第13話 一騎当千

 ハンニバルらとケルトの族長たちは広場の外周に円を描くように立ち並び、静かに戦いが始まるのを待っている。ケルト側の戦士は六人……いずれも大柄かつ筋肉質な体をしており獰猛な顔でハンニバルらの様子を伺っている。

 

「マハルバル、これを使え」


 ハンニバルの隣に立つカドモスが、マハルバルの肩の高さほどまである木製の両手剣を彼に手渡す。

 

「ありがとうございます」


 マハルバルはカドモスから木製の両手剣を受け取ると、ハンニバルへ向き直り口を開く。


「ハンニバル様、行ってまいります」 


「うむ。頼むぞ。マハルバル」


「我が身命に賭しましても、必ずやすべてを打ち倒して見せます」 

 

 長身痩躯に長い黒髪をなびかせた男――マハルバルは敬愛する主へ敬礼を行うと、広場の中央へゆっくりと歩を進める。

 マハルバルが中央へ進むと、ケルト側からどよめきにも似た声があがる。マハルバルは長身ではあるが、華奢な体つきに長い髪とケルト人が想像する強者の姿とかけ離れていたからだ。

 

「麗人はお屋敷で読書でもしていれば良いのではないか?」


 マハルバルの前へ出て来たケルトの戦士が、彼を見下したように挑発する。


「弱い者ほど良く吠えるという。武人たるもの言葉ではなく剣で語るといい」


 マハルバルの皮肉もケルトの戦士に負けてはいない。「さあ、構えろ」と彼は整った顎でケルトの戦士が持つ剣を示す。

 

「ふん、口だけは達者なようだな!」


 ケルトの戦士はマハルバルが持つ両手剣と同じくらいの長さがある木製の大剣を構える。長さこそ同じであるが、刃の幅がこちらの方が太くなっていて、重量がある分一撃の威力はケルトの戦士が持つ武器に軍配があがるだろう。

 

 二人はお互いの剣を合わせると、バックステップを踏む。着地したケルトの戦士は木製の大剣を正眼に構えようとしたが、何故かそのまま崩れ落ちる。

 一瞬の事で何が起こったのかケルト側は理解できず、どよめきが起こる。一方、ハンニバルたちは微動だにせず、マハルバルをじっと見つめている。

 

「二人目をどうぞ」


 マハルバルは両手剣をクルリと回転させると、ケルト側に剣を向ける。


「い、一体何が起こったのだ!」


 先ほどハンニバルと会話していたケルト族の族長は、老人と思えぬほどの大きな叫び声をあげる。

 

「余りに隙だらけでしたので、斬り伏せただけですが?」


 何でもないという風にマハルバルはケルト族の族長に応じる。

 そう、お互いに剣を合わせバックステップした直後、マハルバルは着地すると膝を勢いよく曲げて足の指先に力を入れ、一息に跳躍し、剣を構えようとしていたケルト族の戦士へ両手剣を振り下ろしたのだ。

 単にマハルバルのスピードにケルト族の戦士がついていけなかったに過ぎない。

 

「むう。次だ! 次!」


 ケルト族の老人は次の戦士へ中央へ行くように手を振る。

 

 次の戦士はマハルバルを警戒しているのか、剣を合わす開始の合図を拒否し剣を構えたまま微動だにしなかった。戦士は目だけに神経を集中させ、マハルバルの剣を見極めようと目をこらしている。

 それに対し、マハルバルは両手剣をだらんと下におろしたまま肩を竦める。

 

「来ないのでしたら、こちらから行きますよ」


 マハルバルは両手剣を下手に構えると、前傾姿勢を取り一気に前へ踏み出す。そのしなやかな動きは猫科の動物を連想させるものだった。黒髪が風に流され、マハルバルはさながらクロヒョウのように戦士へ肉迫すると目にもとまらぬ速さで剣を切り上げ、胴体を下から打ちぬいた。

 骨が軋む鈍い音がして、苦悶の表情を浮かべた戦士は脇腹を押さえ膝をつきうずくまる。

 

「ば、馬鹿な! 何者なのだ! あの男は……」


 ケルト族の老人はワナワナと震え、一歩後ずさったかと思うと尻もちをつく。

 

「私ですか? 私はハンニバル様の忠実なる配下マハルバル」


 マハルバルはケルト族の老人へ優雅に礼を行う。

 二人のやり取りを遠くから見ていたハンニバルは、マハルバルのいる中央までゆっくりと近寄ると、ケルト族の老人に向けて一言。

 

「まだやりますか? カルタゴ人も捨てたものではないでしょう」


「う、うむ……なかなかやりますな……」


 ケルト族の老人はあえぎながらも苦し紛れ名言に声を出す。

 彼の態度とは裏腹に他のケルト族は二人目の戦士が倒れ伏した時からマハルバルを見る空気が変わっていた。それは彼を下に見るような、馬鹿にするような雰囲気から、強者として敬意を払うものへと変質していたのだった。

 ケルト族の多くは非常に分かりやすい。彼らが持つ価値観のうち多くは個人武勇が占め、強者は尊敬され弱者は低く見られる。例え、これまで憎い相手だったとしても強者となればそれなりの敬意を払えるのが彼らの美徳と言えよう。


「ハンニバル様、族長殿。私は二人でも三人でも構いませんよ」


 マハルバルはこれくらいの戦士ならば二人同時に相手をしても問題ないと言い切る。その言葉に激高するものは無く、ケルト族はシーンと静まり返ってしまう。

 この達人ならば、選りすぐりのケルトの戦士といえども二人同時でかかろうが倒してしまうのでは……残ったケルトの戦士は息を呑む。

 

「マハルバル。余り彼らを落とすものではない。戦士には敬意を払わねばならぬ。複数でかかってこいなどと無礼に当たる」


 ハンニバルはマハルバルをたしなめるように、ケルト族をフォローするが、彼自身この発言はマハルバルなりの考えがあって行っていると理解している。

 マハルバルはハンニバルへ恐縮したように頭を下げ、彼の後ろに控えた。

 

「い、いや。ハンニバル殿……マハルバル殿の強さ恐れ入った! 約束通りケルト族はお主らヒスパニアと連合体制を取ろう。もちろんお主ら主導で構わない」


 ケルト族の老人は他の族長へ目くばせすると、皆一様に彼へ頷きを返し異議を唱えるものは存在しなかった。「約束を守る」ことはケルトの誇りを守ることと同義なのだった。

 唯一つ……相容れないことを除けば……しかし、ハンニバルの次の一言で彼らの不安も払拭される。

 

「ケルト族のご協力感謝いたします。明言しておりませんでしたが、あなた方にバールを信仰せよとは言いません。自らの神をこれまで通り祭ってください」


「ハンニバル殿、それであればこちらとして言う事は何もないですぞ」


「もちろん、ドルイド司祭もこれまで通りで構いません。聖職者へ何かをさせようというつもりはありませんので」


「全く……ハンニバル殿は全てお見通しというわけですな」


 ケルト族の老人は感心したようにうんうんと頷く。

 

「ただ……同じ旗が無いというのも余りに興が無いと思います……カドモス」


 ハンニバルが後ろを振り向き、カドモスの名を呼ぶと彼は旗を手に持ちハンニバルの一歩後ろに控えるとケルト族全てに見えるように旗を高く掲げる。

 旗には獅子の体に鷲の顔と翼がついた勇壮な怪物が描かれている。

 

「ハンニバル殿、それは?」


 族長の声にハンニバルは答えを返す。

 

「これは、グリフォンと言います。我がバルカ家の象徴ではありますが、獰猛かつ勇猛な伝説上の動物なのです。戦士たちが掲げる旗として相応しいと思います」


「なるほど。グリフォンですか。宗教的な意味は存在せず、勇壮、勇猛の象徴として掲げるのならば異存はありませんな」


 族長の老人は「なあ、みんな」といった風に後ろのケルト族へ手をあげると、彼らから同意するように「応!」と威勢のいい返答がかえってくる。

 

 こうして、ハンニバルはコンテを中心としたケルト諸部族を味方につけることに成功したのだった。

 

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