第11話 首実検
「越前守殿、本丸攻め、大儀でござった」
満茂は、本陣の清涼寺に戻った秀綱を労った。
最後に帰陣した秀綱が、白い陣羽織を身に着け満茂の左陪の床几に腰を落ち着けた。同道した某は、本堂の庭で控えるように命じられた。
満茂の開始の合図で、諸将に、三宝に盛られた酒と栗、鮑、昆布が置かれた。庭に控える某たちにも、盃が配られ、酒が注がれた。
「皆の奮闘に感謝する。今後もさらなる武功を挙げ、最上家の威光を仙北に知らしめようぞ。いざ、もののふども、勝鬨を挙げよ」
「えいえい」「応」
三度の勝鬨が清涼寺を震わせた。かくして、戦いは終結した。
勝鬨を機に、読経が始まった。討ち取られた小野寺勢の首級は全て本堂に運ばれ、僧の読経により、成仏が願われる。首実検では、順に将の前に運ばれ検分される手筈であった。
最上家の陣中首実検では、軍忠状を記す老兵が、武功を認められた将兵を、功の軽重に従って順に呼ぶのが習いであった。
「鳥海勘兵衛、上がれ」
老兵の言葉に従い、陣内に入った。諸将は、立ち上がって某を見詰めていた。正面の総大将満茂は、斜に構えて、太刀に手を懸けている。左右には、槍を構えた近従と弓兵が矢を番えている。
読経に送られて、三方に載せられた首級が本堂奥から運ばれてきた。満茂の左右の諸将は、一斉に某の背後に移動した。
陪席に将がいなくなったのを見て、作法の心得がある老兵が、三方を手に満茂と某の間に片膝をついて、腰を落とした。
床に静かに三方を置いた後、老兵は首級を右に向け直す。老兵は、やがて首級の耳に手の親指を挿れ、残りの指は顎を抑えて持ち上げた。満茂は右に顔を向けたまま、左目尻で、首級を一瞥した。満茂の動作を見て、老兵は首を右に向けたまま、三方に戻した。
某は、眠っているかのような道興の首級に一礼した。手を合わせたいが、余計な動きは作法に反する。首級を見守るだけであった。
「湯沢城副将、小野寺孫作が首級にございます。首級を挙げたるは、鮭延越前守殿が臣にて、鳥海勘兵衛でございます」
老兵が読み上げる功名に、満茂は静かに頷き、少し抜き身の太刀を納めた。老兵は静かに三方を手にして、本堂奥に戻って行った。
実検された首級は、道興をはじめ、実に五〇にも及んだ。端武者も含めて、小野寺勢の討死は、三〇〇余り。最上の手勢も、討死は一〇〇余り。由利衆の降将らを含め、将の討死は一〇人であった。
敵味方の死傷者を把握し、首実検は終わった。満茂らは最後に僧の読経に手を合わせ、死した者の菩提を弔った。
僧侶の一団が引き上げると、本堂に簡素な敷物が敷かれ、諸将に床几と膳が、某ら武者にも膳が用意されていた。すぐさま酒の注ぎ合いが始まり、某の盃にも酒が並々と注がれた。
「皆のお陰で、湯沢城は最上家の版図に入った。だが、今後は小野寺めが奪還に来よう。ゆめゆめご油断を召されるな。明日よりの厳しい戦いに備え、まずは本日の勝利を祝おうぞ。皆、盃を取れ」
満茂の声で、全員が盃を手にした。左手に、膳の勝ち栗を握り締める。満茂に倣って、皆、栗を食べて酒を口に含んだ。次は、打ち鮑を齧って、酒を含む。最後には、昆布を噛み下して、酒を飲み干した。某は、飲み干す振りをして半分以上を懐に流し込んだ。
「戦に勝ち、敵を討ち、喜ぶ。さあ、明日への英気を養え。これからは宴ぞ。楽しもうではないか」
「応」
今までで一番の号が、湯沢城の山野に谺した。
「なんと、品のなき奴ら。戦以上に気を張っておるとはのう」
秀綱の戯れ言に皆が湧いた。酒が運び込まれて、座は熱を帯びた。
「勘兵衛は全然、飲んでおるまい。近う、近う」
総大将の満茂が、静かに豆を食んでいた某を呼んだ。
武功第一の者が、まず賞される。一刻余りが過ぎて、論功行賞が始まる気配を一同は察した。目や耳が正面の満茂に向けられた。
某は満茂が盃に注いでくれた酒を一気に飲み干した。
「豊前守様に注いで頂き、恐悦至極……」
「畏まるな、せめて、もう一盃を飲み干さねばなるまい」
眉間に皺寄せて盃を戻した某に、満茂は再び注いだ。軽い眩暈を覚えた。秀綱が見かねて、助け舟を出した。
「勘兵衛が潰れては、興醒めじゃ。俵太、勘兵衛の功を読み上げい」
秀綱の声に応じて、脇に控えていた俵太が、軍忠状を朗じた。
「湯沢城二ノ丸を調略し、敵将の小野寺孫作を討ちたるは、古今稀なる働き。ゆえに軍記に槍働きを記し、後世までの誇りとすべし」
某は平伏して承った。秀綱も何度も頷き、嬉しそうであった。
「勘兵衛、まずはこの場での褒美を渡そう。叶うものであればだが」
「されば……、小野寺孫作様が着用せし甲冑を所望致します」
「敵将の甲冑を望むか、其方は」
満茂は厳しい声を投げた。秀綱が取りなした。
「豊前守殿。勘兵衛は敵将孫作の生き様に惚れましてございます。劣勢の中、主の命(めい)を守りし忠義を、武士の鑑と感じ入ってござる。主のために命を懸ける士は家中の宝。ここは、某のためにも」
「越前守殿。小野寺孫作は、音に聞こえた武者。勘兵衛は、孫作の甲冑を着ける覚悟と意味を分かっておるのか。儂にはそれがわからんのでな」
――意味はわかっている――
確かに不遜にも思ったが、言い出した某も退けなかった。満茂に想いを伝えるべく、熱く語った。
「豊前守様のご心配は御無用に願います。某は、戦場で孫作様と槍を交える中で、諭されたのでございます。武功とは己のためだけではない。相手の生き様、死に様までも受け継ぐべしと」
「勘兵衛、お主にできるのか」
「分かりませぬ。ただ……」
某は一旦間を取ってから満茂に畳みかけた。
「鑑とする孫作様の甲冑を着て、恥じぬ戦いをすれば、己が器を広げられましょう。某は、越前守様がため、さらに最上家がため、小野寺孫作という士を越えるため戦う覚悟でございます」
「まこと、覚悟はあるのか。諸将を前にして、誓えるか」
「のうまくさんまんだ ばさらだせんだ まあかろしゃだあ そわたや うんたらたかんまん」
迫る満茂を前にして、某は掌を合わせて真言を号した。
「諸将のみならず、真言をもって、不動明王にも誓い申した。逃げも隠れも致しませぬ」
「見上げた覚悟よ。では、孫作が甲冑を望み通りに領するがよい」
満茂は感じ入った様子で、某の望みを許してくれた。
「早速頂きに参ります。分捕りにあっては、悔いが残りますゆえ」
某は早々に宴を辞し、足早に本丸前に転がっている孫作の遺骸の許に向かった。
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