第51話 バスタードソード

 テウタらイベリア軍の五段櫂船二隻がローマ軍の旗艦へ突入した後、異変が起こる。

 

「ローマ兵が……増えた?」


 テウタは敵甲板を凝視し、押し返される自軍の兵を見て驚愕する。数の暴力で押しつぶすつもりが逆に数で押し返されたのだ。

 どういうことなの? と混乱する彼女に陽気な声が響き渡る。

 

「ヘーイ! ご機嫌かい? お嬢さん」


 船倉へ続く階段を登って来たのはテウタが聞いたことのある声だった。この特徴ある軽薄な声は……

 

「オケイオン! どうしてここに?」


 肩を竦め芝居かかった動作で階段を登り切ったくせ毛の自称いい男――オケイオンはニヒルな笑みを浮かべ彼女に応じる。

 

「こういうこともあるかと思ってなあ。いい男ってのはピンチの時に現れるもんだぜ」


「あなた。敵船で何が起こっているのか分かるの?」


「俺と同じだぜ、お嬢さん」


「同じ……あ、そういうことなのね!」


 テウタは敵船で何が起こっているのかようやく理解する。ローマの旗艦はこちらを嵌めるために最初から一計を案じていたのだ。

 五段櫂船は櫂を漕ぐため船倉に多数の船員を抱える。通常、彼らは非戦闘員で船の操作を任される。ローマ軍はあろうことか、櫂の漕ぎ手に精鋭のローマ歩兵を充てたのだろう。

 もちろん、戦闘し死傷すると船が満足に動かせなくなるが、斬り合いが始まってしまうとお互いに船首を当てて船を沈めることはない。当たり前だが味方ごと沈めてしまうことは避けるからだ。

 

 数で劣るローマ軍は最初からこれを狙っていたのだろう。確かに考えてみると不自然だと今なら分かる。たまたまテウタの船……つまり旗艦の傍に敵旗艦がいて、二隻で取り付ける状況だったのだから……

 テウタは美しい顔を歪ませ、うつむく。

 

「おいおい、何暗い顔してんだよ。何のために俺がいると思ってんだ? 野郎ども出てきやがれ」


 オケイオンは階下に繋がる階段に向かって大声を張りあげる。

 すると、彼の呼びかけに答えた「禿鷲クフブ傭兵団」の傭兵がゾロゾロと甲板へと出て来る。

 

「あなた……自分だけでなく子分を紛れ込ませていたのね!」


「そういうことだぜ。お嬢さん。これで三百対三百だぜえ。一丁行くぜ、野郎ども。男らしいところをこのお嬢さんに見せてやろうじゃねえか!」


「応!」

「任せておけ!」


 テウタは不覚にもオケイオンがカッコいいと思ってしまい、首をブンブン振ると彼に向けて口を開く。

 

「ありがとう。でも、あなたたち……ここは船の上だけど……」


 テウタはオケイオンに言わんとしていることは、船の上だから陸戦と違い、剣での戦いになるからいくら強いと評判の「禿鷲クフブ傭兵団」でも分が悪いのではないかということだ。

 しかし、これには「禿鷲クフブ傭兵団」の全員がヤレヤレと不敵な笑みを浮かべ、代表してオケイオンがテウタの肩をポンと叩く。

 

「カーッ! 冗談だったら笑うところだが、お嬢さんどうやら本気で言ったんだな」


「え? あなたたちは槍が得意なんじゃないの?」


「何言ってんだよ。俺たちゃスパルタ出身だぜ。接近戦で俺達の右に出る者なんていねえんだぜ! なあお前ら」


 オケイオンが子分に目をやると、彼らは笑い声をあげてボスに応じる。

 

「そ、そうなの……期待してるわ……」


「まあ、あんたの恋人の長髪のにーちゃんもいい線いってるぜ。あれは天性の剣の才能を持ってるぜ」


「……もう……マハルバルとはそんなんじゃないから!」


「ヘーイ! 俺はマハルバルなんて一言も言ってねえよ!」


「……もう!」


 からかわれたと分かったテウタは、オケイオンの背中をバンバンと叩く。

 

「そうそう、お嬢さんはそれでなくっちゃな! 元気が一番だぜえ!」


「……ありがとう……」


 自身を慰めてくれたのだと分かったテウタは、顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声でお礼を述べる。

 

「んじゃま、行ってくるぜ!」


 オケイオンらは敵船へと踵を返す。

 

「久しぶりだぜ。こいつを抜くのはなあ」


 甲板の端に来たオケイオンは背中に斜め十字に背負った剣を引き抜く。彼の持つ剣は両手でも片手でも使える大振りの剣……バスタードソードと言われるものだった。

 この剣は片手でも扱えるように加工はしてあるが、ほとんどの者は両手で扱う。この剣は片手で扱う場合でも時折空いている方の手を添えなければ、剣に振り回されるほどの重さがあるのだ。

 しかし、オケイオンは軽々と素振りをすると、敵船に飛び込んでいく。

 

「イヤッホー! ボスはどこだー!」


 着地した隙を狙ってきた敵兵を華麗に斬り伏せ、オケイオンはボスを探しながら縦横無尽に剣を振るう。遠目で見たテウタは本当に相手がローマの精鋭なのかと疑うほと、敵兵があっさりと倒れていく様子に目を見開く。

 彼に続いた「禿鷲クフブ傭兵団」の連中もローマ歩兵を圧倒できるだけの腕を持つようにテウタには見えた。

 

 信じられない……テウタは口に手をやり、驚きの余りペタンと床に膝をつく。


 オケイオンらが参戦すると、劣勢だったイベリア軍は戦況を巻き返し「禿鷲クフブ傭兵団」はその中でも目覚ましい活躍をしていた。

 そしてついに、オケイオンはローマ軍司令官に遭遇する。

 

「ヘーイ! あんたがこの船のボスか?」


 オケイオンはニヤリとニヒルな笑みを浮かべ敵将らしき男を見据える。

 

「そうとう腕が立つようだな……これは一本取られた……だが、ここでお前に負けるわけにはいかぬ! 名を名乗るがいい」


 敵将は威圧的な態度でオケイオンに接するが、そんなもので臆するオケイオンではない。

 

「俺かい? 俺はイベリアのオケイオン種馬。いずれは地中海全ての美女を虜にする男だぜ」


「ふざけたことを! 私はディベリウス・ロングス。今年度のローマの執政官コンスルのうちの一人だ」


「おお、紛れもなくボスだな! 悪いが生かしては帰さねえぜえ!」


 オケイオンは両手のバスタードソードを握りしめると、敵将ディベリウス・ロングスへ切りかかるが彼は大振りの両手剣でオケイオンの剣を弾く。

 

「ほう。やるねえ、あんた。さすがはボスってところかあ。俺の腕力についてくるとはな」


「お主こそ……ふざけた態度の割にやるではないか!」


 二人は睨み合い一歩踏み出す。

 その瞬間、オケイオンは左手に持つバスタードソードを投げつけると、右手に残ったバスタードソードを両手に手早く持ち替え、一息にディベリウスへ肉迫する。

 不意打ちに気を取られたディベリウス・ロングスは体勢を崩しながらも両手剣でオケイオンの攻撃を受け止める。

 

 しかし、勢いをつけ振り下ろしたオケイオンの攻撃に体勢の整わないディベリウスは耐え切れずそのまま斬り伏せられてしまった。

 

「卑怯な……」


 ディベリウスは倒れ、肩から鮮血を飛び散らせながらも恨み言を口にする。

 

「戦いに卑怯ってのはねえんだよ。勝った方が強えってもんよ!」


 オケイオンは肩を竦め、ディベリウスの心臓を一突きすると踵を返し敵将を討ち取ったことを周囲に喧伝する。

 

 ローマ軍は指揮官が討ち取られたことで士気が落ち、そう時間がかからずに降伏することになる。

 敵旗艦が敗れたことで、ローマ海軍全体も撤退を始め戦いはイベリア海軍の勝利で終結した。

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