第13話 華蔵の願い

領地の指鍋村に帰って数日後、山形からの使者が着いた。

「論功行賞により、鳥海勘兵衛尉に木在村と八ツ杉村が新たに与える」

 使者は、そう告げると義光の名で記された感状と知行書を渡した。

 加増された知行は、併せて三〇〇石余り。従来の知行と併せ、五〇〇石を領することとなる。鳥海家最大の版図であった。

 某の武功を祝い、村を挙げての祝宴が開かれた。宴の冒頭で、某は新たな家臣として華蔵を村人に披露した。

 宴では歓迎の盃を華蔵は受けていたが、一切乱れなかった。これには某も感心した。一方で、某はその一刻後には酒につぶれて意識を失った。

 ――矢玉に強い勘兵衛様も、酒を相手には刃が立たぬ――

 誰かの戯れ言に『何を』と思ったのが、宴最後の記憶になった。某の枕が上がったのは、二日後であった。

「目が覚めましたか」

 華蔵が微笑しながら、枕元に粥を持ってきた。礼を言って粥をすすり、宴の様子を華蔵に聞いたが、華蔵は笑うだけである。

「何がおかしい」

 華蔵から笑いをこらえて手鏡を渡してきた。見たが、見慣れた某の顔があるだけでだった。訝しく思っていると、「片目を瞑ってみてくだされ」と華蔵が言うので、その言に従ってみると……。

「あっ……。誰が斯様な。籐兵衛の所の悪ガキの仕業であろう」

 閉じた瞼に描かれた可愛い瞳。御丁寧に化粧まで施してある。村人が酒のタネにして大笑いした図が容易に想像できた。

「華蔵、これでは笑いたくもなろうなあ」

 両目を閉じて華蔵を見詰めた。堪え切れなくなった華蔵は、笑いが止まらなくなっている。

「華蔵、笑いすぎじゃ」

 咎めながら某も高らかに笑った。二人は腹が捩れるほど笑い合った。

「勘兵衛様って、ほんとうに百姓たちから好かれてるんだなあ。悪戯する時、みんな目が活き活きしてました」

「曲者め。止めなんだのか」

「俺は、まだ新参者。百姓たちに嫌われたら、やり難い」

「とにかく水を持ってきてくれ」

 某は笑いながら顔を洗う水を持ってくるように命じた。冷たい水に手拭いを浸し、化粧と瞳を一気に拭き取った。

「何だか侍らしくないなあ、勘兵衛様って」

 桶と手拭いを片付けながら、華蔵が呟いた。

「何じゃ。不服か。落胆したか」

 華蔵は頭を振って否定した。

「俺が知ってる侍は、弱いくせに法螺ぁばかり吹きやがって、威張り腐ってた。でも、勘兵衛様は強いのに、威張ることなく皆から好かれてる。えらい違いだ」

「華蔵、お主は侍が嫌いだと話して居ったな。何かあったか聞かせてくれぬか。某が、お主が嫌う侍にならぬためにもな」

「話す気になったら……話します。俺にとっては、勘兵衛様は立派な侍だ。今の勘兵衛様のままで、最上の大将になってほしい」

 ――語りたくないほど辛い過去があるのやも知れぬ――

 某は華蔵の話題に穂を継いだ。

「誓うぞ、華蔵。一廉の将になってみせる。常に我が傍におれ」

 某は床の間に飾られた漆黒の具足を振り向いた。窓から入ってきた風が、某の顔を撫でて吹き抜けていった。

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