第18話 付き合ってるの?
「え、マジで? すげえ! あいつ只者じゃないと思ってたけど、ホントに只者じゃなかったんだな」
富樫が興奮するのも無理はない。説明してる真由が興奮してるんだから。
「しかもさ、作曲だけじゃなくて、吹奏楽アレンジまでしてるんだよ! それでうちの部長にピアノで参加してくれって言われて、そこからまた更にピアノが入った状態にアレンジし直してるの。もう普通に作曲家って感じ。っていうか宇宙人!」
「道理で自由曲、サラッと五組バージョンにカスタマイズしちゃうわけだよな」
「サラッとって言うけど、結構大変だと思うよ。あれだけの曲だから」
そこで富樫が急に何かを思い出したように、辺りをきょろきょろと見渡して声を潜めた。
「なあ、あいつさ、俺ずっと思ってたんだけど『ギフテッド』ってヤツじゃないかな?」
「何それ」
真由も初めて聞いたって顔してる。
「うまく説明できないんだけどさ、なんか脳の一部だけ異常に発達してて……違うな、ええと、一つの『機能』が異常に発達してるっていうかさ、俺もよくわからないんだけど、ほら、サヴァン症候群だっけ、天才的な能力を発揮する人。一度読んだ本の中身を正確に記憶してたり、目で見た風景を写真みたいに覚えてて精密な絵を描いたり、何年何月何日って言ったらすぐにその曜日がわかったりする人」
「でも、サヴァンは知的障害を伴う天才って聞いたことあるよ。山科は知的障害無いじゃん」
「それだってちゃんと定義があるわけじゃないらしいぜ。どっちにしても山科はもっと普通だから、サヴァンじゃないと思うんだよ。それよりはアスペルガーのほうが近いような気がする。あいつ数学とかホント突出してるしさ。だけどイマイチ空気読めないっていうか、人と付き合うの苦手っぽい感じするじゃん」
真由があからさまに不愉快そうに顔をしかめた。
「なんかそれ酷くない? 青木だけだと思ったら富樫まで山科を馬鹿にすんの?」
「違う、馬鹿にしてるんじゃないよ。『アスペルガー=馬鹿にしてる』っていう考え方が、そもそも竹田自身、差別してると思う。俺はアスペルガーってもっと認められていいと思うんだよな。ちょっと空気読めないだけで、それ以外は天才的な能力を発揮する連中なんだからさ。だからこそ、俺は山科がそうなんじゃないかって思ったんだよ。俺はあいつのいろんなとこリスペクトしてるし」
「ね、富樫も真由もちょっと待ってよ。サヴァンとかアスペルガーとかの話になっちゃってるけどさ、最初『ギフテッド』って言わなかった?」
「あ、そうそう、ギフテッドだ」
思い出したように富樫は椅子に座り直して、あたしと真由の方に身を乗り出してきた。
「ギフテッドってのはさ、ギフトなんだよ。神様から授けられたんだよ」
富樫、興奮してるのわかったけど、主語が無いよ。
「芸術とか、まーなんかいろいろ、俺もよくわからんけど、特殊な才能を先天的に持ってる人でさ、それで異常に知能指数が高くてさ、ほら、IQが三十違うと会話が成り立たないって言うじゃん? 一般人が百でさ、山科なんかフツーに百三十とかありそうじゃん。そんで会話しててもなんかズレてて、それで空気読めないとか言われて、それでだんだん余計なことを言わなくなっちゃったりしてさ、それが今のちょっと大人しい山科なんじゃね? とか思うわけよ。だってこの歳でオケの作曲するかよ? 吹奏楽アレンジとかしれっとやるかよ?」
「五組カスタマイズもね」
真由が割り込む。
「だろ? 普通の脳みそじゃできねーって。それにあれだ、『僕は漢字が覚えられない脳の作り』とか言ってたじゃん?」
あ、言ってたよ。確かに!
「俺は、あいつが神様から何か特殊な能力を与えられた特別な人間だと思うわけ。そんな山科と友達なんだぜ、凄くね?」
富樫いちいちオーバーアクション。あんたはアメリカ人か?
「まだ決まったわけじゃないじゃん」
「それにそうだとしたら、また青木のネタにされるだけじゃん」
「まあ、そうだけどさ。だからそこんとこ白黒つける気はないけど。ただな、もしもそうだとしたら、俺たちでもっとあいつが気持ちよく過ごせるように手助けできると思うんだよな。ほら、数学の時間に暴走しちゃったりするだろ? ああいうの、俺らでフォローできるよなって。真実なんか知らなくてもいいから、俺はあいつを大事にしたいんだ」
そう言われてみれば、富樫はいつもさりげなく山科をフォローしてる。
「なんか、ちょっと今、ジーンときたわ、富樫が凄くいい人に見えた」
真由がわざとらしく目頭押さえてる。
「見えたって言うな、いい人なんだよ俺は」
「はいはい」
とそこまで言って、真由が急にあたしたちに顔を寄せてきた。
「でも山科のフォローは、富樫よりふさわしい人がいるんじゃないの?」
「えっ、それどういう意味?」
「だから……山科って相馬先輩と付き合ってんの?」
はあああああああ?
「ちょっと真由、それ初耳!」
「俺も」
二人で食いつかんばかりの勢いで真由に顔を寄せると、真由がビビってのけぞった。
「違うよ、『付き合ってんの?』って私が聞いてるんだよ~。最近、山科ってば毎日相馬先輩と一緒に帰ってるじゃん?」
「うっそ、マジで? それ知らなかったんですけど」
「待て待て、相馬先輩って誰?」
「うちの部長、結構美人」
「あー、竹田、その話はほら、また今度」
富樫が何か言いたげにあたしを見る。あ、そうか、富樫はあたしが山科のこと好きだって勘違いしてたんだっけ。
「だーかーらー、富樫、それ勘違いだから。別にあたし山科のこと好きだとかそんなこと思ってないから」
「え、美咲そうだったの!」
「だから違うって。富樫が勘違いしてんの」
「だって、ピアノいつも一緒に練習してるし」
「当たり前じゃん、山科が責任取るって言ったんだから。それだけだよ」
全くもう、富樫の早とちり。
「で? 山科の方もそんな感じなの?」
「わかんないけど、部活終わると必ず相馬先輩が電工の方に顔出して、そのまま山科と一緒に帰るんだよ。山科も相馬先輩を待ってるんじゃないかなー」
マジかー。大人しそうな顔して、山科やるなぁ……。
「まあ、実際あの二人、実に楽しそうに音楽の話してるよね」
「うん、相馬先輩も私たちじゃ会話レベル合わな過ぎて詰まんなかったと思うし。山科もあれだけ濃い話してついてくる人、今までいなかったんじゃないかな」
「あー、出会うべくして出会ったって感じかー。俺もそんな出会いがしたい!」
「富樫、私が付き合ってあげようか」
真由! さり気に本音吐いてる!
「何故竹田ーーー!」
「何それ失礼なやっちゃな。彼女いない歴更新し続けても付き合ってやらんぞ」
「桑原、俺と付き合わね?」
「付き合いませんからっ!」
アホか! 真由の前で何考えてんだこの馬鹿。
と思っているところに、当の山科がスコアの束を持って戻ってきた。今スコアを持っているということは今まで相馬先輩と一緒に居たんだ。
「山科どこ行ってたの?」
さりげなく聞いてみたんだけど、真由と富樫が穴が開くほど山科を見てて、後ろから蹴り入れたくなる。
「ん? 相馬先輩のところ。例の舞曲展開のところ、スネアオフでもいいんだけど、ダラブッカをどこかから借りられたらなーと思って。まあ、叩き手が居なければ仕方ないんだけど。ほら、レスピーギの『シバの女王ベルキス』ってあるじゃん。あの最終楽章『狂宴の踊り』みたいな感じにしたいんだよね、中間部の舞曲になる七拍子のところ。相馬先輩は本当に凄いね、僕がダラブッカを使いたいって言ったら、『ベルキス?』ってもう、全部言わなくても通じるんだからさ。あの人、話が早くて助かるよ」
富樫も真由も何を言われているのかわからないって顔をしているけど、多分あたしも同じような顔をしてるんだろう。そしてあたしたちの『わからない』っていう空気を山科が読み取ることは決して無くて。
あたしたち三人は、上機嫌の山科を見ながら曖昧に笑うしかなかった。
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