第24話 待ち受け

 その日、家に帰ってから英語のノートが無くなりそうなことに気づいて、ノートを買いに出かけた。

 学校と反対側に向かってちょっと行ったところに、おじいちゃんとおばあちゃんがやってる昔ながらの文房具屋さんがあるんだ。この辺の子たちはみんなその文房具屋さんを使ってる。この辺の学校でどのノートが使われてるか、先生の推奨する分度器はどれか、縄跳びは、赤白帽子は……何でも知ってるんだ。だから話が早い早い! 子供たちの顔までちゃんと覚えていて、名前で呼んでくれるし。

 今日も行ったら「おや美咲ちゃん、久しぶりだね。今日は何だい?」って声かけてくれた。それに「桜岡中の一年生なら、英語はこのノート」ってすぐに出てくる。

「ボーイフレンドはできたかい?」なんて言うの、「今はボーイフレンドなんて言わないんだよ、彼氏って言うんだよ、いないけど」って言ったら「そうかそうか。ワシがあと六十歳若かったらなぁ」って笑うの。面白いおじいちゃん。


 ノートを買って家に帰る途中で、富樫にばったり出くわした。ちょうど公園のところだったから、少しお喋りすることにした。


「何やってんの、こんなとこでそんなカッコで」


 彼は十月末だというのに半袖のTシャツにハーフパンツで、イヤホンつけて走ってたんだ。


「見りゃわかるだろ。ランニング。二学期の中間、英語最悪だったから、こうして単語を録音してきて聞きながら走ってんの。俺って偉いと思わねえ?」

「へー、偉い偉い。自分でスマホに録音したの?」

「そゆことー。所詮俺の発音だから『ひらがな英語』なんだけどさ、なんにもしないよかマシだから。もうマジで英語ヤバいしさ。贅沢言ってらんねーの。そういう桑原は何やってんの?」

「あたしは英語のノートが無くなっちゃったから買いに行ってたの」

「あ、やべ、俺のもそろそろ無くなるな。メモしとこ」


 富樫がスマホにメモしてる。


「三年生が引退して、俺らもポジション決まって来たからさー、あんまりのんびりしてられないってゆーか、やることやってないと選手に選んで貰えなくなるからさ。かといってこれ以上成績下がったら、親に何言われるかわかんねーし」

「ポジション何になったの?」

「ん、セッター」

「へー、背高いから、アタッカーとかすんのかと思った。でも富樫は判断力あるから、その辺買われたかもね。いつも即断即決だもんなー」

「一学期の自己紹介で言ったじゃん桜丘中の司令塔になるって」

「石油王になるって言わなかったっけ?」

「あ、そーだったわ」


 爽やかに笑う富樫はほんとイケメンで、トークも最高だし、機転も利く。背も高くてカッコいいから、めちゃめちゃ女子にモテてる。それなのに、なんであたしなんだろう? この前のはあたしの勘違いだろうか。


「吹部は選手とか無いからいいよなー。ポジションの争奪戦なんかないんだろ?」

「失礼な、ちゃんとあるんだよ」

「え、みんな出てるじゃん」


 はぁ……そうだよね、外から見ても吹部ってわからないよね。


「同じパート内でも、上手な人から順に1st、2nd、3rd……って決まってくんだよ。それで1stの人がソリストになるの。みんなやっぱりソリストとして活躍したいから必死だよ? あたしなんか今年初めて楽器持った超初心者だからお話にならないけど」

「でも山科の話では曲のアタマ、桑原のソロだって」

「だって1stがピッコロ持ち替えなのに、2ndが超絶難しいんだもん。先輩に代わって貰ったら、あたしがピッコロ吹く羽目になっちゃったんだよ。今年は3rdも一年生だから、まだあたしの方がピアノやってる分だけ楽譜が読めるからって、2ndに決まっちゃってさ。山科の書く曲、アホみたいに難しいんだもん! 今、山科が指揮してるんだよ」

「マジか?」

「うん、相馬先輩に口説き落とされて」

「ふーん。だからか、昨日変な事言ってたんだ。『フルートはすぐ転ぶし、クラは走るし、ナントカはよく滑るんだよなー』とかって。運動部の独り言みたいじゃん?」


 確かにそこだけ聞いたら運動部だと思うかも。


「……やっぱすげえな、あいつ。IQめちゃめちゃ高そうだもんな」

「百四十五だって」

「はあ? 何それ!」

「でも漢字が書けない脳の作りしてるのも本当なんだって。この前ピアノ教えて貰いに山科んちに行ったとき、その話してくれたんだ」

「そんな話までしたんだ、あいつ」

「うん。いろいろ教えてくれたよ。お昼ご飯も作ってくれた」

「山科が?」

「うん。ほら、これ」


 あたしはスマホを出して画面を起動した。


「何それ、『みさき、ゆうと』って」

「おうちの人、誰も居なくて、二人っきりだったから、山科がオムライス作ってくれてさ。それであたしがケチャップで落書きしたの」

「二人っきりだったんだ」

「え?」

「あ、いや。で、これ待ち受けにしてんだ」

「うん。山科が写真撮って、それ貰ったんだ」

「じゃあ、山科もこの写真待ち受けにしてんの?」

「うん」


 あ、まずかったかな。


「これ、吹部の部長さんにはあんまり見られない方がいいかもね。まあ、学校にスマホ持って来るのは禁止だから、見られることも無いだろうけど」


 あ、そっか。相馬先輩! でも、山科と相馬先輩って実際どうなんだろう。山科が相馬先輩と付き合ってたら、あたしを家に呼んだりしないよね? クラスの為なら呼ぶか。呼ぶかもなぁ。


「それとさ」

「ん? なに?」

「部長さんに負けんなよ」

「あんな凄い人に勝てるわけないじゃん」

「違うよ、山科のことだよ。好きなんだろ?」

「あ……いや、それも違うかな……多分」


 なんで「違う」って断言できないんだろう、あたし。……はぁ。

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