2:荒漠

扉の向こうには、コンクリートの建造物が林立していた。何の味わいも感じさせない、灰色の箱がただ並んでいるだけだった。どの箱も同じような絶望を抱えているように見えた。


一条の寂寞な風が、私のセミロングの髪を揺らした。非現実的な光景がどこまでも広がっていた。建造物が等間隔を置いて鎮座していた。地平線のかなたまで、同じ構図が広がっていた。


空から小雨が降って来た。地面のアスファルトが濡れて、独特の匂いがした。子ども時代に歩いた道を少しだけ思い出した。追いやられるようにわずかなスペースを守っている、大地の土にも雨粒が落ちた。ピンク色に咲く花の発色が妙に目についた。こんなところにも生命があるのか。私以外にも、生きているものがあったのか。誰の姿も見えない、誰の声も聞こえないこの場所で。どんなに叫び声を上げても、全てが虚空へと消えてなかったことになってしまう、このモノクロームの中で。


そして私は、そのコンクリートの建造物の1つへと吸い込まれるように足を踏み入れる。


その段になって、自分の外見に意識が向いた。私は服を着ていないんじゃないか、靴以外の全てのものを身に着けていないんじゃないかという不安に襲われた。もちろんそれは杞憂だった。黒いスカートに白いカッターシャツ、そして黒いジャケットを羽織っていた。メイクは自分では確認できないがきっと薄化粧にしているはずだ。よし、大丈夫だ。自分の色はちゃんと消してある。どこへ行っても目立つことはないだろう。


私は再び歩き出した。ハイヒールと地面が衝突する度に発せられる、コツン、コツンという高い音を、自分が出しているとは信じられないような気がした。



建物の内部は、マンションのような構造になっていた。部屋は規則的に配置され、その全てに番号が振られていた。そのことがエントランスに設置されていた案内板から理解できた。もっとも、この案内板の情報の正確性を保証するものは存在しないが。本当はもっと違った姿をしているのかもしれない。だとしても、そんなことは誰にもわからないし、興味を持つ者もいないだろう。


案内板を眺めているうちに、わずかな何かをかき集めて、脆弱ながら覚悟が固まっていた。私を呼んでいるのはきっと403号室なのだ。私を苛む声を、不安を取り除くことが出来る場所はきっとそこなのだろう。すがるような思いだった。


エントランスを抜け、エレベーターの中に入った。4階のボタンを押した。


上昇中に気づいたが、私がむかし住んでいたマンションのエレベーターと同じ機種だった。あの時代はまだ良かった。暖かさがあった。適切なものが適切な場所に配置されていた。

そんなことを見出して、少し自分を勇気づけていた。


何も語らず沈黙している廊下を抜けて、コンクリートの手すり越しに相変わらずの曇天を眺めて、403号室へとたどり着いた。とくに迷うことはなかった。



唐突に「どうぞ」と、中から女性の声がした。意図的に調子を抑えているような響きがあった。私は心を乱されながらも、導かれて中に入った。

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