外伝5.テウタの憂鬱
テウタは学んだ。真正面から行くばかりでは、進展しないと。
一体マハルバルは何を考えているのだろう? 自分のことを気に入ってくれているのだろうか?
考え始めたらキリがない。
「ダメだわ。このまま悩んでいても仕方ない」
艶やかな長い髪を振り乱し、ああああと声を出したところで状況が変わるわけでもないことはテウタにも分かっている。
だが、彼女は暇さえあれば彼のことを考えていることが多い。気にしないなんてことを彼女へ要求することは酷というものだ。
マハルバルから直接聞けないのなら、他の人に。
目を瞑り、マハルバルの交友関係へ思いを巡らせるテウタ。
真っ先に浮かんだのが、魅力的な赤い目をした精悍な自らの雇い主のことだった。
「ダメ。さすがにハンニバル様に直接尋ねに行くのは敷居が高すぎるわ」
テウタは机に白磁のような額を打ち付け、ああああと声を出す。
マハルバルはいつもハンニバルのことを嬉しそうに語る。だから、主人たる彼ならば、マハルバルのことを良く知ると考えたまではよかった。
しかし、最適と実行可能はまた別問題なのだ。
「まずは屋敷を出ましょう!」
一人呟き立ち上がったテウタは、銅鏡の前に置いてある櫛へ手を伸ばす。
この櫛は「俺っち」とか変な一人称を使う自称「カルタゴの商人」からもらったものだった。
彼はアフリカの商人からこの櫛をもらったが自分は使わないからと、櫛を使いそうなテウタに目をつけたという。
櫛はサイという生き物の角からできている。サイの角はイベリアだけではなくイリュリアでもとても珍しい素材だった。
テウタだけでなく、当のカルタゴの商人以外はサイという生物さえ見たことが無い。
「マハルバルからだったら嬉しかったのに」
乱れ切った髪の毛を櫛で整えながらぼやくテウタであった。
テウタが屋敷を出たところで、珍しい組み合わせに遭遇する。
「いよお。テウタ。お出かけかー?」
「あんたこそ、何がどうなってあんたとガビアが一緒に歩いているのよ」
「んー。そら、たまには二人で飲みに行くかってな。俺だってたまには美女じゃなく同僚や傭兵団の荒くれとも飲むんだぜ」
そうなのだ。
お調子者で女の尻ばかり追いかけているオケイオンと、無表情でたまに「ククク」と不気味な声で笑う何考えているか分からない「カルタゴの商人」ことガビアが並んで歩いていた。
一体どんな話をするのだろう?
俄然興味がわいてきたテウタであったが、ブンブンとかぶりを振り自らを律する。
この二人にマハルバルのことを聞いても、からかわれるだけで有力な情報を得ることができないだろうから。
「どう思う? ガビアの旦那?」
「ん? 何がだ?」
「そら、テウタのことだよ」
「マハルバルを追いかけているんじゃないのかい? 今日の仕事はもう終わったのだから」
「さすがガビアの旦那。全員のことを把握しているんだな」
まさか普通に会話が成立しているなんて……。
テウタは心の中で戦慄する。
オケイオンとガビアのコンビは案外馬が合うらしい。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
自分がマハルバルのことを追いかけているなんてことをガビアが知っているわけないじゃないの
と心の中で叫ぶテウタ。
犯人は――。
「こら、オケイオン。変な事をガビアに吹き込むんじゃないわよお」
「いや、ガビアの旦那は俺がどうこう言わずとも把握してんじゃねえの?」
ガビアに向け、「な」と目くばせするオケイオンへガビアが小さく頷きを返す。
「いつもいつも追いかけているわけじゃないんだからね!」
「やっぱり追いかけてるんじゃねえかよ」
ガハハハと腹を抱えて笑うオケイオンに対し、テウタの顔が真っ赤になる。
「こ、このお。種馬がああ!」
「ガビアの旦那。何か一言、テウタに助言してやってくれよ」
ぽかぽかとテウタに叩かれながらも、笑いをとめないオケイオンがガビアに話を振った。
「んー。そうだなあ。マハルバルは別に男色ってわけじゃあない」
「まさか無いわよねと思っていたけど、ハッキリしてよかったわ……」
うん。マハルバルは正常正常。
ギリシャでは良くあるのだ。男にしか興味がない者が。
かのエパミノンダスを輩出したギリシャのテーベの精鋭部隊である神聖隊は男色家が集められていたという。
こうすることで隊の結束が生まれるのだそうだ。
「もう一つある。あいつは身分差って奴を気にしているみたいだが、ハンニバルさんは特に気にしちゃいねえ。主は反対しないってこった」
「そうなの!」
「そうだぜ。まあ、頑張れや」
ガビアは「ククク」と不気味な笑い声をあげ、「じゃあな」と言葉を残すオケイオンと共に立ち去って行く。
「何かあればガビアに相談すればいいかも。意外過ぎたわ……」
色恋沙汰になると、途端に頼りになる人物をテウタは思い浮かべることができなかった。
オケイオンは恋愛経験が豊富だが、軽薄に過ぎ、マハルバルの相談としては当てにならない。
その他となると……辛うじてトールくらいだとテウタは思っていた。
それがまさか、一番縁遠いと考えていたガビアが。
「そっか、ハンニバル様は否と言わないんだ」
テウタは「頑張らないと」と自らを鼓舞し、両手の拳を握りしめる。
※明後日2/15に書籍版発売となります。よろしくでっす。
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