第26話 クラス崩壊
今日は昼休みに五組だけ集まって合唱の練習。第一音楽室も第二音楽室も他のクラスに取られてたから、講堂のステージに集まってる。
山科は吹部での指揮が無くなった分、こっちをのびのびとやってて、時に吹部の人に出すような高度な要求なんてしちゃって引かれることもある。そんな時はあたしと真由でさりげなく「ここ吹部じゃないから」って教えて、山科も「ああ、そうだった」って感じで我に返ったりするんだけど。
もう文化祭まで日が無いから山科も焦ってるんだろう。でも「所詮文化祭じゃん」っていう程度にしか考えていない人が居るのも事実で、そういう人と山科の間の温度差は、正直見ていて辛いものがある。やっぱり何のかんの言っても、吹部や合唱部は『音楽』として成立させたいっていうのがあるし、そうじゃない人は「とりあえず歌えばいいでしょ」みたいな部分もあるんだ。
まあ、実際クラス毎に順位が決められるわけでもないし、成績がそれによって左右されるわけでもない。そう考えると、休み時間に塾の宿題をやりたい子なんかは、合唱の練習なんて時間の無駄にしか感じないんだろう。
だから、その両者の間の温度差はどんどん開いていくんだけど、どっちの気持ちもわかるあたしとしては、なんとももどかしい。
「そこさ、前川はもしかしてアルトの方が歌いやすいんじゃない?」
「いや、俺男だし」
「そうじゃなくて。男だってアルト歌ってもいいんだよ。前川はまだ声変わりしてないし、キーが低すぎて出てないよね。楽な方歌っていいんだよ」
尚もアルトを提案する山科に、前川はやや迷惑そうな顔を向けた。
「いいって。テノール歌うから」
山科は曲を良くすることで精いっぱいなんだ。前川はそんな事より、男子であることが大事なのに。そういうところがわからないんだ。こういう小さなことが積み重なって、みんなの中に少しずつ不満がたまっていく。
もちろんみんなだってわかってるんだ、山科がこのクラスのために必死なこと。だけど、それとこれとは違うんだ。でもみんな山科がちょっと特殊だってわかってるから、はっきりとは言わない。
山科がちらっとこっちを見る。あたしは黙って小さく顔を横に振る。
「わかった。じゃあ、歌いにくいところがあったら言って。調整するから」
「うん」
山科は最近あたしの方に意見を聞くことがある。さっきみたいに。どんな手段を使ってでも、このクラスの歌を成功させようとしてるのがわかる。彼も彼なりに、自分が場の空気を乱してるんじゃないかって、すごく気にかけてるんだ。
「なあ、みんな」
微妙な空気を察してか、森園がわざとらしいほど明るい声を出した。
「このクラス、すげえまとまってきたと思わねえ?」
が、それは0.1秒で否定された。
「思わねえな」
まさかの反応に、みんな一斉に声の方を振り返った。
「まとまってなんかいない。みんな無理やり合わせてるだけだ」
「佐々木、本気で言ってんのか」
「森園こそ、本気でまとまってると思ってんのかよ」
「思ってるから言ってんだ」
ああ、なんかまた始まっちゃうんだろうか。もう嫌だ、本番まであと何回こうやって揉めるんだろう。
「みんな仕方なく合わせてるだけじゃねえか。ナガピーが自分らでやれって言うから」
「だから自分たちでやってんだろ」
「自分たちでなんかやってねえよ、山科がやってんだ。頼んでもいないのに、勝手に仕切ってんだろ」
「山科がいなかったら、ここまでまとまんなかっただろ? こんなもん、たかだかクラス委員の俺じゃまとめらんねえよ。ちゃんと音楽わかってるヤツでないと」
佐々木も食い下がるけど、森園も負けてない。だけど、佐々木の言うのも理解できる。クラスの半数はそう思ってる筈だ。
「音楽やってるヤツなんて吹部も合唱部もいるだろ、なんで電工の山科なんだよ。大体山科に頼むってクラスで決めたことじゃねえよな、森園が勝手に決めたんじゃねえか」
「ちょっと待ってよ! 吹部だってここまでできる人いないよ」
たまりかねて真由が割り込んだ。合唱部の二人も「無理無理」ってアピールしてる。
「私たち吹部と合唱部が無理って言ってるんだから、どっちにしたって山科に頼むしかないでしょ? ここまで引っ張って貰って、今更何を文句つけてんのよ。文句あるなら先に言えばいいじゃない。今頃になってそんなこと言うの、卑怯だよ」
ああ、ダメ、真由、その言い方はまずいよ。そう思った瞬間、すぐ後ろから山科の声が聞こえた。
「いや、待って。僕はいいよ。僕が仕切るのが嫌なら僕はもう何も言わないから」
「そういう問題じゃないよ山科、あんたもっと怒っていいよ! なんでガツンと言ってやんないのよ」
「真由! ダメ、違う」
「何がよ」
「竹田、待てって」
富樫が止めに入るが、凜がそれに反論する。
「真由は正しいよ、美咲は山科が黙ってる方がいいって言うの?」
「違うよ、そうじゃない。凜も、みんなもちょっと落ち着いてよ」
「じゃあどうすんのよ」
ああもう、こうなっちゃったら誰にも止められないの?
「ねえ、やめようよ。もうすぐ本番じゃん。できることやろうよ。今は山科にしか頼めないじゃん、山科について行こうよ!」
「うるせえな、桑原は山科とデキてるからそうやって肩持つんだろ?」
「ち、ちが……」
「アスペ同士仲良くやってろよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます