第12話 長五郎と華蔵の別れ

「いらっしゃると思っておりました」

 長五郎と華蔵が待っていた。二人は孫作の遺体を守っていてくれた。既に甲冑は外されている。長五郎と華蔵の許にある具足櫃があるので、納めてくれているようだ。

 頃は夕暮。周囲は蒼く染まり、戦後の分捕りを狙う百姓や夜盗の類が蠢き始める頃合いであった。

「夜盗などが出てくると危なかろうに……」

「何、夜盗などよりはまだ強いつもりでございます」

 某の危惧を、長五郎は笑い飛ばした。火を焚く準備もしており、本当に一晩中、某が来るのを待つ覚悟だったようだ。

「でも、思ったより早く来られましたな」

「勘兵衛様は下戸ゆえに潰されはせなんだかと、そればかりが気がかりで……」

 華蔵と長五郎は笑い合った。

「何、孫作様が宴の席からも某を救ってくれたのよ」

 三人はドッと笑った。笑いの後、三人の間に寂寥が訪れた。

「豊前守様から、孫作様の甲冑拝領の許しを貰った」

「さぞや、孫作様も喜んでおいででしょうなあ」

 三人とも首のない孫作の遺体を見詰めた。首級は清涼寺に置かれて、今頃は酒を供えられている頃合いだろう。

 よいしょ、の声とともに華蔵が具足櫃を某の前に置いた。

「甲冑も面頬も、全て中に納めてあります。どうぞ」

 ――受け取れば、二人とも別れか――

 湯沢城で合力し合って、困難を乗り越えてきた。華蔵とは、ともに孫作に会いに行った。同志に近い感情を、某は二人に感じていた。

「困った。具足櫃を運ばせる者がおらんのだ。我が兵たちは、手負いでのう。せめて我が領内まで、孫作様の甲冑を運んでくれぬか」

 華蔵の目が輝いた。華蔵も別れを惜しんでいるのが分かった。

「口説き文句が下手じゃのう。そんなでは、女子の一人すらも落とせませぬぞ。素直に、我が家臣になれ、とでもいえばよいものを」

 明るい声で華蔵は言った。長五郎は、調子に乗った華蔵を窘めた。

「親父殿。勘兵衛様は、見ていて危なっかしい。俺みたいなのが傍にいて守ってやらねばならん」

「華蔵、お主、何様のつもりじゃ」

 長五郎は、一層強く華蔵を叱りつけた。叱りつけたまま、黙った。一層濃い蒼色の風が、三人を包んでいた。

「若い者が前に進む姿は眩しい。老人が遮るのは、害であろう……」

「長五郎殿、それでは……」

 某の言葉を遮って、長五郎は華蔵に向き直って言った。

「我は孫作様の菩提を弔って、山で朽ちよう。だが、そなたは我とともに朽ちるは惜しい。ゆけ」

 長五郎に向かって華蔵が力強く頷いた。華蔵は素早く具足櫃を担ぐと、己の弓を取り、某の傍らに立った。

「勘兵衛様。不肖の息子を、お頼み申す。あれだけ武士が嫌いと申しておった奴が勘兵衛様を気に入ったようでございます。身の回りの世話など遠慮のうこき使って下され」

 頭を深々と下げて、長五郎は華蔵を託した。

「某こそ、華蔵を大事に致す。華蔵は大事な家来として遇しまする。安堵して下され」

 某は長五郎の肩に右手を掛けて、力強く揺すった。

「お察しの通り、華蔵はもともとは武家の子。幼き頃より私が育てておりましたが、やはり本来の場に戻るが良いのやも知れませぬ。勘兵衛様、華蔵に本来の生き様を遂げてやって下され」

 長五郎もまた、某の手を力強く握ってきた。

 

 最上勢は、総大将の満茂が一五〇〇の兵とともに湯沢城に残る方針をたてた。今後は、満茂が得意の人心掌握術で、湯沢周辺の民心の安定と検地検分、湯沢城の修復を行うことになる。

 秀綱は残りの兵を率いて、山形に帰る手筈を整えていた。兵士たちもようやく故郷に帰れる喜びに溢れていた。

「では、ここいらで、お別れでござりますな」

 長五郎が、秀綱の陣に暇を告げにやってきた。長五郎は、華蔵の肩を叩くと、背を向けて、山に戻って行った。

 出会う別れるは、戦に付きものである。わずかな時間ではあるが、長五郎に武士としての一つの生き方を教わったと感じている。某の胸には寂しさが去来した。

「親父殿に声を掛けぬのか」

「昨日、うんと話した。もう話す必要はない」

 某の問いかけを振り切るように華蔵は答えた。某も華蔵も、長五郎の姿が見えなくなるまで動かなかった。

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