第12話 ケルト諸部族

――紀元前227年 ケルト諸部族中心都市 コンテへ向かう道中

 ハンニバルがケルト諸部族へ送った使者は、色よい返事を持って帰って来る。使者が持ち帰った合意内容はハンニバルの思惑通りだった。

 送った使者の言葉をまとめると、ケルト諸部族は、カルタゴ人は汚い金儲けに必死で武勇の武の字も知らぬ者ぞろいと思っていたらしい。それが、金に任せた物量でケルト諸部族を従わせようというのではなく、武勇でもって帰趨きすうを決めようというハンニバルの提案をいたく気に入っていたようだ。

 ハンニバルらが敗北すれば、多額の金と二度とケルト諸部族へ近寄らないという確約を。ケルト諸部族が敗北した場合はヒスパニアと強固な連合体制をヒスパニア主導で行うことを了承するという条件で合意する。

 

 ケルト諸部族との合意が取れた結果、ハンニバルはマハルバルを含む少数の兵を連れてケルト諸民族の中心都市コンテに向かっていた。

 少数ということもあり、全員が馬に乗っての移動で念のため斥候に先行させている。

 

 そんな中、ハンニバルは馬上でケルト諸民族のことを思いをせていた。。

 ハンニバルは「過去」においてコンテを中心としたケルト諸部族と接触したことがないわけではなかった。「過去」のハンニバルと彼らは不干渉を貫いていたが、ローマがカルタゴノヴァへ攻め寄せた時に当時カルタゴノヴァを守備していたトールとマーゴの尽力があり、兵力としてカルタゴノヴァ防衛に加わってくれた経緯がある。

 といっても、部族全体で協力を行ってくれたわけではなく金銭で雇われることを良しとした者の自由参加に過ぎなかった。それでも彼らの一部は圧倒的優位のローマになびかず、カルタゴノヴァに来てくれたのだ。

 「過去」ではカルタゴとの習慣の違いから征服しても使い物になるか甚だ不明で、征服するための資金を考えると博打とも言える遠征を行うことがハンニバルには戸惑われた。しかし、「過去」のケルト諸部族の態度から、今世では彼らを取り込もうとハンニバルは決めたのだ。

 

 ハンニバルは「過去」に起こった出来事のうち一番役に立つ情報は、人物や国家を問わず圧倒的に不利な状況へカルタゴが陥った際に、それらがどのような行動をしたのかだと思っている。

 ハンニバルがマハルバルやマーゴを心から信頼できるのも、彼らの最期を知っているからだ。人材集めにしても、アルキメデスのように「過去」のハンニバルと付き合いが無かった人物も誘うつもりであるが、ローマと戦争を行うに当たってローマと内通しない人物を仲間に引き入れることも重視している。

 

 そういう意味ではタルセッソスのあのいけ好かない守銭奴も誘うべきだな……ハンニバルは眉間に皺を寄せ、タルセッソスの中心都市カディルにいるだろうあの男の姿を思い浮かべる。

 

 おっと思考が逸れてしまった……ハンニバルがそう思った時、並走する長身痩躯の秀麗な顔をした青年――マハルバルから声をかけられる。

 

「ハンニバル様。ケルト諸部族の者と私が一騎打ちするだけでいいのでしょうか?」


 マハルバルは長髪を風になびかせながら、不安気な声色でハンニバルに尋ねる。

 

「うむ。彼らは約束事を守る。カルタゴ元老院と違ってな……」


 ハンニバルはつい自国カルタゴ元老院への愚痴が口をついて出てしまう。彼の「過去」どれほどカルタゴ元老院が足かせになったか……ローマと戦うためには足の引っ張り合いに躍起になっているカルタゴ元老院を何とかするか、イベリア半島の力だけでローマに当たるかどちらかの選択をせねばならない。

 カルタゴ本国の力は喉から手が出るほど欲しいのは事実なのだが、元老院の有力者は皆それなりに力を持っており一筋縄ではいかないのが現状だ。彼らに「約束事」は意味を成さないことをハンニバルは「過去」で痛感している。


「元老院ですか……武力で抑えてしまえないものなのでしょうか?」


 マハルバルが不思議そうに応じると、隣で彼らの話を聞いていたカドモスが口を挟む。

 

「元老院の者は国の後先を考えていないと聞く。下手すればローマにカルタゴを売り渡すぞ。奴らは」


「まさか……」


 マハルバルはカドモスへ苦言を呈しながらも、敬愛する主人の顔を伺うと、彼は苦渋に顔をゆがませため息をついている。

 

「マハルバル。カドモスの言う通りだ……奴らはいずれ私が何とかしよう」


 ハンニバルの言葉にカドモスも続く。

 

「マハルバル、俺達は戦いの事だけ考えていればいいんだ。ハンニバル様の剣になり盾になる。そうだろう?」


「はい!」


 マハルバルはカドモスへ頷きを返す。

 

 

◇◇◇◇◇



――紀元前227年 ケルト諸部族中心都市 コンテ

 ハンニバルたちはケルト諸部族中心都市のコンテに到着すると、集合していたケルトの六部族の歓待を受ける。

 コンテはカルタゴノヴァやローマ諸都市と街の様相がかなり異なる。漆喰やレンガを使用せず、木材のみで建築された家、道は舗装されておらず土を叩いて固めただけであり、噴水や彫刻も存在しなかった。

 マハルバルは街の様子を眺め、神を祭る彫像がないことに少し思うところがあったが、派手な物があまり好きではない彼には無骨な雰囲気が漂うコンテの街が好ましく感じた。

 

 街の中央は広場になっており、ここに六部族の長らしき人物と筋骨隆々とした戦士らしき人物が集合していた。

 

「はじめまして、ハンニバルと申します。此度こたびは我らの提案を飲んでいただき感謝します」


 ハンニバルは丁寧な口調でケルトの族長たちに挨拶すると、彼らの中央で一人椅子に座っていた最年長らしき老人が立ち上がり口を開く。

 

「ハンニバル殿。我らケルト族全ては『戦士』なのだ。貴殿の提案は我らも望むところ。これで貴殿らが攻め寄せる事はないと安心できますな」


 老人はケルト族が負ける事は無いと自信に満ちた口調でハンニバルに目をやる。その無礼な態度にマハルバルは老人を睨みつけるが、横に立つカドモスが彼の肩をつかむと彼は拳を握りしめ自らの感情を抑える。

 

「『戦士』ですか……六人いるように見えるのですが? まさか一騎打ちの申し出に六人で?」


 ハンニバルも負けてはいない。老人を挑発するように鷹揚おうようと六人のケルトの戦士へ順番に目をやる。

 

「我らは六部族いますからな。知らぬ貴殿ではありますまい」


 ニヤリと老人は口の端を上げ、ハンニバルにしてやったりといった顔をする。

 ケルト諸部族はカルタゴ人を軟弱だと思っていることはハンニバルも既知のところで、彼らが何等かの挑発行為や威圧行為を行ってくることは予想できた。

 六部族いるからという理由で「六人」の相手をすることを強弁し、あわよくばこちらを引かせるか……いや、こちらが一人に絞れと言うのを待っているのか? 目的は何だ……ハンニバルは素早く思考を巡らせるがすぐに考えることを止める。

 

 六人? それがなんだというのだ。お前たちは分かっておらぬ。

 

――マハルバルの強さを。

 

 ちょうどいい。彼らは武勇という力を信奉するところがある。マハルバルの力を見ればひれ伏すだろう。

 ハンニバルはそう結論つけると、後方のマハルバルに向きなおる。

 

「マハルバル、軟弱なケルト部族は一騎打ちで六人お相手して欲しいそうだが? 六連続の一騎打ちになるがどうだ?」


「ハンニバル様、我が身命に変えましてもご用命果たしてみせます」


 マハルバルは膝を付き、ハンニバルだけに敬礼を行う。

 

 ハンニバルとマハルバルの挑発にケルトの者全てがどよめき、怒りを露わにする。武勇という力を信奉する彼らからしてみれば、軟弱なカルタゴ人に逆に軟弱だと言われたも同然なのだ。

 

「そこまで言うのなら、望み通り我ら六部族の代表と連続で一騎打ちしてもらおうではないか!」


 老人は顔を真っ赤にして、六人とマハルバルの一騎打ちを執り行うと宣言する。

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