ。けど一つ確かなこと、俺はおっさんに「助けられた」。だから俺は人助けをしなくちゃいけないんだ。「人助け」で生かされた命だから。俺の人生は人の為に使わなきゃいけないんだよ。・・・何の見返りも求めずに人を助けるなんて辛いだけだよ、苦しいだけ。でも俺を助けたおっさんは何の損得勘定もせずに命を張って「人助け」したんだ。俺の苦労なんてその覚悟に比べれば足元にも及ばないさ。」


大河は俺の話を黙って聞いてくれている。


「だけどさ、俺はその「人助け」を暴力で行ったんだ。暴力は間違ってる。そうハッキリと分かっちまった今、俺はおっさんに合わせる顔がねえよ。俺とおっさんの「人助け」の質は別物・・・。別物だったんだよ・・・・。」


大河は俺が話し終わってもしばらく黙っていた。1分ほどの沈黙の後、口を開いた。


「純ちゃんがおっさんの事で責任を感じてるみたいだけどさ。おっさんは純ちゃんを助けるときに、今の純ちゃんみたいに「何かに囚われて生きろ」って願ってたと思うか?・・そんな訳ねえよな。命張って知らねえ子供助ける人だ、ただ自由に明るく生きてほしいって・・・そんな感じかは分かんねえけどよ。とにかく負の感情は無かったはずだよ。純ちゃんが負の感情を持って、「償いのために生きる」事なんて望んでなかったはずだよ。」

「・・・だから、俺はおっさんの思った通りに明るく生きろってか?・・・無理だろ・・おっさんの人生を狂わせたのは間違いなく俺なんだ、ただアホみたいに明るく生きろってのは無理だ・・・。」


大河はまた少し笑って続けた。


「純ちゃんならそういうと思ったよ。でも、暴力じゃおっさんへの償いにはならないって気づいたんだよな?だったら別の方法で償うしかない。」

「別の方法?どうやって?」

「それは純ちゃんが考えるんだよ。暴力以外で人を助ける方法。いろんなものを見ていろんなことを考えて模索するんだよ。そしたらいつかは「償う」って意識無しで人を助けられる日が来る・・・かもな。」

「かもかよ」


俺は笑った、全身が傷んだが笑った。これから俺は変われるのかな・・・変わりてえな・・・。


「・・・・うん・・・いい話だった!」


突然の声に俺は目だけで周りを見回したが誰もいない。と思ったら頭の上部の方向からにゅっと顔が現れた。


「ああ!」


俺は不意に声を上げた。そこには涙で目を腫らしてこそいるが、昨夜助けたあの少女だった。


「お前、やっぱうちの生徒だったのか・・・・。」

「うん、昨日はどうもありがとね。後さ・・・私のせいでこんなことになっちゃってごめんなさい!」


少女は頭を下げた。と、同時に眼から涙が落ちるのが見えた。俺は慌てて口を開いた。


「良いんだよ、気にするな。聞いてたんなら分かるだろうが、昨日のは「間違った償い」。今日のも「間違った償い」の一環みたいなもんだからよ。」

「・・・・私は暴力での人助けも悪いとは思わないけどね、貴方の「気持ち」はその人のところに届いてると思うよ」

「だといいんだけどな・・・。」


そう言った時、俺と大河は声を掛けられた。


「オイ、そこの二人は動けるか?」


どうやら救急隊員のようだ。


「無理っす」


俺と大河は口を揃えてそう返事した。





「昨日の事と、今日の事。ちゃんと証言しておくからね!!」


少女は担架で運ばれていく俺たちに向かってそう叫んだ。

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純アイ Ren @ren_chan

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