3:醜悪

そこは、ひどく生活感のない狭い部屋だった。何らかの事務を行うための部屋に見えた。オフィスの一室だろうか。玄関はなかった。


奥の隅に飾り気のないデスク、そして真ん中にガラスのテーブルと椅子があった。唯一、意外だったのは手前の棚に飾られたいくつかの人形だった。ブリキの猿がシンバルを掲げていた。背中のネジを巻けば動き出すのだろうか。あとは、色とりどりの立方体を組み合わせて構成されたたくさんの人形たち。どうやらそれらはそれぞれの役割を記号的に表現しているらしかった。チェスの駒のようでもある。そして、ちょっと怖い日本人形もひっそりと置かれていた。さらに、その近くの床に置かれた箱の中に、野球道具のバットとグローブが無造作に詰め込まれていた。



――この部屋には決定的に欠けているものがある。それは著しい欠如であり、許されないはずのことであった。私はそれを強く感じていた。ただそれが何なのかはまだ見当がつかない。



「ここへどうぞ」女性は着席を勧めながら言った。「どうも」疲れていたので私は椅子に座った。ガラスのテーブルを挟んで、その女性と向かい合う形になった。


彼女は初老の割には健康的な肌をしていた。服装は年齢相応のそっけないものだった。何の主張も思想も感じられない、自らの肉体を隠すための淡い衣だった。

しかし、(部屋を含めた)全体としての調和がまるで感じられず、その演出感がむしろ私の不信を煽っていた。中指にキラリと光る、銀色の指輪も妙に気になっていた。


私はたぶん、何らかの対決と解決を求めてここに来たはずなのに、それを避けたいという気持ちになっていた。でも勝たないと、もう……。最後の確認なんだよ。


「アサクラさん、ですね?」

「……はい、そうですが」なぜ、私の名前を知っているのだろう。名乗った覚えはない。


「私はあなたのことをよく知っていますし、力になりたいと思っています。あなたがこの部屋へと来られた目的は何ですか?」

「対決し、解決するためです。私は自分を証明したい」そう予告した。


「そうですか。それは結構なことで」女性は少し気持ちを引き締めたようだった。対決という言葉の意味を敵意と誤解したのだろうか。「でも、やめておいたほうがいいですよ。私はあなたよりずっと強い。それに私は、私に恭順しない者を決して許すつもりは無いのです」なぜそんな話になるんだ。そうじゃない。


「ここはそういう場所で、あなたはそういう人間なのですか?」私は少し相手の調子に引きずられて言った。

「あなたの質問に答える義務はありません。ここは、私があなたを問う場所です。おわかり?」女性はこの場所のルールを定めたいのだと思った。しかし、そんな権限はないはずだ。あらゆる有意義な会話は、共同作業なのだ。一方通行ではない。


「よくわからないですね」私は率直に言った。

「ならぼけっとしてないで、よく頭を働かせて考えてね」女性はある種の呆れのような感情をこめて言った。そのことによって、自分の発言がさも自明であるかのように錯覚させようとしているのだ、と私は感じた。そして全ての責任は私の欠落によるものだと、そう言いたいのか。


「まあそれは、お互いに必要なことでしょうね」私は少し怒気を含んだ声で言った。話題が本質から逸れているが、うまく修正できなかった。


「あなたに必要なことなことですよね?」女性は同意を求めてきた。

「まあ、ある程度はそうかもしれないですね」私は曖昧に答えた。戦いを求めているわけではないのだ。しかし、相手が好戦的過ぎる。コンプレックスが強すぎて、何を言っても攻撃として受け取られてしまっている。


「あなたは未熟、そうですよね?」

「そりゃ、誰しもそうだと思いますが……」

「あなたが間違っている、そうだよね?」この言葉に対し、私は少し間を置いた。たくさんの事が一瞬のうちに浮かんでは去った。今までのことや、これからのことが。そして、


「……本当に間違っているのはあなただと思います」あまりにしつこいので、私はきっぱりと言った。


「はぁ……」女性は大げさなため息をついた。示威行動だった。猿山で自らの序列を示すためによく見られるあれだ。「何しに来てるの! 私に従いなさい! 私の言う通りにしておけばうまくいくんだよ!」女性はあっさりと頭に血を上らせて叫び出していた。予兆を飛び越えて、いきなり衝突が開始されていた。


「なぜ、あなたに従う必要があるのですか?」

「私に質問するな! なぜ、あなたはそう思っちゃったの? あなた、何歳よ?」

「単なる疑問ですが。私のことはよく知ってるんじゃなかったんですか?」

「まだそんなこと言ってるの? あなただけだよ、年長者を尊敬できないのは。みんなそんなこと言ってないよ?」

「はぁ、そうですか……」

「あなた、何歳?」

「23歳ですが……」

「ごめんね!」どうやらこの女性は私に、私の発言が子供じみていると印象付けたいようだった。下らないと思ったが、そうわかっていても、すでに消耗している私はさらに消耗する。ここまで来るだけで体力を使い過ぎて余裕がなかったのだ。

本当はこんな不毛な言い争いをしている場合ではない。そう、これは言い争いであって、まともな会話でもなければ、議論でもない。ここに反論はなく、ただの個人攻撃があるだけだ。


「どうやら、あなたは問題を抱えている。人格に重大な欠陥があるんだね」女性は言った。

「……」私はもう、答えなかった。

「あなたは人と話すのが苦手だね。言葉遣いが不自然。でも、これが現実だからね。だから他の人とは違って、あなたには優しくしてあげられないんだよ」


私はもう対話の意思を失っていた。何か話すとしても、当たり障りのない作り話だけにしておこうと思っていた。今は、それよりも。


「もう一度、ちゃんとやり直したらどうなのよ? 人のせいにしたり見下すのはやめてさ」女性は矢継ぎ早に一人で話し始めた。私は口を開かない代わりに、ずっと考えていた。


彼女のこれまでの言葉は自己紹介みたいなものだと思った。彼女は私の話をしているつもりで、彼女自身の話をしているのだと思った。聞いた瞬間には閃きや疑念でしかなかったが、後になってそう結論付けたことでもある。

そしてこの人は"わからなさ"を抱える余裕がない。精神的にひどく不安定でヒステリックな人物だ。決めつけて分かった気になって、安心したいだけなのだ。いいことをしているつもりになったり、傲慢に正義を気取って自分を慰めたいだけなのだ。


私だけでなく、彼女もまた苦しんでいる人なのだろう。単なる世界の背景や構成物ではなく、私と同じように迷っている人のかもしれないと思った。


「原因はあなたの親にもあるんだけどね。でも、本当に悪いのはあなた一人だけだね。八つ当たりするのは違う」私の意識は現実へと引き戻されていた。女性の発言は続く。「でも、ここに来たのは良かったね。服装も整えているみたいだしね。えらいえらい。だから、わかるよね?」


今日の中で、最も挑発的で不愉快な発言だった。自分にとってさほど重要ではないことを褒めてくるのが気に障った。そしてそのことによって相手を誘導し、操作しようとしている気配に、ひどい悪寒がした。この人は、これで本当にうまくやれているつもりなのか。自分の愚かさを全く理解していない幼稚な態度に反吐が出る。

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