第12話 蔡河での約
「…これでご満足なさいましたか?」
王宮への帰り、蔡河の舟の上で宝余は問うた。ここならば、誰に聞かれる心配もない。いるとすれば玄章だが、彼は何も耳に入らぬ様子で、ただ一心に梶を操っている。
「そもそもなぜ占い師などに?表向きは拒んでいたのに、あなたもやはり運命が気にかかるのですか?」
その言葉に非難の意味をかぎ取ったのか否か、顕錬の眉間にしわが寄った。
「そうではない。君子たるもの、怪力乱神を語らずというではないか。占いなどは……だがなお、私は世の不可思議をそのまま排除できぬと思うのだ。なぜなら、この国で不可思議な存在とは私自身だったから。はじめ――そなたと顔を合わせたとき、私は涼に
――私の様子をきちんとご覧になっていたのか。
宝余は意外な気がした。少なくとも出会って以来、彼は己と己の国のことで頭が一杯のように見え、宝余のことを真から気にかけているようなそぶりが窺えなかったからである。しかし彼の言うとおり、自分は「邪眼」とも称される紫の瞳を――美しく思えこそすれ――恐ろしいと感じたことは、一度もなかった。
「この気持ちは私のいままでになかった経験だ。自分以外に感じる不可思議な存在――よきものわるきもの、吉か凶かはわからぬが。だから、私達の運命を誰かに正したかったのだ」
顕錬は宝余のほうに身を乗り出した。
「私の瞳を見るが良い」
宝余は言われるまま王の瞳を覗き込んだが、夜とあってはただの黒い瞳にしか見えない。
「いまは黒いであろう。昔も私の瞳は、そなたや玄章のように黒かったのだ。そう、私が七つになるくらいのころ、ある日いきなりこの色に変わってしまったが…そして、瞳だけではなく何もかもが変わってしまったのだ」
「……」
顕錬は恥じるように、ふっと笑った。
「まあ、過去のことはいい。私は完全にはそなたを信用できぬし、そなたもまだ私を警戒している。そうであろう?」
宝余は正直に「御意」と答えた。
「だが、心が十全に通いあわなくとも、ともに暮らしていくことはできるだろう。そうせねばならぬ、私達は王と王妃であり、外朝のみならず後宮をも乱れてしまえば、それは国の乱れや滅亡にも繋がる。ならば、私情などさしはさめるものではない」
「…はい」
それは、宝余にとっても首肯できる提案であった。そして、彼女にとっても不可思議な生活が始まったのである。
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