湖に映る向日葵

嘉田 まりこ

ひまり と まりも

 私には3つ上の姉がいる。

 美人で、頭もいい。

 進学はもちろん、就職だってすんなり決まった。

 一次試験から最終面接まで、トントントンと進む様子はあの遊び『階段じゃんけん』を思い出させた。


『チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!!』


 姉は必ずと言っていいほどチョキかパーで勝つ、そんな器用さもあった。

 トントントンと階段をかけ上がる姉の後ろ姿。左右にゆらゆら揺れるポニーテールまでもが彼女に与えられた装飾品アイテムに見えた。


 名前だってそうだ。


 陽野はるの 日葵ひまり


 祖母は『芸能界からお誘いがきても、そのままでいけるわね』といつも言っていた。

 両親が初デートで行ったヒマワリ畑をイメージして付けた名前らしい。

 夏生まれということも背中を押したらしく、すんなりそう決まったようだ。


 ところが私はどうだ。


 陽野はるの 鞠桃まりも


 中学の時から付き合いを始めた私たちの両親。父が初めて母にプレゼントしたものが阿寒湖の毬藻入りキーホルダーだったらしい。


 毬藻って……。

 天然記念物だと言われているけれど所詮藻だし、お土産やさんでキーホルダーに入れられているやつは、人工的に作られた(丸められた)偽物だって聞いたことがある。


 それに、私はそもそも冬生まれなのにどうしてそこは考慮してくれなかったのだろう。


 姉がお日様とヒマワリならば、妹の私には月とか星とか雪の結晶とかをイメージして欲しかった。

 それから『桃』を当て字にしたのも無理矢理感が否めない。さすがに『藻』は付けられないと理性が働いたのだろうけど、そこを避けるならいっそのことマリモから離れて欲しかった。


 ダラダラと過ごしていたある日曜の朝。


「ねぇ、まりも!アイス食べに行こう?」


 部屋の扉をノックもせずに開けて覗き込んだ姉。

 新聞の天気予報欄に大きな晴れマークが並んでいるのを見たら、どうしても美味しいソフトクリームが食べたくなったらしい。


「ねぇ、行こう!」


 キラキラと目を潤ませた姉は最強で、そんな顔でおねだりされたなら、それが例え妹の私だろうと拒否するなんて出来やしない。


「いいよ、お姉ちゃんの奢りなら」

「もちろん!」


 ニコニコする姉の顔を見た途端、私の気持ちもプカプカと弾む。


 色々言ったからみんなは私がお姉ちゃんを嫌いなんだと受け止めているかもしれないが、それは違う。


 小さい頃から姉は私の自慢でしかない。

 外見も内面も、頭の先から爪先まで。

 私は姉のどこもかしこもが大っ好きな一番のファンなのだ。




 ――車を走らせて数十分。


 都会の景色を抜けて現れた木々の間、ハンドルを握りながら昔々のアイドル・ウィンクの歌を口ずさんでいた姉。

 わからない歌詞をフンフンフンと誤魔化す横顔もいちいち可愛らしかった。



「はは、牛もいたんだ、ここ!」

「えー!お姉ちゃん知らなかったの!?」

「え!?前からいた!?」

「いたじゃん!!」



 やっとたどり着いた『アイスの店ライチ』

 ライチ味のアイスなんか売っていない。

 というか、バニラ味のソフトクリームしか置いていない。

 なぜ店名が『ライチ』なのかはわからないが、牛乳味の濃い、けれどサッパリしたソフトクリームはとても有名で今日もすでに沢山の人で賑わっていた。


 その店の隣にある囲いには牛が放牧されていて、大きなお尻をこちらに向けながらムシャムシャと草を食べている。


 お姉ちゃんは取り出した携帯を牛に向けてはカシャカシャと写真を撮った。


「お尻だけしか写ってないじゃん!」

「まりもも入ってよ!」

「お尻とは嫌だよ!」


 若い二人が『お尻お尻』と騒いだからか、いつの間にか周囲の視線を集めてしまっていた。


「ぷっ!」

「ふふっ!」

「アイス食べよっか」

「だね」


 そして、私たち姉妹は客の足をチラチラ見ながら渦巻きを作る店主から大きいサイズのソフトクリームを受け取り、外のベンチに腰を下ろした。


「「んまい!」」


 渦巻きの天辺を口に含んだ途端、思わずハモってしまうほど、相変わらず美味しいそれを暫く二人夢中で舐めた。


「あの店主、お姉ちゃんの足ばっかり見てたよ」


 渦巻きがつるつるの坊主頭になった頃、売店に目をやりながら私は言った。


「うそ!」

「本当!だから私もあの人の足ジロジロ見てやった!」

「やーだー!」


 ケラケラ笑う姉をもっと楽しませたい私は少し大袈裟に体を動かしながら付け加える。


「一日中立ちっぱなしなのかな、ふくらはぎにサロンパス4枚も貼ってあった!」

「あははははははは」


 そんなバカを言いながらお姉ちゃんと食べるソフトクリームは最高だった。


 お日様の光に目を細める姿は、本物の向日葵よりも華やかで眩しく見える。

 例え私が本当に湖の底に沈んだって、姉はきっと光を届けて温めてくれる。


 その気持ちに裏も表も存在しない。

 ただただ大好きなんだ。

 そこに特別な理由なんかない。


 だから姉には誰よりも幸せになって欲しい。それが私の昔からの願いでもあった。



 ――それなのに。



「私、気になってる人がいるの」


 姉からの突然の告白は、垂れたアイスも気にならなくなるほど衝撃的なものだった。


「気になる人?」

「うん……二階堂部長っていう人なんだけど」

「二階堂……って確かお姉ちゃんの……」

「うん。前に偶然会ったことあったよね」


 私はその時まで、本当にその瞬間まで二階堂部長に対しておかしなイメージは一ミリも持っていなかった。

 随分前に一度だけ、街で会ったことがあるが変な印象なんて受けなかった。むしろ、部長という役職のわりに若いなと思ったほどで……。



「同期の真理ちゃんに聞いてから、私、変なの」

「……何を聞いたの?」



 ガラリと変わる部長のイメージ。



「二階堂部長が……私のタイツを片手に、コーヒー飲んでたらしくて……」



 ポンと浮かんだ言葉はただ一つ。



「変態じゃない、それ!」



 私の声が大きかったのか、牛が初めてこちらを向いた。



「ていうか!この前、付き合ってる人がいるから今度会わせてくれるって言ってなかった?あ、ほら!ヨシくんとかいう名前の!」

「あぁ!叶部長?」

「そっちも部長かいっ!!」



 もう、何がなんだかわからなくなった。



「ヨシくんもいいんだよ、ウネウネしてて」

「ウ……ウネウネ……?!」

「うん、でも二階堂部長が気になり始めちゃって」


 私の膝にポタポタとアイスが垂れる。

 姉は「参ったなぁ~」と微笑んだ。



 ――参ったのはこっちだ。



 誰よりも近くにいた私が、姉の『変態好き』に今の今まで気付けなかっただなんて。


 全身の力が抜けて、ぼうっとしてしまっていると、斜め後ろから声をかけられた。


「あの、その……」

「へ?」

「アイスが……その、溶けて……その、き、君の」

「私の?」


 声を掛けてきたのは『アイスの店ライチ』のサロンパス店主だった。


「だ、だから、き、君の……」

「私の?」



 ギラギラした目で私の足を見つめていた彼が突然、叫んだ。



「そ、そのっ!!サイハイソックスにっ!!アイスが垂れてるじゃないかぁぁぁぁぁぁ!!」



 牛が鳴いた。

 モォォ~と鳴いた。

 それはまるで、始まりの合図のようだった。



 黙る私に姉は言った。



「まりもも、ついに見つけたんだね。運命の人」



 ――と。




『血は争えない』

 姉が変態好きならば、妹の私も間違いなくそうなのだ。


 私と姉の新しい人生がここから始まった。




 🌻END🍀

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